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魔女の贈りもの。そして、成れの果て。  作者: シュガーコクーン


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1話,恋愛

ごうごうと、炎がおどる。


その中で2人、身を寄せ合うようにしゃがんで縮こまる。


息が苦しい。

2人分のゼーゼーと鳴る呼吸音。


ミリアは震える手で、アーサーの頬にそっと触れる。



「泣かないで」



溢しては直ぐに乾く涙。

それなのに、頬はずっと湿ったままだ。

ミリアの手は直ぐに頬から落ちようとしたが、アーサーが掴み、ぎゅっと力強く己の頬に押し当て直した。



(大好きな人と一緒に死ねるのなら、幸せじゃない?)



そう言おうとしたが、呼吸が苦し過ぎて言葉が発せない。

そのままミリアの意識は遠のいていった。




「ミリア、紹介しよう。これからミリアの弟となるアーサーだ」



そう言った父の瞳には悲しみが散りばめられているのだけれど、本人は気づいていないみたいだった。

仲良くね、と必死に笑顔を作っている。

どんな理由であれミリアにとって弟が出来ることは喜ばしいけれど、今は父に駆け寄って大丈夫かと尋ね抱きしめてあげたい。

しかし父はそれを望んでいないのだとも気づいてしまっているミリアはとりあえず、無邪気に新たに誕生した弟を喜ぶことにした。


そして父にアーサーと呼ばれた彼は、色素の薄い美しい青い瞳に期待と絶望を溶かし込んでそこに立っていた。

出会ったばかりの自分にその複雑な感情をどうにか出来るはずがないと分かっていたから、何にも気づいていないふりをして、笑顔を作る。



「初めまして、アーサー! 私はミリア。あなたの姉よ。これからよろしくね!」

「………………」



アーサーが無言で泣き出した。

ぽろぽろと、堪え難そうに。

なのに声を上げないアーサーがミリアには痛ましく見えて仕方がなかった。

ミリアも父も、慌てに慌てた。



「父様父様、どうしましょう」

「うん、どうしようね…………」



父の途方に暮れる顔は久しぶりに見た。

それほど、この初対面の弟を泣き止ませることはミリア達にとって難題に思えたのだ。

2人で途方に暮れていても、アーサーは泣き止まない。

ミリアは昔母がしてくれたように頭を撫でてみることにした。



「大丈夫よ、アーサー。大丈夫」



我ながら随分とぎこちない手付きだと思いつつも、少しずつ涙の零れ落ちるスピードが弱まっているように感じられ撫で続ける。



「大丈夫よ。これからはずっと私がそばにいるわ。だから大丈夫」

「…………ほんと?」



アーサーが絶望の中差し込んだ一筋の光を見るように上目遣いでこちらを見やる。

その可愛らしさに撃ち抜かれ、アーサーを撫でていた手を離し両手で胸を押さえた。



「もっと撫でて」

「撫でられるの好き?」

「うん。ねぇ、本当に僕の側に居てくれる?」

「ええ!」

「ずっと?」

「勿論!」

「私も! 私もね、ずっとアーサーの側に居るからね」



先程からずっと入る機会を逃していた父がようやく入ってこれたようだ。

ミリアは気づいていたものの、アーサーに対する心配とアーサーの可愛さで心がいっぱいいっぱいだったのだ。

やっと会話に入れたと嬉しそうにしている父の姿を見ていると、少しだけ申し訳なく思った。


優しく微笑むミリアと父を交互に見遣ってアーサーが微かに口角を上げた。









春麗らかな昼下がり、ミリアは猫のナーナを傍に窓から身を乗り出して庭を見た。

母の一等のお気に入りであるシャロー・カップ咲きの白薔薇が優しい日差しに照らされ、そよそよと風に吹かれている。

勿論薔薇はそれだけではない。

全て白薔薇ではあるけれど。


ただ、白色と一緒くたにしてはならない。

ミリアには、そう言ってしまい母にこんこんと白薔薇の違いや個性、魅力を語られ草臥れた記憶がある。

そして草臥れたからといって態度に出すと聴いているのかと詰められ母の話が長くなる。

当時、幼いながらもうこんな事は勘弁だと思ったけれど、今思い返してみると懐かしい大切な思い出の一つだ。

それくらい、らんらんと目を輝かせる母は珍しかった。


白薔薇と言えど家の庭にある薔薇は多種多様。

真っ白な雪のような薔薇もあれば緑がかった薔薇ある。

ミリアのお気に入りは中心に向かってピンクがかる薔薇だ。


春を喜び満喫する鳥たちの声が少々大きすぎる気もするけれど、これくらいなら許容範囲だ。

まさに絶好のお外日和。



新しい弟となったアーサーは与えられた自室から自発的に出て来ない。

これはもう、ミリアが強引に外に連れ出すしかないと思った次第である。

ふんすと息を吐き、凛々しい面つきをつくる。



「ナーナ、絶対にアーサーを連れ出すわよ。協力してね」

「ナーオ」



ミリアはナーナと顔を合わせ、きりりと頷いた。



丁度午前、ストロベリーパイを焼いたばかりだ。

外に連れ出す理由として相応しいのではないだろうか。

ミリアは自室を出ると勢いよく駆けようやく階段というところで派遣家政婦のアルマに呼び咎められた。



「ミリアさん!」

「………………」



鋭い声に、ミリアはぎくりと肩を飛び跳ねさせて止まってしまう。

ナーナは共犯者な筈なのに素知らぬふりをしてミリアから少し離れた。


(これは立派な裏切り行為よ!)


