16:評価と労働
土の極上具合、生命がこれでもかとぎゅうぎゅう詰めになっている土地の豊富さ、意図しているかどうかは別にして、大雨の時に土が崩れないように保護もできている。
水回りもちゃんとすればすぐにでも田んぼに水を張れるぐらいにはなっている。
「以上が、俺の見解……評価だ。特に土の具合に関していえば俺の知る中でも上々のもの、人生をささげただけあって、田んぼにおいてアンタの右に出る者はいないだろう」
「……当り前じゃ」
恐らく初めてなのだろう、自分の土地を詳らかに言語化されたのは。以前サトリが招いたという奴よりも、俺の方が現代知識を用いてより詳細に評価できている自負はある。前のやつはパッションで泥田坊に迫ったんだろうな。まあ、俺の今の話法も大部分がそれに依存しているが、論理的思考と知識の裏打ちあってこそだ。
「小童じゃいうて舐めとったことは認める。おどれの目は何度も土地を視てきた奴の目じゃ」
泥田坊自身も当り前ながら土地の状態は把握してるようで、俺の見立てが正当なモノであると認めてくれた。
取りあえず第一段階は完了だな。
俺に特別な眼があるわけじゃない、特別なのはこの土地だ。それを共通認識とする。
「……ふん、こうなるけんどうでもええと言うたんじゃ。おどれがこの土地を死んどらんと看破したとて、なんじゃいうがじゃ。儂がこの土地にしてやれる事ァ変わらん。」
正論。俺が評価出来たところで呪いが解呪出来るはずもなく、ただ現状が暴露されただけ。
「私ならば稲を植えられます。他の者だってそうです、泥田坊。この現状を招いた要因である私が言えた話ではありませんが、どうか聞いてほしい。私に手伝わせてくれませんか」
そこで、サトリの出番だ。
正直俺も田植えの経験などないし、へっぴり腰のぎっくり腰経験者お兄さんがやっても足手まといになるだけだ。ここは潔く退いて隣の長身優男に出番を譲るとしよう。
「アンタが土地を作り、俺がそれに価値を見出して、サトリや他の妖怪たちがそこに稲を植える。努力の循環だ。」
「……儂の土地じゃ、誰にも奪わせん、――誰にも触れさせん」
「奪うんじゃない、作り変えるんじゃない。アンタの土地を使わせてもらうだけだ。もう一度見たいだんろう?稲穂が頭を垂れる黄金色の景色を。」
どのようなもんであれ、一人で完結できるところには限界がある。
それが呪いのように思えてしまっているだけだ、俺が土地を見定めるだけで田植えはサトリに任せたように、物事には得手不得手があるのだ。適材適所という言葉を泥田坊に教える。
「アンタは『何も成せない』んじゃない。『一人では成せない』んだ。それは呪いじゃない、農業の本質だ。だからさ、俺らにも作らせてくれよ、アンタの魂ともいえる田んぼをよ」
「……フン」
泥田坊はゆっくりと三本の指を広げた。鍬がびちゃりと泥に落ちる。常に張り詰めていた彼の筋肉が弛緩していくのが、目で見てわかる。
「アンタの過去は、サトリから聞いた。まあ憐憫の気持ちがないと言えばうそになるが、俺はそれを抱く権利がない。故にこうして公平に、ただ事実と感じたことだけを言う。泥田坊、アンタの田んぼは素晴らしいもんだ。一緒に造る程度は許してくれねえかな。もったいねえよ、こんないい土地を眠らせとくのは」
「……小童風情が、分かった口を……」
「ははっ、そらそう言うさ。なんたって俺ァ土地ころがしの小僧だぜ」
少しおどけた風に舌を出すと、泥田坊は天を仰いで大笑い。
掠れた笑い声が泥田に響きわたる。
「儂の言う通りにせえ」
「え、俺も?」
「当り前じゃろうがい、おどれァ儂をたきつけた張本人じゃけんのぉ」
俺の間抜けな声に、泥田坊が笑いながら被せてくる。俺は現場監督という事で指揮を執るつもりでいたのだが、予定が狂ってきたぞ。
「ガタガタいっとらんと早う支度せんかい、儂の気ァ長ォないぞ」
「悠弥さん、ここまで来たのなら一緒にやりましょう。私も心得がありますので手伝いますよ」
渋い顔をしてたじろぐ俺の尻を叩く二人。
――そう。だな。
サトリの言う通りここまで来てやらないってのは、嘘だろう。
「うっしゃあ!やらいでか!調子に乗ったサラリーマンの本気舐めんなよじじい共!」
俺はズボンの裾をめくり上げて、泥の中へと足を踏み入れようとした直前に立ち止まり、胸ポケットに万年筆を入れっぱなしにしていたことを思い出した。これを無くそうものなら、俺は三日三晩程落ち込むだろう。
「ちょっと待ってくれ、半裸になってくる。じいさん、納屋借りるぜ!」
「けっ、はようせえ!」
こうして、俺はサトリと共に稲を植える準備を整えて泥の中に足を踏み入れた。
ぐじゅりとした独特の感覚が足先を包み、俺は「おぉ……」という声を漏らした。
「へっぴり腰じゃのぉ!ほれ、男ならしゃんとせえ!こうじゃ、こう!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺はアーバンボーイなんだぜ、慣れてないんだよっ!」
泥田坊のスパルタ指導を受けながら、俺は田んぼの土を整える。
稲を植えやすいように泥田坊から教えてもらい、その指示に従って体を動かしていく。
*
「なんじゃあ。根性足らんぞ」
「はぁ……はぁ……、だから言ったろう。俺は都会っ子なの、小学生以来の農作業にしちゃよくできた方だろうよ……」
地面に大の字で寝っ転がり、俺は息を整える。
こりゃ明日は間違いなく筋肉痛だろうな。
ただただ泥田坊が鍬を振るうだけだった田んぼは整理され、後は水を張るだけとなった。
さて問題はここからだな。
何処から水をもってくるか。
「こればかりは一朝一夕でどうにもできるものでもないでしょう。私のつてで水にまつわる力を持つ方を探してみましょう」
「あぁ、そりゃいい。あれだ、河童とかがいいんじゃないか?」
「ふむ、彼らなら助力してくれるでしょうが……彼ら自身に水を操ったり出したりする能力はありませんので、別の方にあたるべきでしょうかね」
そうか、川辺に住んでるってだけだったか。比較的人間と関わり深いメジャーな妖怪だからもってこいだと思ったが、残念だ。
おもしろい、つまらない等、どんな感想・評価でもいただければ私はとてもうれしく思います。
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