17:夢幻と対価
「そうだ、すねこ!すねこを呼べばいいじゃんかよ。あいつは雨とともに現れるんだろ?助力を頼もう」
「いいえ。それは出来ないでしょう、今彼がどこにいるのか分かりません。それこそ雨がいつ降るのかというものです」
雨と共にあるすねこならばと思ったが、中々にうまく行かん。いかんなあ……妖怪関連や土着の伝承について調べたのは随分と前だから、記憶が朧気だ。
「……確かァ……なんかアメフラシ小僧みたいな奴いなかったか?」
「あぁ、確かにあの子ならばもってこいの能力を持っていますね。正しくは雨降小僧、ただ、あの元気っこを捕まえるとなるのは骨が折れるでしょうねえ」
強引に昔聞いた妖怪小話の記憶を叩き起こして、今必要な力を持つ存在を特定出来たはいいが、また別の問題が生えてきた。そりゃ小僧と言われるぐらいだからじっと大人しくしているタイプじゃないだろうなあ……。
「……!」
俺とサトリが頭を捻らせていると、泥田坊は膝をついて泣き出した。
隻眼から透明な涙がこぼれて、地を濡らす。
「どうしたっ!?」
俺の問いに泥田坊は答えない。只体を震わせ弱弱しくしわがれた指を田んぼに向けた。
『何も成せない』という呪いに、逆らった代償なのか。間接的にでも、モノづくりをさせないなんて、そんなのありかよ!あまりにもあんまりだ……!
憤慨する気持ちを抑え、俺は蹲る泥田坊に近づく。
「じいさん、大丈夫か!」
手に泥がつくのも厭わずわなわなと震える泥田坊の肩を揺らす。
「悠弥さん、大丈夫ですよ」
「サトリ?」
激しく動揺する俺をサトリが優しく止める。ゆったりと頷き、俺の視線を田んぼへと誘導した。
その時、俺はあり得ない光景を視る。
*
眼前に広がるのは、黄金色の絨毯。
一陣の風が吹いて、稲穂を揺らした。
先ほどまでの閑散とした泥ではなく、それはもう見事な収穫期真っただ中の田んぼが、そこにあったのだ。
「アァ……アァア、儂の、儂の田じゃ。あの時の……倅へ残した、あの土地じゃ……」
「……これは……」
「泥田坊の、夢でしょう」
これこそが、泥田坊の描いた理想。生前彼が人生をかけて作り上げた遺産。自らの子や他人に踏みにじられた彼の土地。
故にこそいの一番に、泥田坊が田んぼの変容に気付いたのだろう。
土地が稲を受け入れる準備が整ったと感じ、それに呼応するかたちでよみがえったというのか。
まるで、この土地自体に意思が宿っているかのような。
「どの様なモノにもそれはある。この狭間では、それが顕著に表れるだけですよ」
「じゃあ本当にこの土地がこの夢を見せているっていうのか?」
「えぇ。誰よりも自分を愛し、誰よりも美しい自分を信じてくれた泥田坊に対しての精一杯のお礼なのでしょう。」
ぞくぞくと、俺の身体が強張る。
何処で読んだか、どのような物語だったか忘れたが、俺が妖怪や土着の伝承が好きになった理由のひとつに、土地に意思が宿りそこを護るものに対して恩返しをするという物語があった。それを読んだ俺はなんて素敵なモノなんだと思い、同じような物語が他にないか、調べるようになって今に至る。
図らずも、俺の原点に触れて得も言われぬ感情を抱く。
「……ははっ!いいじゃねえか!ウン百年と数えきれない時間を重ねた者に対して、これ以上ない褒賞だろう!」
いつまでも無意味と知りながら、自分が何も成せないと自覚しながらただひたすらに耕し続けた土地からの恩返し。
誰かにとっての『無意味』は、また別のものにとって『価値』があるものらしい。
その事実に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「相思相愛だったらしいぜ、泥田坊のじいさん。アンタが必至につなぎとめたおかげでこの土地は死なずに今まで残されて、アンタにこの景色を見せてやれた。素晴らしいプレゼントじゃんかよ」
「かっかっかっか!ほうじゃのう、儂にとってこれほど嬉しい事ァない!お前も、お前だってそうじゃろうなあ、この美しさを誰かに見てほしかったよなあ……!」
慈愛に満ちた目で足元の土を撫でる泥田坊。
短い時間しか一緒にいなかったが、こんな優しい声色の彼の声は初めて聴いた。
「守屋と言ったか、土地売りの坊。」
「おぉ。どうした」
「……ありがとうよ」
「おうおう、どうしたどうしたぁ。えらい殊勝な態度じゃねえか、悪態のひとつやふたつぐらいついたって別にいいんだぜ」
「だぁっとれい。最期の礼ぐらい、渡させろ」
彼の言葉を聞いて、辺りが水を打ったように静まり返る。
今、泥田坊はなんて言ったのだ。『さいご』と聞こえた。何が最後なんだ。
「どういうことだよ、じいさん。最後っつったか?」
「じゃけえそう言うたろうがい。いくらこの土地の意思があろうが、この規模の土地に幻を見せるのは簡単にできるもんじゃないけえのお。」
嫌な予感が、背筋を這う。
最後、ではなく最期。違うと、そう思いたくて拳を強く握った。
「土地の寿命を使ってしもうたんじゃろう。残っておった力の全部をな。そいでそれは土地とつながる儂の死でもある……じゃがこれでええ。まあ、儂の数少ない力を使ってこの土地が死ぬようなことはさせんがの」
「泥田坊……このような結果となり、謝罪の言葉もありません」
「かっか!よせ、らしくもない。お前にも、礼を言うべきじゃろうな。いや、それより謝罪か?」
「何を言いますか、貴方とこの土地が魅せてくれたこの景色で十分です」
何事もなく受け入れている泥田坊に、俺は寄りかかった。
「そんなのねえだろ!確かに今は土地が魅せた幻覚だ、だけど時間をかけりゃこの景色は本物になる!それを誰あろうアンタが見なくて誰が見るってんだ!」
「いいや、儂は観る。ただ、今の儂じゃねえだけじゃ。儂が消えてもまた儂は何処で生まれ出で、このひとつ目で此処を見つけ出すだろう。」
納得できない。理不尽だ、横暴だ。何故このような仕打ちを彼が受けなければならないのか。彼はもう十二分に苦しんだはずだ。これ以上彼から奪うのは、許されていいはずがない。
「守屋の坊、きっと儂はまたお前に向けて泥を投げるじゃろう。じゃけえそん時ァもう一度さっきの紙きれを読んじゃれ。そうすりゃあ儂はころっと気ぃ許すけえの」
「そうじゃねえよ!俺はアンタを通して俺を見ていた、無意味な人生を送ってきた俺にとって、アンタの行動は希望だった。だから今のアンタに俺は!」
そこまで言ったところでサトリが俺を止めて、また一陣の風が俺とサトリを包む。
土埃が目に入りそうになって、目を閉じた。
その刹那、俺の耳に『ありがとう』という言葉が届く。
泥田坊の言葉なのか、土地自身の言葉なのか。俺には判らなかった。
おもしろい、つまらない等、どんな感想・評価でもいただければ私はとてもうれしく思います。
もしよろしければぜひともお願いいたします。
一先ずの区切り。でございます。