ナーナを睨め付けたが、ナーナに効いた様子はない。



「ミリアさん、家の中で走ることは淑女らしくありません。それに危険ですのでおやめください」

「はーい。でもね、アルマ。走っていたのは私だけではないの」

「まあ、誰ですか。まさかアーサーさんとでも言うわけではありませんよね?」



思わぬ返しに驚きながらぶんぶんと首を横に振る。



「まさか! アーサーが走るなんて想像もつかないわ」

「私も自分で言っておいてなんですが、想像できませんでしたわ……」



2人で顔を見合わせ沈黙した。


そしてミリアは、話題があらぬ方向に走って行こうとしていることに気がついた。



「話が変わってしまったわ! 戻すわね? 走っていたのはナーナもなのよ。私だけ叱られるのは違うと思わない?」

「ナーナは猫ですよ?」



アルマに残念な子を見るような目で見つめられた。

たいへん遺憾である。



「ナーナは私達の言葉を理解しているのよ。それにお返事も頑張って伝えようとしているんだから」



結局、信じてもらえなかったことが悲しかったけれど、ミリアだけでもナーナは言葉がわかるのだと理解していたら充分ではないかと思うことにした。




「ナーオ」

「それでいいのよって?」

「ナオ」

「んもう」



いったん立ち止まってナーナの頬を撫でる。

目を細めるナーナ。

ミリアは立ち上がり再びアーサーの部屋へと足を進める。


ミリアは何となく隣を歩くナーナを見つめた。

この猫、人間にとっての丁度いい距離感を心得ており、ミリアは隣を歩くナーナを踏んでしまいそうだと思ったことがない。

猫らしくない猫なのだ。

とっても可愛いけど。



「ナーナは猫らしくないでしょう? アーサーはアーサーで、年下らしくないと思うのよ」

「ナオーウ」



驚きと呆れの混ざった返事を返されたが、流石に何を言っているのかはっきりとは分からなかった。



「私とアーサーよりも、お父様とアーサーの方が年齢が近いんじゃないかと思うくらい」

「ナオ」

「そうかしら、って適当ね! まるで保護者が二人に増えたみたいなのよ! 私の方がアーサーより2歳も年上のはずなのに……」



いつの間にか辿り着いていたアーサーの部屋の扉が開く。

そこには呆れ顔のアーサーがいた。



「ミリアが危なっかしいのがいけないんだよ。ミリアがしっかりしていたら僕だって年下らしく甘えるさ」

「じゃあ今夜、寝物語に絵本を読んであげるわね」

「ん? …………どうしてそうなったのかな」

「寝かしつけるのは得意なのよ。楽しみにしていてね」

「ありがとう…………?」



姉らしいことを存分にしてやり、アーサーには、自分は弟なのだという意識を持って欲しいところだ。

そこまで考えて、またしても話がずれていることに気付いた。

いや、今回は元の用事の話を出すところにも行っていないのだけれど。



「アーサー、私はガゼボでのお茶を誘いに来たの。一緒にどうかしら」

「あの午前中に作ったストロベリーパイ?」

「ええ! せっかくいい出来なのだから、特別な感じの場所で食べたいでしょ?」



アーサーが眉を顰める。

そして心なしかミリアのことを睨んでいるように思える。



「ミリア、君は得意気に言っているけれど、半分は、いや8割は僕が作ったよね?」

「弟のやったことは姉のやったことにしていいと思うの」

「いっそ清々しいね…………」



ミリアは最初、姉らしさと女性らしさを一纏めにアーサーに見せつける良い機会だと思ってアーサーをパイ作りに誘った。

しかしパイ作りはミリアの思っていた以上に難しく、そして何故か作り方を知っていて、何故か作り慣れている風だったアーサーがいたため、ミリアは補助として作ることとなった。

ミリアはこれは可笑しいと首を傾げるも、出来上がったストロベリーパイはとても美味しそうだし、アーサーも楽しそうにしていたため、まあいいかと開き直った。


ただ、完全に親の料理を手伝わせてもらう子供の図だった。



「得意気に聞こえたのだとしたら、それは私がアーサーのことが好きで、そんなアーサーが凄いことが誇らしいからよ」

「………………」



アーサーが片手で顔を覆い、しゃがみ込んだ。

赤くなった顔を隠したかったらしいが、耳は出ているので丸わかりだ。

ミリアはによによと頬を緩めた。

ミリアの発言が余程予想外であり、また嬉しかったらしい。

年上ぶっていてもやはりミリアの可愛い弟だ。


アーサーの正面にしゃがみ、なんとなく、悪戯心でアーサーの未だに離されていない手を剝がそうと試みる。

力強い。



「ね。一緒にお茶しましょう」

「うん」



ちなみに、アーサーの手は顔にくっついたままである。

頑なな。






なんとか剥がしたアーサーの手をそのまま繋ぎ、絶対に逃がさないという頑なな意志の元アーサーと共に外へ出る。



(い、意外と寒い!)



外に出てみると日差しは暖かいのだが、頬を撫でる風が冷たかった。

しかも、これから向かう場所はガゼボである。

つまり唯一の頼りである暖かな日差しが届かないのだ。

今日は辞めておいた方がよかったかもしれないと後悔したが、バスケットまで用意しているのだから引き返してはいけないのだと己を鼓舞した。



ガゼボまで辿り着くと、アーサーが前に出た。

どうしたのだろうかと眺めていると、アーサーは徐に着ていた上着を脱ぎ二脚ある内の一脚にそれを敷いた。

そして上着が敷かれている椅子を引き、此方を微笑んで見るではないか。

ミリアはその場で立ち尽くし、言葉を失う。



「どうぞ」

「し…………」

「し?」

「しんしだわ!」



ぽかんとされた。

一拍置いて、ふはっ、と笑われる。



「それはどうも? さ、座って」

「ありがとう!」



ミリアの弟は最高に紳士だ。

アーサーも座ったところでしみじみと思った。

興奮のあまり呂律が回っていなかったことにも触れないでいてくれるし、と改めてアーサーの素晴らしさをストロベリーパイと共に噛み締める。



「美味しいわね」

「うん。美味しい」

「流石私とアーサー!」

「先に自分の名前を出すところがミリアらしいね」



自分が提案して作り始めていなかったらこのストロベリーパイは今存在していないのだから当然だ。

ミリアは笑顔で流した。


アーサーが「あ」と言って此方に腕を伸ばす。

その動作を、どうしたのだろうかと小首を傾げ見守る。

するとその指がミリアの唇の真横に擽るように触れ、離れた。

離れたその指を見てみると何かが指に乗っていて、アーサーはそれを舌で舐め取る。



「え」



アーサーがその状態で此方を見た。

ミリアはその仕草に、その眼差しに、息を呑む。

ぱちりとアーサーが目を瞬かせ、どうしたのと問うように首を傾げる。

何か言わなければと思えば思うほど言葉が出てこなかった。


(何か言わないと。何か言わなければ! …………何を?)


