11:夜食と月
泥田坊と別れて家路につく。
再び森を抜けて、サトリの小屋に戻る頃にはもう日暮れになっていた。
一度通っただけあって、帰り道は大分疲れずに歩けた。
サトリが行く道中言っていた、歩き方や立ち方で疲労度合いが変わってくるといっていたが、こんな短時間で実感することになるとは。
「さて、夕飯にしましょうか。疲れたでしょう、居間で寛いでいてください」
小屋に着くや否や、サトリは着流しをまくって食事の準備をし始めた。俺はそれを横目で見つめながら、今日の振り返りをする。
先ず定めるのはゴール。泥田坊の『隙』とやらがどうすれば埋められるのか、だ。
推測するに、泥田坊は誰かに認めてほしがっている。昼間の一幕で感じたのは、哀しくなる程の田んぼへの執着。過去に何があったか知らないが、俺の知識が正しければ確かに同情する余地はある。その成れの果てがアレというわけだ。
幻覚の田んぼを耕し続け、無意味を肯定する。厳しい問題ではあるが、何の意味も成していないと証明した上で別の意味を植え付ける。
一見無意味なものに価値を見出す……。営業マンの口が試されるところというわけだ。
「あ、そういえば聞き忘れた。また明日聞かんとな」
「おや、何を聞こうとしていたのです?」
野沢菜漬けを出してきたサトリが俺の心を覗いてきた。
思考の海を漂っている時に読心術を使われるのは心臓に悪いな。
「得意の読心で疑問を汲み取ってみろよ」
「おやおや、粋な挑戦状ですね。よろしい、では遠慮なく……少し力を入れて観てみましょう」
糸目を大きく開いて俺のじっと見つめるサトリ。
不意打ちで読まれるのも嫌だが、こうも面と向かって見つめられるのも言いようのない感覚だな。小恥ずかしいというか、間が持たん。
「ふむ。成程……私にはない視点でした。確かにそれは彼自身に聞かねば判らぬ事ですね」
「お、読めたか。じゃあ答え合わせがてらにわかる範囲で答えてくれよ」
俺が説明するのを面倒くさがり、サトリに全投げする。説明と省きつつサトリの解釈や答えを聞けるという一挙両得のサボり術。パッと思いついたわりには結構いい手だろう。
妖怪という存在が生まれる時に、人間が生み出した文献の影響はあるのかという疑問。泥田坊の目や指が、彼が妖怪として生まれた時からのものなのか、あるいは途中で植え付けられたものなのか。それによって対話方法が変わってくる。
「貴方の推論は凡そ正しい、私達妖怪は通常の生物のように生まれ出るわけじゃなく靄が集まって形を成す。故に多かれ少なかれ、皆その節はあるでしょう。」
「ほう?」
「昨日のすねこすりや泥田坊にも当てはまるでしょう。形を成すうえで人々の思いが基礎となる。これは私の推測ですが泥田坊の容姿は生まれ出でた時よりのモノだったと思いますよ」
そうか、と相槌を打って俺はまた思考を巡らせる。
「どうでしょう、解決の糸口となればよいのですが」
「ああ、助かったよ。飯作ってるときにすまんな」
「いえいえ。ちょうど煮物が出来て冷ましている時でしたので」
笑うサトリの顔は、柔らかい。ヒグラシの声に交じり鈴虫や他の蟲の声を聴きながら、美味しそうな匂いに包まれる。
「なるほどなァ……ま、とりあえず腹を膨らませるかな。美味そうで集中できん」
「ははっ、それは大層な誉め言葉ですね。もうそろそろご飯も炊けますから、茶碗をとってもらえますか?」
「もちろんだ、任せろ。料理は出来ないが飯をよそうぐらいはできるからな」
こうして、俺達は涼しい風を浴びながら夜食をつっついた。
昼間はサトリが朝作っていたおにぎりだったので、腰をじっくり据えた食事はかれこれ四度目となるが、これがなんとも心地いい。
泥田坊ともこうして食事を共にできれば、和解できると思うけどなあ。
「ふふ、そうですね。それは素晴らしい。穀物を口にすると書いて和、蟠りを取り除く手段としてはとても良い一手でしょう。問題はあそこからどうやって離すかですね」
「違いない、そこを考えるべきだな。」
*
へちまのスポンジで皿を洗い、ごわごわとした布巾で水気を拭う。
サトリは縁側に座り月を見上げながら茶を飲んでいる。
月見で一杯というやつか。まあ飲んでいるのは酒ではなくお茶なのが少々寂しいところだが、まあ茶も中々に乙なモノか。
「待たせたな」
「いいえ。なにぶんのんびりした性格ですので、何も気にしておりませんよ。なによりお皿を片していただいたのですから」
座っている位置をずらして俺の座るスペースを確保して、茶を注ぐサトリ。
それを受け取って俺はグイっと呷る。
昼間に言っていた泥田坊に用意した特製の茶葉らしいが、確かに美味い。苦みや渋みも少なく、のど越しがよい。
「ふぅ。しかしやっぱりこの茶も極上だが、月夜には酒こそ映えるだろう。酒はないのか?」
「生憎家にはありませんね、山に向かえば手に入るでしょう。また寄りましょうか」
残念至極と、息を漏らしながら俺は再び茶を注いでもらう。星空に浮かぶ月を肴に茶を飲んだのは初めての経験だが、なんともイイな。
「是非そうして欲しい。そん時ぁ一緒に飲もうぜ」
「はは、素晴らしい。さて、閑話休題……本題と参りましょうか。私の口から語れる彼の過去、推測が多分に含まれるのは悪しからず」
そして語られる泥田坊の過去。
泥田坊は元々人間であるという所と妖怪になった経緯は、俺の知識と一致する。
土地を耕し、子の為と必死をこいて田んぼを残したのに結局は土地を奪われ、何も残せず彼の人生は無意味に終わる。
サトリの声は静かだったが、その言葉の重みが胸に沈んだ。
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