閑話,ヨルダン
大人になり切れないこの集団の中で、彼は1人だけ大人な雰囲気を纏ってそこに立っていた。
マージナルマンとはよく言ったもので、青年、特に高校生はその通り。
大人と子供の境界上に立ち止まり両方の集団に関係していながら実はどちらにも所属していない俺達の中で、彼だけは何処かに根を張っているようだった。
そんな彼に惹かれ、俺は入学式で声を掛けた。
無視されたけど。
いや、式の最中に声を掛けた俺が悪かったんだよな、知ってる。
そう言われたからな、本人に。
「なあなあ、今年からってことは特待生?」
そう尋ねたのは自己紹介を済まし式の最中に声を掛けた事を謝り終えた後。
うちの学校は幼稚舎からのエスカレーター式で、金と地位が物を言う。
しかし金持ちの子供だけだと偏差値が低くなってしまう都合上、高等部になると奨学金支給の特待生枠が全体の三分の一行くか行かないかくらい出来る。
そして持ち上がりで顔が良いヤツは大抵ファンクラブが存在している為、顔が出回る。
なのに俺が知らないとなると、アーサーは今年から入って来たという事になる。
「いや? 違うけど」
「え、マジ? …………居たっけこんな顔良いヤツ」
俺より頭の良いトーリに問うた方が確実なのだ。
トーリは何年生きてんだってくらい知識量が凄く多い。
知識を得ようとするのも、それを蓄えて置けるのも、人外並みで引くけど尊敬はしている。
「見た事ないけど」
「今年からなのは合ってるよ」
「…………特待生じゃねぇの?」
「特待生は辞退したよ。問題なく通えるのに、必要としている人の枠を潰してしまうのはいけないと諭されたからね」
「へぇ、良い親御さんだな」
「………………」
何でそこで黙った。
声に出して突っ込まなかった俺は偉いと思う。
流石に出会って1日目なので馴れ馴れしすぎないようにしている。
え、そうは見えない?
これでも遠慮してるんだって。
ところで、トーリがすんすんと鼻を鳴らしている事には突っ込んでもいいだろうか。
いいよな、トーリとは幼稚舎からの仲なんだから。
「どうしたん?」
「いや、なんか匂わない?」
「えー? 俺感じない」
「鼻詰まってるんじゃない」
「いや超健康だけど?」
「だろうね」
アーサーにも頷かれた。
お前は遠慮しないな。
俺はしてるのに。
「つか、お前もこっち側なんだよな。今までココ通わなかった理由って訊いても良い感じ?」
「ちょ、ヨルダン! 初日なんだから遠慮しなよ!」
「良いよ」
さらりと返され俺とトーリは面を食らう。
いや、訊いたけど答えて貰えるとは思わないじゃん?
まあ理由が重くないならワンチャン答えて貰えるかな、とも思って訊いてみたけど。
「家で家庭教師に教わってたんだよ」
「「家庭教師ぃ?」」
こういう金持ちのカースト学校でさえ時代遅れだと感じているのに、家庭教師と来るか。
古い。
ひたすらに古い。
さひさび過ぎて仰天だわ。
「ふっるいな!」
「ちょ、ヨルダン! もうちょっとオブラートに包んで!」
「そう言ってる時点で同意してんだろ」
「大丈夫。僕も今時有り得ないって思ってたから」
マジかよ本人が同意してんぞ。
俺とトーリはまじまじとアーサーを見詰めた。
そんな俺達にアーサーが笑う。
え、笑ったんですけど!
何気に初笑顔。
「父さんはミリアを外に触れさせたくないんだよ」
「「毒親?」」
「…………違う、かな。ミリアは、望んで屋敷にいるから」
「アーサーがこうして学園にいるっつー事は、アーサーは外に出たいって思ったんだ?」
「…………」
「あれ違った?」
「いや違わないけど。父さんが外に出したくないと思っているのはミリアに対してだけだから」
へー、と返しながら思った。
その屋敷という名の箱庭に居るお姫さまはどんなの子なのだろうかと。
トーリがうずうずとした様子でアーサーに尋ねる。
「そのお父さんの事って訊いていい?」
「別にいいよ」
「何してる人?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………知らない?」
「…………知らないかも」
「かもじゃなくて知らねぇんじゃん!」
あかん。
2人の会話にツッコんでもうた。
というか知らないのかよ。
アーサーも愕然とした表情で心なしか小声で絞り出していたけどさ、ありえなくね?