そう考える間にも時間は常に過ぎて行く。



「し…………」

「し?」

「しんしね!」

「………………ありがとう?」



これじゃない感が凄かった。



両手で顔を覆って突っ伏そうとして失敗した。

というか踏み止まった。

流石に食べかけのストロベリーパイに顔面から行く趣味はない。

行き場を失った頭をそのままに指を少し開いてアーサーを伺うと、アーサーは温かい、目を細め、愛おしいものを見るようにミリアを眺めているではないか!

なんとか平静を装って何事も無かったかのように振る舞い、ミリアはストロベリーパイを食べ切った。


あんなに寒いと思っていたのに、今は汗ばむほどに暑かった。






窓枠に肘をついて三日月を眺めながら溜息を吐く。

細いが燦然と輝く月は感嘆するほどに美しい。

しかし今ミリアが吐いた溜息は種類が違った。



「ナーナ、どうしましょう。自分から言い出しておいてなんなのだけれど、アーサーを寝かし付けに行くのが恥ずかしいの」

「ンナ」

「……適当ね」



私に何て言えと、と言わんばかりにナーナに雑に返されしょんぼりする。



「お父様を寝かしつけるのは恥ずかしく無いし、なんならアーサーに提案した時も恥ずかしく無かったのよ? でも今は恥ずかしくて堪らないの」



どうしましょうと呟いて、また溜息を吐く。

でも、どうしようもない。

アーサーに姉らしさを見せ付けたい気持ちは変わらないのだから。

それにアルマには、今日の夜はアーサーを寝かし付けてそのまま一緒に寝るつもりでいるから、明日の朝ミリアの部屋を確認しても居ないことを伝えてしまってある。

今更後に引けない。

両手で頬を叩いて己に喝を入れる。



「行ってくるわ!」

「ナオ」

「ナーナも来るの? 興味ありませんっていう顔をしているのに?」



別に一緒で構わないのだが、だったらもう少しミリアに付き合ってくれてもよかったと思う。






釈然としないまま、ナーナと共にアーサーの部屋の前に立つ。

ミリアは礼儀正しいので、ドアを3回ノックしてから部屋に入る。



「アーサー、来たわよ!」

「………………ミリア、僕、まだ返事してないよね?」

「ノックはしたわ」

「ノックの意味を考えようか」

「………………」

「………………本気で分からないんだね…………」



父からは何も言われたことがない為、ミリアは首を傾げるしかない。



「とりあえず。ノックをしたら、相手の準備が整って返事があるまでは扉を開けるのは待つこと」

「はーい」



ミリアは背に隠すように持っていた絵本をアーサーに掲げ、にっこりと微笑む。

その絵本の題名を読んで、を知っていたのかアーサーが口角をひくつかせる。



「読み聞かせに向いていないんじゃないかな…………?」

「でもこれが私の中で一番大切な本なのよ。最初なのだから、私の大事なものを知ってもらうと思って」

「…………“永遠の魔女”、好きなの?」

「好きではないわ。むしろ嫌いね。大嫌い!」



じゃあ何故選んだ。

アーサーの顔がそう、ありありと言っていた。

ミリアはその珍しい顔に吹き出してしまう。



永遠の魔女。

シンプルな題名を持つその物語は、本当に好きになることができないのだ。

とても長い時を生きてきた魔女が一人の青年と出会い愛を育むという、ありふれた内容。


しかし、終わり方があまりにも酷い。

段々と年老い皺を刻んで行く自分はいつまでも若いまま変わらない魔女の側に居ると魔女を悲しませてしまうのではないか、と死ぬまで側に居ると誓ったにも拘らず魔女から離れてしまう。

