28:懐古と約束
それから、俺達はひとしきり座敷童の家をぐるりと一周して、また縁側へと戻ってきた。ぼろぼろの押し入れや、カチカチと音を鳴らす若干ずれた古時計。見るたびにどこか懐かしさを覚えるようなオブジェクトが盛りだくさんだった。
三十年弱生きてきて、ここまでノスタルジックに浸ったのは今日が初めてだろう。俺に作詞の才能があれば現代日本人を癒す郷愁の曲を書いていたところだ。
くたくたになるまで遊び、その後は色々と話し込み、気が付けばもう夕暮れ時。カラスとヒグラシの声が耳に届く。
「ヒグラシの声を聴きながら、黄昏色に染まる空を見上げて、極上に旨い茶を啜る。これ以上の贅沢はないな」
「そうじゃのぉ。何物にも代えがたい、ありふれた幸福。といったところかのお」
さて、そろそろか。烏が鳴くから帰宅の時間だ。
「そうですね。私たちはそろそろ帰るとしましょうか、幸いにして悠弥さんの心の『隙』は少しばかり埋まった様子だ。この調子でいけば、もうすぐ浮世に戻れるでしょう」
「なんと、もう帰ってしまうのかえ。寂しいのお、まだ遊ぼうぞ、押し入れの奥にすごろくもあるし、まだ蹴鞠もしたいでの」
座敷童が俺の裾を掴み、見上げてくる。迷子の子供のような寂しそうなつぶらな瞳が、俺を捉える。
「すまない、座敷童。俺には……自分で言っていてなんと身勝手なという話だが、帰るべき『家』あったみたいなんだ。だからここに居ることは叶わない」
そう告げると、明らかに座敷童の表情が曇る。しかし、その次の瞬間また明るい笑顔を取り戻し、こちらを向いた。
「そう言われれば、わえが留めることは出来んのぉ。このこの~、ずるいぞ人の子よ~」
「んなっ、くすぐってくるな!ええい、この、すばしっこい!」
ちょこまかと動き回り、俺の脇腹や背中をくすぐってくる座敷童。さっきは寄る年波になどと宣っていた癖に、小学生のように素早い動きで俺はそれを捉えられない。
「面白いことをしてるな!どうれ、俺も!」
「やめろというに!」
「ふふ、貴方達と一緒にいるといつまでも遊べてしまいますね」
ふいに、サトリが言葉を漏らす。それに対して河童と座敷童は笑って答えていた。
「そらそうだ、なあ童よ」
「あぁ。わえらの生まれ持っての性じゃ、久しぶりの人じゃったもので、ついな」
座敷童の声色で、ここまでのやり取りから断片的に見つけていたヒントが繋がった。これまで、俺と出会った妖怪は、俺に照応関係のように『隙』を持っていた。
ならば、座敷童にも『隙』があるのではないか。そしてその仮定は正しかった。
すねこが持っていた孤独感、泥田坊が受けていた名前の呪い。その両方の性質を併せ持つ複合的なもの。それが座敷童の持つ『隙』だ。
座敷童とは、日本全土に広く文献を残すとても有名な妖怪だ。吉兆、災いを招くもの、悪習の化身。様々な側面を持つ存在だが、とりわけここにいる彼……性別があるのかはわからない存在だが。……は、その中でも『家』に憑りつきその情報を保存し、貯蔵する。
そんな観測者たる座敷童の渇望。
「なあ、座敷童。この家には、誰も住んでいないんだな」
「……」
初対面の時から一貫している、遊びへの執着。先ほど一瞬見せた曇った顔。それらが意味するとは、耐えるしかない孤独。
与えられた役割だから、座敷童自身はそれを受け入れているのだろう。しかし辛いものは辛い。
「そうじゃのお、前に住んでおったのは……サトリが連れてきた老齢の男……源蔵と言ったか」
長い沈黙の後、座敷童は口を開く。遊んだ時や案内の時に見せた笑顔とは違う種類の笑顔。これは、恐らく懐古の情か。
「あいつ、お前の家に住んでたのか。道理で河原に姿を見せなくなったわけだ」
俺はサトリの方を見やる。奴は何も答えない。ただゆっくりと瞬きをしただけ。俺の質問の答えとしては、それで十分だった。
心を読む能力がなくとも、今の座敷童は虚勢を張っていることは、わかってしまった。
「座敷童」
「なんじゃ?」
「俺はきっと、元の世界に帰ったらもうここには戻れないと思う。ここにこれたのは、ある種奇跡の産物、二度目は……訪れないだろうから」
座敷童は答えない。静寂に包まれた縁側で、庭の草が風に揺れていた。
「だけど、だからこそ、俺は元の世界で此処のことを話す。アンタの事も河童の事も、サトリの事も。出来る限り俺の記憶の全てを話す」
「ほぉ?誰に話すのじゃ?」
「そうだな、まずは母さんにだな。あの人ってば、妖怪とか大好きだったんだよ。後ひとり、話してやりたい人もいるし、父さんにも話してみるかな」
俺がそう言うと、座敷童は一瞬だけ目を見張った。それからゆっくりと、遊んでいる時と全く変わらない屈託のない笑顔を浮かべた。
「なんじゃ、お主は浮世に残してきた人が多いのじゃな」
「ン……まあ、残してきた人っていうのは若干の語弊があるかもだが……ま、ニュアンスは同じか」
「にゅあんす?」
「ともかく!約束するってコトだよ」
「おうおう!なら俺とも指を絡ませろ!人の子は約束の誓いをするときにこうするんだろ!」
妖怪二人と約束を交わす。
指切りげんまんなど、幼少の時以来だ。
「良く知ってんな、人間てのは不思議なもんで、普段は忘れっぽいのにこうして契った約束はそうそう忘れねえのさ」
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