34:深酒と月夜
いけないな。酒吞童子の酒が予想以上に強くて酔いがいつもの何倍も早く回っている。こんな事、いつもの俺だったら言うはずないのに。
「なんやぁ、つまらん顔。さっきまでええ顔しとったのに、途端にしょ~もない顔になってもうた。おもろないわあ」
「自覚してるよ、俺は面白みのない人間だ」
「ちゃうちゃう、我が言うてるんはそんなガワの話やない。中。それも、も~~っと奥の話や。自分でもわかってんのちゃうん?」
ぐじゅぐじゅと、酒でやられた理性を酒吞童子が溶かしていく。
「……分かっていても、どうしようもない事だってある。変えようのない過去はあるんだよ。アンタだって、いや……アンタだからこそわかるだろ」
後悔など、いくら積み重ねてもなくなることは無い。罪滅ぼしなんてことができるのは、御伽噺の世界だけだ。
そんな後悔の味は、無残な死を遂げた酒吞童子ならば解るはずだ。
「我やから、分かることねえ」
「そうだ。アンタは人を信じて人に裏切られて殺された。こう思っただろ、もし……あの時人を疑っていれば。もっと自分が前に出て周りを護っていれば。と」
御伽噺として語られる酒吞童子の最期は、酷く無残なもの。勿論、正義は人間側にあったと思う。だがそれとは別ベクトルで悲惨な最期であったという事に疑念の入る余地はないとも思う。
しかし、その俺の感想は、てんで見当違いであると言わんばかりに酒吞童子は豪快に笑いだした。
「なぁんや、そのことかいな。たぁしかにあの時は腹立って恨み節残したなあ。ええっと、あれ。我なんて言うてたか知ってる?忘れてもうたわ」
「『鬼に横道はない』だろ。何で言った本人に教えなきゃならんのだ」
横道。即ち道をそれたやり方を鬼はしないと騙し討ちをしてきた源氏率いる人間を罵った。鬼の好物に毒を混ぜ、宴会を開こうと持ち掛けてじっくりと時間をかけて自由を奪い、そこにいた鬼の悉くを殲滅した人間を。
「そやそや。思い出したわ。でも、それとなんで我が守坊の後悔を理解できるっちゅうことが繋がんの?」
ちびちびと樽から掬い上げるのがかったるくなったのか、酒吞童子は樽ごと持ち上げて豪快に、文字通り浴びるように酒を呑む。
「いやだから、恨み節を残すような思いをしたんだろう?だからこそ、その時に思ったことは消えずまだアンタん中に残ってるだろう。」
「くかかっ!そーゆーことかいな。えらい勘違いしてはるねえ……せや、丁度月も登り切ったところやし、箸休めも兼ねて昔話でもしよか」
ガン、と床に樽を置いて酒吞童子は空を見上げて語りだす。
樽の酒が鏡のように夜空の月を映していた。
「えらい遠い昔、ほんまに気の遠くなるほどの昔の話。我の額に二本の角がまだあったころ」
「待て、角?今ないじゃないか、昔はあったってのかよ」
「初耳ですね、私と出会った頃にはもう今の御姿でしたが」
「そやなあ。多分、源氏の誰かが首と一緒に切りはったんちゃう?」
こともなげに大きな暴露をする酒吞童子。自分の過去をどこまでも他人事のように語る彼の姿に、酷い違和感を覚えた。
「首ぃ斬られて、目ぇ覚めたらここに居った。居ったっちゅうことは生きてる。生きてるっちゅうことはまた酒呑めるちゅうことやん、こりゃ嬉しいわあ思てな。額が軽ぅなっとるのに気付いたんは、大分経ったころやったわ。確か……天狗はんが教えてくれたんやったかな」
泥田坊が言っていた。妖怪が力を使い果たしたら消滅し、その後リポップするという循環。しかし同じ存在として生まれ直したはずなのに、違う点が生まれている。泥田坊の口ぶりから記憶の引継ぎがないのは想像していたが、全く違う個体として再構築されるのか。
人類に仇成す悪鬼羅刹から、酒を司り様々なものを融解させる妖怪へと転じた……のだろうか。
それの象徴として、鬼と言えばという共通認識である角をなくした。
俺は思案しながらちびちびと酒を啜る。
「さて、どうでしょう。正直に言って、その定義にそこまで意味はない。少なくとも彼にとってはね」
「見るだに、そうだろうな」
箸休めと言いながら、ちっとも酒を呑むスピードを緩めない酒吞童子。
やはり彼にとって酒を呑むという行為は、呼吸とほぼ同義なのだろう。
「なんや、ジィっとこっち見て。ふたりして我に惚れたかえ?この美貌は生まれつきやさかい、堪忍したってや」
「ちげえよ色ボケ」
「なんやいろぼけて」
軽くツッコんで、今度はぐいっと酒を呷る。
月明かりに照らされた酒吞童子の顔が、少し変わったように思えた。
俺は、一妖怪好きのしがない男として、彼から語られる過去がとても興味深く思っていた。
どのような因果か、当の本人から鬼の一生を聞けるなんて、俺には幸運の女神がついているらしい。
「住まう土地を持たず、生きる術を教わらず、怖れられ怨まれて。荒ぶる神ともいわれたこともぎょうさんあった、せやかて我はずぅっと昔から酒呑んでただ生きてただけやから、ようわからへんけど」
「ほう」
「大江の山も、北の山も、何処の山も一度は我の庭とした。どこに居っても我は酒を呑んどった。好きに生きて好きに死んで、そんでまた今好きに生きとる。」
「つまり、後悔はないってことかよ」
俺の問いに、目を細めて言外に答える酒吞。
種族としての考え方ではなく、物事の捉え方が違うように思えた。
「勿論、悔やみもするし、もっとあの時の酒を呑みたかったっちゅうことは思うで、でもそれだけ。そこから先は是非に問うまでもあらへん」
俺とは全く違う考え方。なのに俺は、彼の考え方に共通点を見る。
出力されたものはてんで別方向なのに、その根幹は同じ……。
きっと、それは……『諦観』。
どうしようもないから、考えない。諦めてるから今を生きるだけでいい。これ以上欲しないから、これ以上奪わないでくれという願い。
酒吞童子の言動から、俺は俺の感情に触れた。
おもしろい、つまらない等、どんな感想・評価でもいただければ私はとてもうれしく思います。
もしよろしければぜひともお願いいたします。