それにもかかわらず、“青年は魔女の幸せをずっと想いながら過ごしましたとさ”で終わる。


納得出来る筈がない。

誓ったのならずっと側に居るべきだし、良い風に纏めているが結局自己中男の自己満足で終わっているだけではないか。

恋人である青年から去られた魔女の気持ちを考えていない。

ミリアだったら本当に死ぬまで魔女の側に居る。

もし過ごす中で辛いと感じたらきちんと相談するし、魔女が浮かない顔をしていたらどうしたのかと尋ね、お互いに不安を解消する。


流石に幼くはないので、永遠の魔女が実話だと信じている訳ではない。

しかし、信じた恋人に裏切られた魔女が余りにも哀れで、自分だったらそんな思いはさせないのに、という考えばかりが浮かぶ。

この魔女は初めて幸せにしたいと思った人で、だからこの話自体は好きでなくとも特別なのだ。



ということを、アーサーは絵本の内容を知っているということで遠慮なく語らせてもらった。

相槌を上手く挟みつつ聴いてくれたためミリアの語りは止まるところを知らなかった。

そして終わった時、アーサーが引いていることに気がついて反省した。


正にミリアの母の白薔薇語りを聴くミリアの状態だ。

ミリアは母のようにはしまいと反面教師としていたにも関わらず、我慢出来ずに語ってしまった自分を心の中で締め上げる。

血は争えない。

というか抗えないのだと、しみじみ思った。


これでまた心の距離が離れてしまったらどうしよう、そう考えて項垂れる。



「………………ごめんなさい」

「ん? …………それは何に対してかな」

「語ってしまって引いたでしょう? それに、貴方にとってはつまらなかったでしょう……?」

「引いたか引いていないかで訊かれたら、引いたけど」



ミリアは更に深く項垂れる。



「でも好きな人の好きなものについて深く知れるのは嬉しいからね。楽しかったよ?」



なんだか凄いことを言われた気がして勢い良く頭を上げる。


そして捉えた瞳は甘く細められていて、ミリアを蕩けさせようとしている。



(ああ、まただわ)



アーサーが、ミリアと共に過ごしているアーサーとは別人に思える時がある。

そんなアーサーを見ると、心が複雑に騒つくのだ。

自分の知っている人とは思えない不安。

そして不快感。

その他にも、まだあるこの心情を表す言葉をミリアは持たず、持て余す。

そして言葉を何も発せなくなる。


取り敢えず、心の奥底にその気持ちはぎゅぎゅぎゅっと詰め込んで蓋をすることにした。

そうしないと処理出来なかったのだから仕方ない。



「なら良かったわ。じゃあ、今から心を込めて読むわね!」



結果、アーサーは物語の半ばでぐっすりと眠っていた。

本人的には渾身の読み聞かせだったため、途中で寝られ、下手だったのだろうかと落ち込みながらミリアもまたあどけない寝顔を晒すアーサーの隣で寝た。


起きたアーサーに読み聞かせの評価を尋ねたところ、



「抑揚が上手く付いていたし声の切り替えも丁寧で面白かったけど全体的に声音が優しくて眠くなる」



とのことで、そもそも寝かし付けることが目的だったので良しとした。







アーサーが弟となって数年が経った。

この日の朝食も、いつもと変わらない和やかな時間で終わる筈だった。


ミリアは他人より食べるのが遅いようで、いつも最後に食事を終える。

それでも急かさず、急用がない限り先に席を立たずに一緒に居てくれる2人が大好きだ。


もう少しでミリアが食べ終えるという時に、やけに硬い表情をしたアーサーが話を切り出した。



「父さん、高校に通っても良いですか?」

「良いよ」



好きにしなさい、と父が言う。

その答えにアーサーは更に顔を強張らせ、ありがとうございますと言ったきり黙り込む。



(学校…………。良いな。私も通ってお友達を作りたいわ)



