27:悩みと答え
座敷童の直接的な言葉が、胸に刺さる。
もう、考えなくていいか。ここにいるのは裏表のない子供が二人、奥に穏やかな表情で此方を見つめている覗き魔一人。
なら、どう思われるかとか、何が悪いとか関係なしに思いの丈を全部曝け出してしまおう。
「なあ俺はさ、帰ってもいいのかな」
「何を当り前なことを。家はの、お主ら人をいつまでも待っておるものじゃ。きっとお主の耳には届かんじゃろうが、絶対に『おかえりなさい』と言ってくれるじゃろう」
そう言われて、俺は初めて見るはずの天井を見上げる。濃い茶色のそれは、酷く懐かしく思えて頬が緩む。
「そしてきっとお父様も貴方を拒みはしませんでしょう」
「でもさあ、俺ってばずっと逃げ続けてきたんだぜ?俺の引っ越し代とか、大半を面倒見てもらって何年も口をきいてない放蕩息子がさぁ……」
単純に言えば、怖いのだ。このまま放置しておけば、これ以上の悪化はしない。だから臆病な俺は藪蛇にならないように手を引いた。
壊れてしまったら最後、何も残らない。
母と俺をつなぐ生き証人たる父との関係が断たれてしまったら、俺はもうきっと立ち直れない。壊れるぐらいなら、破壊の痛みを受けるぐらいなら最初からないと、諦めに包まれていた方が楽であると逃げていた。
「何とかなるだろうよ、お前のとっちゃんはそんなちっちゃい男じゃないだろう。なんたってお前のとっちゃんなんだからよ」
「アンタのその俺に対する評価の高さはなんだよ」
「かっかっか!なんたって一度断った俺の相撲をちゃんとやる男なんだからな!俺の評価はうなぎのぼりだ!」
相撲を取っただけで評価が上がるとは、なんとも簡単なことだ。上司の評価基準もそれぐらい単純であればやりやすいのだが。
「それになあ。お前はまだ若いからかもしれないが、もっと考えを柔軟にするといいぞ。もし壊れたら、また直せばいいだけだろう」
そう言って、河童は直したての水鉄砲を見せてくる。
俺は、目から鱗が落ちる感覚を覚えた。
河童が愛用の皿丸を修繕したように、泥田坊とサトリの関係が修復したように、壊れても別にそれで死ぬわけではないのだから、変に怖がりすぎる必要もないのではないか。
俺の憧れた父の背は、そこまで小さなものじゃない。今なお大きく感じるほど器のでかい人だった。
「そうでしょう。貴方はお父様の理性的で俯瞰した姿勢に憧れて、そこに至れないからと自分を低く見積もっていますが、親ならば自分の息子に、自分と同じようになれと者はいません」
「そうじゃの、きっと父君はこう願っておるはずじゃ。自分と違ったお主自身を磨き、その輝きを見せてほしいとな」
人ならざる者に、人の心を説かれる。
「俺の輝き……?」
「お主はお主、父君は父君。血のつながりはあれど全くの別人じゃ、それを判らぬ阿呆ではあるまいよ。わえと遊んでおった時のあの屈託のない笑顔、それを浮かべて帰ってみい。きっと待っておったと笑いかえしてくるはずじゃ。」
俺はふと、自分の無様さに気が付き思い出す。
父の顔にかかる靄が晴れることは無い。
俺が思い出したのは、去年の暮。
今妖怪三人が俺に諭したように、俺の後輩にご高説を垂れていた時の事。
後輩に親と彼女の関係が悪いからどうしたらいいかと相談されていた時の話だ。
『まあ、なるようになるさ。いいか、あれこれ悩むってのもいいが悩みすぎはナンセンスだ。長考は往々にして短慮よりも愚行を招く』
この言葉は、父が幼き頃にくれた教訓だという事を今思い出した。
『なるようになる』。俺はこの言葉に何度も救われてきたというのに、そのルーツを忘れていた。
「ふっ、っはっはっは。なあサトリ、アンタ……とっくに俺の心を読んで気づいてたんだろ?」
「さて、どうでしょうか」
きっとサトリは俺が心の底では父と会いたがっていることを、あの家に帰りたがっていることを見透かしていたんだろう。ただ、心を見通すサトリ一人が言ったとて俺はそれを認めなかった。河童を含めた三人に言われて漸く頑固な思い込みを直視することができたのだ。
「いい笑顔だ、その顔が似合っている、人の子ってはよく笑顔を忘れるからな」
「言い返す言葉もねえよ。あんがとな河童、アンタの馬鹿さ加減に当てられたよ」
「お前それ褒めてるのか?」
「おぉとも、婉曲表現は俺のアイデンティティだからな」
「何言ってるか分からんが、褒めているのならよし!お前にもきゅうりをやろう!」
河童からきゅうりを受け取り、丸かじりにする。瑞々しくシンプルな味が味蕾を刺激した。
「ええのお、ええのお。それでこそ人の子じゃ。きっとお主の家も喜ぶぞ、父君が待つ家も、お主が住んでおった家も」
人の営みを観察し、人の何たるかを熟知する座敷童のお墨付きがあるのだ。きっと何とかなる、心配がないと言えば噓となるがな。
「座敷童、河童。そしてサトリ。俺さ、帰ったら母さんと父さんに会いに行くよ。」
「そうじゃの、そうするがええ。なんたって家は何時だって何者かを『待っている』のじゃ」
どこまでも優しい座敷童の声に、不意に目じりから温かいものが垂れる。
きっと、さっき齧ったきゅうりが喉に詰まったのだろう。
「さ、今後の身の振り方も決まったところで、まだ案内してくれるんだろ?」
「勿論じゃ、次はのぉ~、こっちの部屋じゃ!」
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