22:領域と料理
「おぉ~、やはり人じゃ、いつ振りの人じゃ。遊びに来たんじゃろ、ええぞ、ええぞ。わえと遊ぼう!蹴鞠もあるし、かるたもあるでな。今日は倒れるまで遊ぶとしよう!」
俺という人間を見つけてとても楽しそうに跳ねる幼子。見たところ小学生低学年ぐらいの身長だ。
甥や姪などの小さな親戚はいなかった俺にとって、このフレッシュなノリは何とも精神に来るものがある。
俺も、こんな無邪気に笑っていた時期があったのかね。その答えは、俺が憶えていない以上、聞くことは難しい。
「どうした?早う遊ぼう、蹴鞠が苦手かえ?ならこれならどうじゃ、めんこ!独楽もあるぞ~。あぁ、そうじゃおのこじゃもんな、竹馬でもするかえ?」
「ま、待て待て矢継ぎ早だな。サトリが言っていたろう?俺腹ペコ、時間は昼時。お分かり?」
「むう、確かにそうだのぉ。じゃあ食おう、今日は何を食べようかの」
「そのあたりは抜かりなく、お弁当を持ってきておりますので」
サトリが持ってきた包みを見せると、座敷童はこれまた嬉しそうに目を輝かせた。
「おぉ、サトリの飯か!ええのぉええのぉ。わえはあのたまごのやつが食いたいぞ」
「だし巻きですかね、勿論。入っていますよ」
サトリがいつにもまして忙しくキッチンで重箱を作っているのはやはり座敷童に対してのお土産だったか。
「広い家じゃでな、わえについてきい。飯ならば居間で食うのがええじゃろう、こっちじゃ。」
座敷童の案内で、俺は屋敷へと足を踏み入れる。玄関からしてかなり古い、しかし……いい建材をつかっているのか腐食や劣化の気配は見られないな。
まるで、どこかのタイミングで記録、及び保存したかのような……。
「全く変わってないな!この家は!」
「そりゃそうじゃ。わえが記憶する限り、ここが劣化することは無いからのぉ」
俺の直感が、当たっていたらしい。サトリが言っていた知名度補正による力を、座敷童はこの敷地の維持に当てているのか。泥田坊と同じような状況なのかもしれない。つまり、ここは座敷童の領域。結界のようなものなのか。
さっき玄関の木を触った感じからして、きっと現実の素材と違う。多分座敷童が居た過去居た『家』を、概念として具現化した感じなのだろう。
「居間は確か此処でしたね」
「おぉ。よく覚えとるのぉ、そうじゃ、そこの部屋じゃ」
サトリと河童が我先にと居間に入り、ローテーブルに重箱を広げていく。三段もある豪華なお弁当だ、運動会でもここまで豪勢なお弁当はなかったな。
まあ、俺の場合は俺自身が止めてくれと頼んだわけだが。
「さあ!俺も口が寂しくなってきた、食うぞ!瓜を持ってきたから味噌はあるか座敷童よ」
「ほぉ!河童のきゅうりは極上じゃからのぉ~うれしいのぉ~、味噌なら厨房にあるでな。持って来ようぞ」
俺が少しばかり昔を思い出していると、水浸しの包みからキュウリをどかっと取り出して机に並べた。和風のローテーブルに所狭しと料理と食材が並べられていく。
しかし河童め、味噌キュウリとは中々乙なものを。これは猶の事、酒が欲しくなるなあ。何時ぞや言っていた山の方には元の世界に帰る前までに立ち寄りたくなってきた。
「さて、座敷童が味噌を持ってきている間に私たちは手を洗いましょう。勿論、河童もですよ」
「えぇ、俺は川から這い出てきたからうるおい十分だぞ?」
「潤いではなく汚れを落とす為です、貴方地べたに手を付けて陸に上がって来たでしょう」
「えぇ。俺の手は綺麗だぞ?ぬめりがあるから汚れもつかんだろう」
「ガキみたいなこと言ってねえで、ほら行くぞ」
動きたくないと駄々をこねる河童を起こして、手洗い場まで連れていく。和風の使い古されている水道から、ちゃんと新鮮な水が流れる。ちゃんとインフラは整っているんだな。河童の後に俺もちゃんと手を洗う。このタイプの蛇口だと、経年劣化による水漏れや、錆などが目立っているんじゃないかと思っていたが存外綺麗なもんである。はやり使える状態、人が住める状態で保存されているんだな。
「はい、ちゃんと洗えましたね。えらいですよ」
「かっかっか!相変わらずお主は他の者を子供と思ってるな?まあ事実だが」
「そのつもりは無かったんですがね」
ちゃんと濡れた手を拭かせて、居間に戻る。本当に子どものようなムーブをしてくるんだから、この河童。
「さて、座敷童も手は洗いましたね?」
「勿論じゃ、わえは綺麗好きじゃからのぉ。さて、おべんと、おべんと。楽しみじゃのぉ」
体を横に揺らし、屈託のない笑顔を見せてくる座敷童。
その様子を見ると、なんとも言えない気持ちになる。ここまで見てわかった座敷童とは、無邪気さの化身だ。俺が過去へ置き去りにしてきた純粋さそのもの。それを目の当たりにして、俺はただただたじろぐことしかできない。
お弁当を食べている間も、本当に美味しそうにサトリの用意しただし巻き玉子やおにぎり、山菜炒めなどを頬張っている。
河童も負けじと魚や自分が持ってきたキュウリを平らげていて、俺はそれを見るだけでなんだか腹が膨れたような感覚になる。
いや、この場合は胸がいっぱいというべきかな。
「この子たちの無邪気さにあてられましたか?」
「あぁ、くたびれたおっさんには少々眩しいかもしれんな」
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