でもミリアはその言葉を飲み込む。

無理をしている訳ではない。

これは取捨選択した結果だからだ。

まだ見ぬ友達よりも、家族を取っただけのこと。


父はずっと何かを恐れている。

ミリアを外に出したがらず、また不用意な他人との接触をさせたがらない。

年々恐怖が薄れているのか、少しずつ緩くなって行っているのだが、まだ長時間屋敷から離れることは父の不安を掻き立てるだろう。

まして学校という場は不特定多数しか居ない。


ミリアは父が大好きだから、憧れよりも父を選ぼう。

我慢してはいるのだろうが、強制された訳でもなく、自身で選んでこの屋敷で過ごしているのだから不満はない。


それでもアーサーに羨望を向けてしまうのは仕方がないと思う。

けれども自分の精一杯で隠してしまおう。

傷つけたくはないのだから。



「良かったわね。楽しんで来て」

「まだ受験すらしていないからね。気が早いよ」



アーサーにくすりと笑われてしまったが、確かにと頷く。

少し表情が動いたアーサーに安堵する。

そして今度は父の表情が強張っていて、ミリアの方を気にしていた。

父が徐に口を開く。



「ミリアも行きたいと思うかい?」

「ううん、思わないわ。私、この屋敷が好きなのよ」



ミリアは笑った。

父はミリアが高校に行きたいと言えば自分の恐怖よりもミリアを優先して、行かせようとしていた。

本気だと、目を見れば分かる。

そんなミリアを愛してくれる父のことがミリアも大好きで、やっぱりそんな父の為に学校に行く気にはならなかった。



「……行きたいなら、アーサーと一緒なら…………」



掠れるような小さな声で、良いよと許可を出す父。

アーサーに許可を出した時との落差にミリアは更に笑う。



「本当に良いの」

「そうかい」



父がほっとしたように息を吐く。

ミリアに手を伸ばし、頭を撫でる。

その手は降りて行き、ミリアの目尻を撫で頬を揉む。

食べている最中なので辞めて頂きたい。

文句は言わず、されるがままにしていたが。



「ただ、興味はあるから通い始めたら沢山お話ししてね」

「勿論」



アーサーはミリアの頬を揉む父の手を眺め唇を噛んでいたが、ミリアが声をかけるとそれを解いた。

そして微かに微笑んで快諾してくれた。







無事高校に通い始めたアーサーの話を聞くのは自分の知らない事を多く知れて楽しかったし、アーサーの明るい表情を見ると嬉しかった。

しかし、次第に聞きたくないと思うようになった。

ミリアの知らないアーサーが増えていく。

ミリアの知らない所で、知らない人と共に成長していくアーサーに、置いて行かれているという感覚が育って行った。


溜め込むと限界が来て決壊するのは必然で。

日曜日、アーサーが学友達と遊びに出掛け、夕食後に紅茶を飲みながら話を聞いていた時。



「ミリア!?」



アーサーが驚きの声を上げた事で、ミリアは自分が泣いているのだと気がついた。

目元に手を当てる。

泣くつもりなんてさらさらなかったため、その事実にミリアが一番驚き目を見開く。



「あれ、ごめんなさい。気にしないで」

「いや、無理でしょ」

「だよね」

(止まって。止まれ。早く)



