35:欺きと不変
諦めれば、ある程度の事は些事と切り捨てられる。だから俺は諦めてたのだ。
「でも、同じ感情からここまで違う出力結果になるもんかね」
「同じ?我と守坊が?どこがやねん、ちっとも同じと思わへんで、我」
ぽつりと、呟いた言葉に食い付いてきた酒吞童子。酔っ払いのくせに耳聡い。
「彼は貴方の達観した考えをある種諦観であると解釈したのです。貴方の言動から酒と肴さえあればそれでいい、他の事はどうでもいいと」
「へえ、つまり守坊はなんぞ諦めたんか」
「――まあ、な。俺の人生諦めてばっかりだよ。何事においてもな」
「ふぅん。で?まだ聞く?我の昔話」
「ああ、まだ一番聞きたい事が聞けてない」
悪しき鬼としての酒吞童子も彼本人であり、事実。それを討伐するために卑怯な手を使い殺した人間がいたことも事実。良しも悪しもなくただそれだけ。
そこまでは分かった。だが、これだけは理解できない。
何故、酒吞童子は再び生を受けて生きることができたこの状況で、俺という存在を受け入れられる。同じ人である俺が持ってきたつまみを美味そうだと喜べる。
もし俺が酒吞童子ならば、リポップした後は絶対に人と関わらない。自分が欲しい酒や肴ならばある程度妖怪だけで賄えるだろうし、彼の口ぶりからして自ら酒を生み出せるんじゃないだろうか。
だから人間を自分の棲み処に入れるというリスクを、許容できるはずがない。
また、裏切られ欺かれて、寝首を搔かれるかもしれないのに。
「なんで、人を受け入れられたのだ。また騙されると思わないのか」
「思わへん」
きっぱりと俺の言葉を否定してくる。予想通りの答え。だからこそわからない。
「もし俺が、アンタに対して敵意をもって接してきていたらどうする」
「見縊るな、そんなもん目え見たらわかるわ。それに、仮に持っとってもどうもしやん。そんなもんで、酒の味が変わるわけやなし、どうでもええこっちゃ」
そういった酒吞童子は、奥から彼の肩幅を程ある大きな盃を取り出して、その傍らにあったひょうたんから酒を注ぐ。
樽の酒とは違い、じゃっかん色がついている。薄桃色をさらに薄めたような淡い色。トクトクと注がれるそれを俺はじっと見つめていた。
「我なりに、我に盛られた毒酒を再現したもんや。勿論、毒やない。味の方を模倣した」
「神便鬼毒酒!アンタを殺すのに源頼光が使ったお神酒か!?」
「せや、しょせん贋作、我自身が味おうたそれとは雲泥の差やけどな」
確かに、少し離れた位置からでも香ってくる濃密な匂い。果実酒なのだろうか、大きな盃並々に入ったそれを一気飲みしようものなら、酩酊待ったなしだろう。
「この贋作を呑むたびに思い出すんや。あの惨たらしい愉しかった最期の宴を」
「――苦しく、ならないのか……その、酒を呑んで」
「なんで?そこにどんな意志があったかて、あの酒が美味かったことになぁんも関係あらへん。その事実は不変の事実やもん」
それ以上、俺は反論できなかった。
否定したかったわけじゃない。それでも、彼の論を認めてはいけないと何か直感めいたものがそうさせた。
そうでないと、俺の中の全てが、この三年間積み上げてきたすべてが壊れてしまう気がした。
「我は我の思うように行動して、そんで殺された。それを自分らがどないな解釈しようが勝手やけどな、そこに善悪なんちゅうもんはあらへんで。ただ生きて、ただ死んだ。それだけや」
「鬼ってのは、そんなもんなのかよ」
「さあ?今話しとるのは我や。せやから他の鬼のこと聞かれてもしらへんなあ。でもまあ、多分違うと思うで。特に星熊や茨木なんて我としょっちゅう喧嘩しとったさかいに。我は我。鬼だの人だの、どうでもええ」
とんでもなく屈強な自我。
強引で、豪快で、自他境界がとてつもなくはっきりしている。
他の影響など意に介さず自分を押し通す強さが、彼にはあった。名前で縛る呪いも、きっとあるであろう『隙』も、全てをどうでもいいと判断している。
受け入れるわけでも、反発するわけでもなく。ただ「さよか」と相槌ひとつうってそれで終わり。
「うまく、言語化できねえのがもどかしいなあ、ちっきしょー。酒でやられたせいにしよう」
「ふふ、貴方だけではありませんよ。悠弥さん。私だって、誰であっても童子さんの強さには憧れるものです」
そうじゃない。確かに俺は酒吞童子の強さを紐解いて俺にはないものだと、その輝きを見た。だがしかし、俺が言語化できていないのはもっと違う何か……。
そこまで思案したところで、さっきまで引っかかっていたものに気が付く。
それは、酒吞童子の酒が思い出させた過去の記憶。
悔恨というより、俺自身が俺に科したもの。
もう自分は、これ以上何も欲してはいけないと。一番最初こちらへ来た時サトリに看破された傷、すなわち『隙』を改めて認知した。
自らを縛っているから、どこまでも自由な酒吞童子がとても眩く美しく見えた訳だ。
「悠弥さん」
「ああ、分かった。でもまだ足りない、恥知らずの自己開示をするにゃあ酒が足りねえ。おかわりだ」
言葉にして、気付く。今まで散々欲してこなかった癖にして今になってそれを明かすのに酒を欲するとは、なんとも矛盾した話もあったもんだ。笑えて来るぜ。
「――えぇ。そうですね。呑みましょう。そうすればため息ともに、貴方が自らの内で凍てつかせた感情も溶けてでてくるでしょうから」
「せやせや。我の昔話はこれで終わり。なんやったらこの偽もん、味わってみぃひんか?」
「やめとくよ、多分すぐ潰れちまう。勿体ねえ事このうえない、他の酒もこの桃だって全部が美味いんだからよ」
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