13:熟睡と対話
翌朝、だれに起こされるわけでもなく、ぬるりと意識が浮上する。体を引っ張る怠さや起きたくないという感情がない。
アルコールや昨日の疲れが抜けていない感覚がないというものは、中々どうして素晴らしい。
小鳥のさえずりや風の音に耳を澄ませ、全身を伸ばす。
さて、今日はリベンジ。泥田坊の執着を見事解かしてみせよう。
「おはようさん。結構ここに来てから早起きになったが、アンタには敵わないな」
「おはようございます、年寄りの朝は早いものですから。張り合うものでは無いでしょう」
起き抜けでサトリと会話する。ここに来る前はこんなに起きてからすぐ言葉を紡ぐことはできなかった。
ストレスから寝る前は必ず酒を飲んでいたが、酒なしで寝るとここまで寝起きの覚醒が違うものなのか。驚きだな。
「今日はとっておきのものがありますよ。昨日話していた通り、食事を共にすればと思いましてこんなものを作ってみました」
そう言って差し出してきたのは茶色がかった握り飯。おかかなのか?にしては色味が薄いような。
匂いもおかかの匂いではないし、なんだろう。
「これはね、泥田坊から貰ったお米を利用して作った米ぬかを炒ったもの。炒りぬかのふりかけで握ったおにぎりです。いい味になりましたよ」
いりぬかとは聞いたことがない、米からつくるのは米ぬかで漬物になるんじゃないのか。へちまのスポンジやムクロジの洗剤など、ここにきて初めて知ることが多いな。
「文字通り、米ぬかを火で炒ったものです。今回は魚介と混ぜてふりかけにしてみました。泥田坊のところから家屋は少し遠いので、もち運びも考えておにぎりが妥当でしょうから」
「ほぉ、米ぬかに火を通すとこんな感じになるんだな。知ろうともしていなかった」
俺が奪った土地から出来たものに、俺は一切の関心をもっていなかった。そのことに改めて気づかされる。
「ありがとよ、サトリ」
「いいえ。こちらこそ……ですよ。さて、朝食としましょうか。今日は魚介尽くしですよ、このおにぎりに始まりアサリの味噌汁、鰆の煮つけ。豪勢でしょう」
「あぁ、旨そうだ」
サトリお手製のフルコースを平らげて、俺は空を見上げた。
晴天。
素晴らしい、問題を解決するときってのはいつだって晴れていてほしいもんだからな。おまけにオリーブが成るか鳩が羽ばたきさえしてくれればいうこと無しだ。
*
昨日と違い、雨上がりの湿気もなく、晴れ渡る青空から日光を受け取る。サトリから麦藁帽をもらっておいて正解だった。肌が焼けると赤くなっていたくなるからな。
何のトラブルも起こらずに森を抜け、泥田坊が鍬を振るう田んぼの跡地を踏んだ。
「おぉ~い、じいさん!約束通り遊びに来たぜ~!」
遠くから蹲って農作業をする泥田坊に向かって大声で声をかける。
一瞥をくれた奴は、眉間の皺を一層深くして作業に戻った。
予定調和。
嫌な顔はするが、怒鳴ってこない。怒りを見せるが拒絶はしない。
言葉では拒絶している風を装っているが、本気じゃない。敵意はあるが害をなす気はない。といったところだろう。そこに付け入る隙がある。
「なあじいさん!土地とは関係なしに、アンタに聞きたいことがあるんだ!頼むよ!」
「だぁ!五月蠅いのォ!心読みの坊主とはまた違った喧しさじゃ!」
「だぁってアンタ、ここまで叫ばないと反応しねえだろう?」
根負けしたのか、俺の方を向いて怒鳴り返してくる泥田坊。食い付きは上々、息のいい獲物程、釣り甲斐があるってもんだ。
「昨日も言うたじゃろうがい、儂ぁおどれらと話す気ぃ等ない。解ったら早う去ね」
「そこを何とか、実は俺ぁ気になったら寝られない質でなあ。昨日アンタに会ってから熟睡できてないんだよォ」
俺の言葉に、横のサトリが怪訝そうな顔で俺を見てくる。やめろやめろ、サトリが疑って俺をみてしてしまうと、能力を知っている泥田坊にばれるだろうが。
「健康そうな肌の色してよく言うのぉ小童が、儂と同じぐらい土気色になってからいうんじゃな」
「一時期は俺もそんな血色だったよ。アルコールとエナドリを馬鹿程飲んで数日寝ないのが当たり前だった時期だ」
「あ、る?」
「えなどり、とは?」
横文字になじみのない妖怪二人が首を横に傾ける。よかった、旨い事話をそらせたな。
「現代人にとっての劇薬で相棒だ。閑話休題、話を戻すが聞きたいことってのはアンタの成り立ちについてだ。」
「じゃけえ話きいとらんのか、儂ぁ話す気ィない言うちゃろうに」
「そうかたいこと言わずに、泥なんだから軟らかく行こうぜ?」
「おどれのォ……!」
会話は続く。
イイ感じにエンジンかかってきたんじゃないか、暖気はもう十分、アクセルを踏む頃合いだ。
「アンタのその指、どこかで怪我したのか?生まれつきじゃあないよな?」
「……何が言いたい」
漸く泥田坊が体をこちらに向ける。
想定通りに事が運ぶのは気持ちいいねえ。
「アンタの目も、指も、どっかのタイミングで失われたんじゃないのか?」
「そうなのですか?私の推測では違うと思っておりましたが」
「――仮に、そうじゃ言うてなんじゃ。それがなんじゃ言うんじゃい」
俺の疑問に、言外に答える泥田坊。やはりそうか。
俺が気になった事とは、妖怪としての矜持のようなものについて。存在を歪められるという事象について、泥田坊自身がどう思っているのか。もし俺が泥田坊なら、自分の形を歪められるなんてことは、到底受け入れられるものじゃない。
彼の回答によって、彼がそれを受け入れているかどうかによって、舵の取り方が変わってくる。
「くだらん。どこぞの人間が儂を見て、そう綴っただけじゃろう。そん時の儂が偶々指と目を落としとっただけじゃ。どこの世界、どの時代の儂も儂。是非に問うまでもないわ」
不定形の泥の身体に、一本堅い芯を見る。
俺と彼を重ねていたが、泥田坊の方がよほど強いらしい。
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