目を伏せ、目に力を込め涙が止まるようひたすら願う。

アーサーを困惑させたい訳ではないのだ。

だというのに、願えば願うほど止まらない。


何故かアーサーと目が合った。

思考が停止して涙が止まった。


アーサーが隣に来て、机に手を突いて覗き込んでいたのだ。



「ミリア、最近変だよ」

「…………そうかしら」

「そうだよ。今泣いていたのが最大の証拠じゃないかな」



ばればれだったのだろうかと思うと恥ずかしいものがある。



「どうしたの? ………………これからは学校の話止める?」

「やめないで! アーサーが外で沢山成長していて嬉しいし、学校の話を聞くのは楽しいわ。ただね、ただ。アーサーが遠くなって行くようで少し悲しかっただけ」

「なんで? 遠くになんて行ってないよ」

「ええ。だから、これは私の問題なの」



アーサーが私の隣の椅子を引いて乱雑に座る。



「ミリア、学校は楽しい。学べていると、成長出来ていると感じるからね。でもそれは、ミリアと過ごす時ほどじゃない。ミリアと居る時間ほど魅力的なものはないよ」

「………………本当に? お友達と過ごす時間よりも?」

「アイツら? アイツらとミリアなら比べるべくもない。当然ミリアと過ごす方が良いよ。アイツらとは必要だからつるむだけ」



安堵すると同時に、内心首を傾げる。

面倒臭い恋人みたいになっている、と。



(話が若干ずれたかしら…………?)



