29:救済と願い
この約束を持ち掛けたのは、苦肉の策だ。
俺には、座敷童の『隙』を埋められない。長寿故の孤独を一介の人間である俺が癒せるはずもない。
そして何より、すねこや泥田坊の時と決定的に違う点がひとつ。
座敷童が救われたいと、心の『隙』を埋めてほしいと思っていないこと。
座敷童にとって、孤独による『隙』は言わば人が柱に掘った傷そのもの。人の営みの延長線上に存在するそれを、彼はしっかりと認めてそれを含めて自分であると認識している。
つまり、助けを求められていないのだ。
未熟な付け焼き刃の技術しかない似非カウンセラーに、救われたいと思っていない相手を助けることなんて、土台無理な話だ。
傷もみつけた、それがどのようにして出来たのかも理解できた。
しかしてそれを癒す術を俺は知らない。
「どうしたのじゃ?またお主の顔が暗くなったようじゃが」
「流石は、人の暮らしを観察してきただけあって感情の機微に敏いようだな」
取る手がないと顔をしかめたのを目敏く気付いてくる座敷童。
もう、明け透けに言ってしまうか。
「座敷童よ、俺はお前を助けたいと思っている。これまでの道程で、俺にも妖怪の『隙』を埋められることが分かった。だから、先ほどの礼として、今度はアンタのそれをどうにかしてやりたんだ」
ひどく傲慢で、独りよがりの要望だとは思う。
でも、助けられたから、助けたいと思ったのだ。
その原始的な欲求を、俺は見て見ぬふりをしたくなかった。
「なんともまあ、嬉しいことを言ってくれるのお。サトリぃ、お主ここまで読んでおったのではあるまいな?」
「何を言いますか、私が透かして見えるのは心だけ。未来を見通す眼など持っておりませんとも」
座敷童はサトリを一瞥した後に、俺を縁側へと座らせて自分は庭に出た。穏やかな風が、綺麗な黒髪の間を抜けていく。
「わえの名は、座敷童。人の家に憑りついては人を見て、その営みの痕跡を保つ者。じゃから、なんども、なんどもなんども。なんどもなんども、人が消えていくのを見た。もう、慣れっ子じゃ」
聞き分けのない子供をあやす母親のような声色の座敷童、俺は黙ってそれを聞いていた。
「偶に訪れる河童のような妖怪や、お主のような迷い子と遊べればそれでいいと思っておったのじゃ」
「ふむ。そうだなあ、昼間も言ったが、人は忙しないからなあ」
「そういうもんじゃよ河童。良し悪しではない」
「それもそうだが、もっと遊びたいだろう。童とて」
俺は、河童の意見に賛同した。やはり孤独とはどうしようもなく人を傷つける。それを甘んじて受け入れ続けるってのは、どうしようもなく理不尽に思えた。
例えば……同じような力を持つ妖怪を探してシェアハウス的なことをするだけでも、何かが変わるのではないだろうか。
「妖怪は基本自分勝手ですからね、共同生活に長けたものはそういないでしょう」
「そうか……」
起死回生のアイデアだと思った案は、サトリに優しく否定される。そういえばここに来るときも同じようなことを言っていた気がする。
「ええのじゃ、人の子よ。わえの望みはお主が間接的に叶えてくれると思うておる」
「俺がか?さっきも言った様に、俺はそう遠くない未来に現世へ帰る身だ。力になれないと思うが」
「いいや、その後お主が契ってくれた指約束。あれで、十分じゃよ。人の中にわえの記憶とつながるものがあればそれでええ。人が家の事を想ってくれる限り、わえは幸せじゃ、決して一人ぼっちじゃありゃせんぞ?」
「そうか。不完全燃焼なのは否めないが……」
「気にするでない、わえは幸せ者じゃぞ?かくあれかしとそう願われてわえはここに居る。それはもしかしたら、お主からすると呪いに似たものかもしれないが、わえからすればどんな寿ぎよりも嬉しい祝福なのじゃ」
泥田坊の時と同じようで違う価値観の差。
今度もまた、俺はそれに対して言い返すことができなかった。
俺からすれば、座敷童のそれは究極の滅私の奉仕。自分の事など二の次三の次に追いやって、ただひたすらに訪れる見込みのない来客を待ち続け記憶を保管し続ける。
俺は、数秒間うんうんと唸り、両頬をパンっと叩いた。
ここで学んだことを生かすとしよう。
「座敷童よ、改めて言う!俺はここの事を決して忘れないし、俺の家族に伝えよう。勿論河童の事もな」
「おお!語れ語れ!良いことだ!」
費用対効果だの意義だの、出来る出来ないだのと考えるのは馬鹿らしい、思ったことを想ったままに言ってやろう。
「あぁ、ありがとうな。人の子よ」
「そして!たった今思いついたことだが、一緒に来い!サトリも河童もだ!」
俺は庭にいる座敷童の小さな手を握って、大黒柱の方へと向かう。
パッとすぐできて、俺という存在を座敷童に憶えてもらうにはこれがいい。
「この傷、増やしてもいいか」
俺の太腿ぐらいの位置につけられた大黒柱の傷を指さして、座敷童に問う。
「何をするつもりなのじゃ?」
「別に大したことじゃない、俺の痕跡を残すだけだ。今日この場に俺とサトリたちが来たってコトの印だ」
俺は胸ポケットから真っ黒の万年筆を握る。
インクをつけていない万年筆でガリガリと俺の身長を柱に記録する。本来そうあれと定められた使い方とは全く違う、悪い使い方だが……きっとアイツは大目に見てくれるだろう。
「ン……やっぱり、ペンじゃ……駄目か。ペンは剣よりも強しというが物理的なもんじゃないからなあ」
しまった、折角かっこつけようと思ったのにこれじゃ形無しだ。俺が持っているもので木を彫れるようなものなんてコレ以外ないぞ、どうしたものか。
俺が悪戦苦闘しながらもペン先を柱に押し当てていると、ふいに感触が変わる。太く芯の通った立派な木材のそれから、柔らかな粘土細工のようにペン先を受け入れた。
「わえの家が、その傷を受け入れたのじゃ。お主と、その記憶もこの家は覚えておく。」
「そうか、よかったよ」
「ええのお、またわえが憶える傷が増えた!嬉しいのお、嬉しいのお!」
座敷童がぴょんぴょんと跳ねる。その様子を見て、俺とサトリは目を細めた。
もし、いつか。もしいつか、また迷い込む機会があるとすれば、その時は俺の大切な人達を連れてきたい。
この家で、一緒に座敷童と遊んでみたい。
それは叶わない願いかもしれない。だけど、願うことぐらいは許されるだろう。
おもしろい、つまらない等、どんな感想・評価でもいただければ私はとてもうれしく思います。
もしよろしければぜひともお願いいたします。