コッチが愕然だわ。
「此処に入れるんだから名前知ってるかも。なんて名前?」
「トリスタン・シュミット」
「うわ知ってる超有名人じゃん……」
「知らないのが逆に凄い……」
そう騒ぎ立てていると、アーサーが慌てて言い訳をする。
「いや、父と呼ばせてもらってるけど本当の父ではないし。後見人だから」
「「それでもないわ~」」
2人揃って首を横に振る。
我が国の英雄だぞ。
「昔選挙の不正が酷かった時、ちゃんと政府に不正選挙はやり直すべきだと声を上げたうちの1人よ」
「言葉だけじゃないんだぜ。投票時の本人確認の徹底、開票時に投票用紙を一枚一枚見せてから数えて映像に残し、そちらでもカウントするようになったのはトリスタン・シュミットを含めた貴族達のおかげだ」
「いや、その歴史自体は習った覚えがあるよ。だけど、父さんが関わっていたとは知らなかったな…………」
小学校の教科書にすらトリスタン・シュミットの名前は載っていた。
載っていないところもあったのだろうか。
「ジルベルト・リッツィもチェルソ・アルディーニも?」
「えっ」
トーリの問い掛けに対し、アーサーは酷く驚いた表情をした。
そこまで驚くことは聞いてないと思うんだけど。
「ジルベルト・リッツィは僕の父の名前だ………………」
「実父の方ってこと?」
「ああ」
凄い凄いと2人で騒ぎ立てたせいで、アーサーからの好感度が下がった。
アーサーは毎日会っているだろうに、お姫さまとの時間を減らしたくないらしい。
だからちょっとでもアーサーが興味を持ったものを絡ませて誘おうと戦略を練っている。
「あの植物迷路に誘おっかな」
「いいんじゃない。興味あるみたいだったし」
「だよな。よし、3人で行こう!」
「えー…………」
「え!?」
「どのくらい時間掛かるか未知数じゃない」
「それがいいんだろ」
「ガキねぇ」
「まだガキだろ」
当たり前のことを述べたまでなのに、何故か慈愛の眼差しで頭を撫でられ解せなかった。
植物の壁でできた迷路は、思っていたよりもしっかりとした迷路だった。
「…………これゴールできる?」
「わかんねぇ」
うんざりと言葉を交わす。
もう15分は迷路の中だ。
「ねぇ、なんか声聞こえない?」
トーリの言葉で周囲に耳を澄ますと確かに、堪えようとして堪えきれていない甘ったるい声が聞こえる。
そして息遣いは2つ。
「ヤってんな」
「学園内で青姦って心臓強いわねぇ」
「…………凄いね」
話を合わせたわけではないが、音の発生源を避けるように進んだ。
俺は態と発生源に行くのも面白くて良いと思ったが、これ以上アーサーの好感度を下げるわけにはいかない。
俺達はあの場所を避けて進んでいたのに、相手がこっちに向かって来た。
ゴールがこの方角なのかもしれない。
会いたくねぇ。
そう思っていたからフラグが立ったのだろうか。
「まぁ」
かちあった。
どんなビッチとヤリチンなのだろうと思っていたら、女はそうとは見えないふわふわとしたヤツだった。
男は、まぁ、うん。ブサイクとまでは言わないんじゃぁないだろうか。
「こんにちは」
ふわふわと挨拶される。
それに俺達も返す。
「迷路の中で他の人に会うなんて初めてです」
そう言って女は微笑んだが、発言内容はエグい。
言葉から何回も迷路に来ているのだとわかる。
そして俺達はナニをやっていたか知っているため、そういう目的で何回も迷路に来ているのだと察した。
遠い眼になる。
この時はまさか、この女とも長い付き合いになるとは考えてもみなかった。