まあいいかと会話に戻る。



「アイツらの事を知らない事でミリアが不安になるならアイツらを紹介しようか」

「いいの?」



ミリアは世間を知らないと知っている。

なのに、紹介なんてしてしまっていいのだろうか。

アーサーの恥になってはしまわないだろうか。



「勿論。…………いや、アイツらにミリアを紹介するのは癪だけど」

「そうなの?」

「アイツらは煩いし喧しいんだよ」



その心底うんざりしたという顔もミリアには滅多に見せない部分で、アーサーの友人達が羨ましいのだと言ったらなんて反応をするのだろう。



「羨ましいわ」

「ミリア?」

「ううん。何でもないの」



きっと困らせるだけだろうから、言えなかった。



「明日の朝、父さんに聞こう。許可を貰ったら家に招こうか。もしかしたらその日のうちに連れて来るかもしれないから覚悟しておいて」

「……覚悟っているの?」

「いる」

「まあ………………」



真顔でアーサーに頷かれる。

覚悟がいる友人とは。

ミリアには想像が付かなくて何も言えなかった。






アーサーは早速父から友人達を招く許可を得たので今日来るかも知れないとは思っていたが、本当に今日来るらしい。

学校に着いて即刻送られて来たであろうメールには今日の帰りに連れて来るとあった。

もてなす用意は何もいらない、とも。

なんというか、アーサーの友人達に対する扱いが雑だ。

それで良いのだろうかと首を傾げずにはいられない。

そして、本当に何も用意しない訳にはいかないのでアルマにクッキーを焼いて貰った。





「お姫様じゃん!」

「阿保」



唐突に声を上げた茶髪の青年の頭をアーサーが叩き、小気味良い音が響く。



「イッて!」



ひでぇと言う青年をアーサーと残りの2人が呆れ顔で見ている。

1人は絹のような黒髪を腰まで伸ばした可愛らしい人で、もう1人はこれまた可愛らしいミルクティー色のふわふわとした癖毛のボブの女性だった。



「初対面でそれは失礼だから仕方ないよ」

「気持ちは分かるけれど…………、うん。それはないわ」



茶髪の青年に追い討ちを掛けるようにそう言うと、2人は首を横に数度振った。



「うぇい…………。ごめんな、余りにも可愛らしいからつい口に出た」

「ありがとう…………?」

「それよりも。ミリア、現代な服も持っていたんだね」



知らなかったと若干の呆然とした声音を含みながら呟かれ、己の服を見下ろす。

一応どの季節でもピッタリなサイズの服を持っている。

持っているだけで着たのは2回目だけど。


元々ドレスは母の趣味だったのだと思う。けれどミリアからしてみると生まれた時から着ているドレスは普段着なため、こちらの服の方が着ていてそわそわする。



「ええ。父様が一応持っておきなさい、って」

「マジでお姫様じゃん」

「ヨルダン?」

「おーこわ」



茶髪の青年が肩をくすめる。

そこで、まだ自己紹介さえも交わしていないことに気が付いた。



「アーサーから聞いているかも知れないけれどミリアよ。よろしくね」

「俺はヨルダン」

「私はトーリ。よろしく」

「私はキャメロンと言います」



皆友好的なようで安心して口を緩める。



「早速で悪いんだけど、それ。アーサーの反応からして、普段着じゃないでしょ? いつもの格好でいいよ」



小首を傾げると同時に流れる艶やかな黒髪に目を奪われつつも、有り難くトーリの言葉に甘える。



「いいのかしら?」

「俺も見てみたい!」

「私も見てみたいかも……」

