25:既視感と過去
これは俺の本心だ。この家に入った時から俺の中を漂う懐かしさ。所謂ノスタルジー。俺はこの家の記憶が語り継がれなくとも、誰にも知られることがなかったとしてもひっそりと存続してほしいと思う。
それはきっと俺が自ら手放したものだから。
かけがえのないものを見て見ぬふりをして、取り返しのつかない誤った選択をし続けた結果、どうしようもなく遠くに行ってしまった在りし日の記憶ととても似ていたから。
「嬉しいぞ、わえ自身を褒められるより何倍も嬉しい。過去を肯定してくれる人が居る限り、わえの気持ちもまた肯定されるからのぉ。じゃあ次じゃ、この屋敷は広いでな、見せたいものはたんとある。飽きるでないぞぉ?」
「――勿論、飽きるわけねえさ」
退屈になることは絶対にないだろう、それは断言できる。しかし別の理由で中断を申し出るかもしれないと感じていた。
今の俺はふわふわとしている。興奮とは違う、形容しがたい感情が俺の中に渦巻いているのだ。
「その熱の正体を、当てた方がよろしいでしょうか」
「……いや、いい。実のところ俺もある程度察しはついている」
「そうですか」
俺も馬鹿じゃない、これまでの経験や知識からこの感情の源泉は過去のものだと凡そ理解している。だが、それを看破したとて、サトリに完璧なまでに言語化してもらったところで何が変わろうか。
過去は、一度決まったら最後、何者の手をもってしても変えられないのだから。
「次はあの部屋じゃな、お主もこの国に生まれ育ったのならきっと居心地の良い空間であるはずじゃ」
「そりゃあいい、是非草臥れたおっさんを癒してくれよな」
座敷童が次の部屋に選んだのは、奥の和室。桐の箪笥とイグサの匂いが鼻を通り胸いっぱいに広がる。
俺の家には、畳の部屋は無かった。しかし、俺はこの部屋の匂いを知っている。
「記憶は、受け継がれるからのぉ。お主自身が知らんでも、お主の父が、お主の母が。その二人の両方が知らんでもさらにその両親が。ここのような場所を知っておるのじゃ」
畳の部屋に座り、目を閉じる。
座敷童が言っていたように俺の記憶ではない記憶が、俺の中に宿っているということが体を通して実感できる。
「家は、生きておる。記憶は死なないし、消えない。もし記憶がない、忘れたというのなら、それは消えたわけでなくただ靄の中へと追いやってしまっただけじゃ」
サトリでもない癖に、俺の記憶の中を覗いたかのように座敷童は優しく語り掛けてくる。
遊んだ時とは全く違う雰囲気が、俺達を包み込んだ。
既視感。子供の頃に、一度も立ち寄ったことの無い横道に、とてつもなく郷愁を抱いた時の記憶がよみがえる。
その時も俺の中の何かが、その道を憶えていたのか。
「わえの家はそんな記憶を呼び起こすのじゃ。サトリよ、お主……それを分かってこの子を此処へ連れて参ったのじゃろ?」
「えぇ。きっと悠弥さんの心の隙は、人からの言葉や行動では埋まらないとおもいましてね。私の知る中で、あなたが一番彼を癒すのに適していると思って」
俺の『隙』。帰るための道筋が、この家……ひいては俺が心の底に追いやった何某か。それが此処にある。
俺がこんな狭間のような訳の分からない場所へと誘われた理由がここにあるとすれば、それは俺の咎。
傷が治るまでその痛みに我慢できなくて、逃げて逃げて。挙句の果てに仲良かった父の顔すら朧げな始末。その逃げた選択を、その過ちを認めて否定しろ……ということなのか。
「いいえ、違いますよ。悠弥さん。否定する必要はありません、何故なら今の貴方があるのは、その選択があるから。そして今の貴方があるからこそ、救われた者もいる」
「否定しなければならんだろう、俺は」
「サトリであるのなら、心を読みお主の気持ちを慮り聞くのを止めたろうがの、わえは気になったでな。聞く。お主のその自罰的な考えはどこからくるものぞ?」
単刀直入の子供の質問を、俺は真正面から受け取ることになった。
「……分かった。語るよ、自分の事なんてしゃべり慣れてねえもんだし、面白くないが大目に見てくれよ」
*
少しずつ、俺の過去を吐露していく。
何故、俺が家を帰るべき場所ではなく、もう帰られない場所として認識しているのか。
「俺の母は、昔死んだ。俺が……中学生の頃だったか。俺が生まれる前からずっと病弱でな、小学校を卒業したあたりから急に症状が悪化して入退院を繰り返し、俺が中学を卒業する前に、あの人は人生を卒業してしまったんだ」
「……ほうか。看取れたのかえ?」
「いや。勿論葬儀には参列したが、逝くときは傍にいてやれなかった。――そこから、父との間に溝ができた」
母の死を乗り越えられなかった俺と、しっかりと受け止めて前へ進んでいく父。そこには、埋められない隔たりがあった。
素直にすごいと思った、憧れた。憧れたが故に、理解できなかった。
何故、この人は冷静に事務処理を進められるのかと。
何故、この人は最愛の人を亡くしていて、俺や他の人に気を回せるのか。
「人の成長とは、そういうものですよ。人は大人になるにつれて、自らの心を封じる術を身につける。心を透かす私にとって、それは凄く悲しい事ですがね」
「今ならそれを理解できる。出来るが、それを実践できるかと問われれば……圧倒的にノーだ。」
社会人となり、諸々を知り、大人として確立してなお遠く感じる父の背。
勝手に不和を生じさせ、合わせる顔がないと遠ざけた。
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