14:不定形と一般人
泥田坊が変容を受け入れて、納得しているのを知り、俺は顎に手をやった。この人……いや妖怪は自分の形を勝手に変えられることを些事ととらえている。
そうか。俺にとって、人間にとって重要でも彼ら妖怪にとってはくだらないことなのかもしれないな。
不定形で朧気で、現在と過去の連続性がない長い時を生きる存在ならではの考え方だ。
ならば取る方向は、決まったな。
「ありがとう。泥田坊のじいさん、お礼と言っちゃあなんだがサトリが作った握り飯を一緒に食べないか?妖怪だって腹は減るだろう、アンタの事だから昨日から何も食っていないんじゃないのか?」
俺と同じ性質だからわかる、きっと泥田坊は一昨日の雨の影響が完全になくなる程泥をかき混ぜるまで一切休みなしで動いていたはずだ。
サトリもそうであると踏んで、趣向を凝らしたおにぎりを用意したに違いない。俺は持ってきた包みを開けて、それを泥田坊に見せる。
「!この匂いは……坊主おどれ……」
「流石に気付きますか。以前米ぬかを下さったので炒りぬかにしておにぎりにしてみました、美味しくできたので是非食べてください」
畦道に茣蓙を引いて、昨日サトリが言っていたようにピクニック気分だ。
泥田坊は少し戸惑うそぶりを見せて、腹の虫が鳴ったと同時に握り飯を手に取った。
「アンタの努力の結晶だ、不味いはずがない」
「ふん、昨日とは全く違う言い方じゃの、移ろい易いのはおどれらの特徴じゃけんの」
「たはぁ、厳しいなァ。実際そうだから言い返せないのが質悪い。だが俺は別にアンタの土地を否定したいってわけじゃないんだぜ?」
腰を据えて、互いに同じものを食んで、目線を合わせて会話する。
この段階では俺に敵意がないことと、以前ここに来た人間と違うと言う点を認識してもらうのだ。
「なあじいさん、俺にこの土地を案内してくれよ。雨の処理は終わったろう?」
「なんじゃと?」
「アンタが見抜いたように、俺ぁ土地を視てそれに価値をつけるもんだ。その俺に、アンタの大事な土地を魅せてくれ。奪う為じゃない、昨日言った様に価値ってのは他人が決める。だから俺に付けさせてくれよ、アンタの価値を」
一息に言いきり、俺は泥田坊の片目をじっと見つめた。
数分、奴は呆れたようにため息を吐き舌打ちをひとつ。
「すきに、せえ」
「は、素直じゃないねえ」
ごくりとこれまたサトリお手製の茶を飲んで笑うと、「そこも似てますよ」と突っ込まれてしまった。
「おい坊主、おどれ言葉ン気ィつけろや……儂とこの小童が似とるじゃと?真反対、対極じゃ。おどれもよ~~わかっちゅうじゃろうが、奪う側と守る側。みるぶんにゃあ構わんが、その域は違えるなよ」
「分かってるともさ、その領分は超えない。俺ァあくまでも知的好奇心にかられたしがない男の『守屋悠弥』、営業課務係長の肩書は昨日サトリん家の箪笥の奥にしまい込んだところだ。」
その証拠に、とネクタイを外している首元を指をさす。社会人としての鎖代わりのそれを外した今の俺は、これまで何も成し得なかったがらんどうの男だ。
でも、その中身のない努力は俺にどうしようもない現実を叩きつけてくるだけだったが、成程どうして因果なモノで、それが今泥田坊……ひいては俺の助けになっている。
「泥田坊、私もついていって良いでしょうか」
「どうせついて来るなと言ってもついて来る気じゃろうがい。頑固モンが」
「はは、その通りですよ。読心されてしまいましたねえ」
過去にいざこざはあったらしいが、口ぶりからしてやはり仲が悪いとか、いけ好かないと思っているとかではないようだ。
そんな二人の様子を見て、高校生の時にバカやって喧嘩をしたっきり疎遠になった旧友と仲直りしたときの事を思い出した。
あの時もこんな感じでぬるっと話していって、また仲良くなったんだっけな。
「さ、腹も膨れたし行こうぜ。その為に紙とペンを持ってきたんだからよ」
俺が現世より持ってきた数少ない物のひとつ。
入社祝いに貰った万年筆。決めたい商談があるときは必ずこれを握る。常に胸ポケットに忍ばせておいたおかげでこの狭間にも持ってこれた。
「準備万端ですね、だから今日は鞄を求めて来たんですね」
「おうともさ、人智を尽くしてなんとやら。この守屋悠弥、全霊をもってこの土地を見定めさせてもらうぜ」
*
土地の様子を泥田坊の案内を受けながら見ていく。昨日はあえてそう言った視点で視ないようにしていたが、今日は違う。
これまで培ってきた無意味な眼で、意味を見出していく。
しゃがみ込んで土を手に取る。湿り気、粒子の細かさ、色味。
やはり現代的な価値はないに等しい。しかし、別側面……つまりこの狭間における価値は別にある。
現代はいかに人間が利用しやすいかがフォーカスされるが、この場においては別視点で語られる。
「土壌は流石の一言だな、絶えず泥田坊が世話をしていたおかげだろう。それに伴い生体系にとって非常に有用なコロニーになっているようだ。生命の宝箱ってとこだな」
「……」
俺の解析を、泥田坊は鍬を握りながらじっと見つめていた。
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