「じゃあ着替えてくるから、アーサーは客間に」

「分かった」



用意しなくて良かったのに、と語る視線をいなして自室へと急ぐ。

勿論だが走ってはいけない。

お客様の前だから優雅にゆったりと見えるように歩く。

不自然ではないようにどれだけ上半身を固定出来るかが味噌なのだ。





着慣れたドレスの重みに、やはりこれが落ち着くのだと改めて思いながら客間へと足を進める。

お客様の前ではないので味噌も何もない普通の早歩きだ。

誰も見ていないのに努力をしようとは思わない。



「ナーヴ」



ちょっと揺れが酷いわと抗議の声が聞こえたが、ナーナがミリアを脚の代わりにしなければ良い話なので無視をした。

ミリアとナーナはよく聞くお猫様と奴隷ではなく、ただの仲の良い友人なのだからこの対応は当たり前だと思う。


何度かの抗議の末、揺れより歩かない楽さを取った怠惰な猫が鳴き止んだ。

本当に猫らしくない猫である。





コンコンコンと扉を叩く。


どうぞと声を掛けられ中に入ると、至って普通ですという態度をとるアーサーと、固まるアーサーの友人達が居た。



「ええと、これはどういう状況なのかしら…………」



思ったよりも困惑が前面に出たミリアの呟きと共に3人の時が動き出す。



「え、アーサーが、ええぇー…………、………………しかも美味いし…………」

「やっぱりキャラ違うよね? …………そしてミリアが可愛い」

「ヨルダンの言葉を借りるのは癪だけど、本当にお姫様みたい……!」



紅茶を飲みひたすら唸る人と、ひたすらアーサーを訝しみながらもミリアを見たりと忙しない人と、ひたすらミリアを憧憬の念を込めて見る人と、そんな3人をひたすらに冷めた目で見る人がいる、カオスなこの空間に思考が停止した。

そんなミリアの手を立ち上がったアーサーが取り、隣合って座る。



「そろそろ戻って来てくれる?」

「「「はっ!」」」



3人は恥いるように縮こまり、それぞれ謝罪を口にした。

それから1番にトーリが元に戻り、途端ににやにやし始めた。



「ふーん」

「何?」

「いや別にぃ?」

「………………ちょっと来て」

「ちょ、来てっていうか強制じゃんこれ」



大袈裟に溜息を吐いたアーサーがトーリの腕を乱雑に取り部屋の外へと消えて行く。

アーサーがトーリに触れ、連れて行ったという事実に胸がもやもやとした。

そのもやもやに深く触れる前に、思考が引き戻される。



「ミリア? どうかした?」

「んっ!? いいえ、何もないわ。早いわね」

「まあね」







友人訪問は和やかに終えられた。

父の職について尋ねられ、答えている途中3人共がアーサーを揶揄うようにによによと眺めていたのは何故なのか気になるが。

アーサーは教えてくれなかった。

アーサーの友人達3人もアーサーの尊厳に関わるからと教えてくれなかった。

アーサーは頑固だから、こうなると真相は闇の中だ。


それはいいとして。

ミリアは最後まで、いると言われた覚悟が必要なかったことに首を傾げた。



「途中から元気なかったよね」

「んー……? そんなことないわよ」

「言えない?」

「自分でも理解しきれていないというか…………。ぐちゃぐちゃで」

「それでもいいよ。言ってみて?」



そっと自分の胸に手を添える。



「アーサーがトーリの腕を取って部屋を出た時があるでしょう?」

「うん」

「その時、なんだか胸がもやもやして、苦しくて。怒り? 悲しみ? よくわからないの…………」

「………………」

「………………。アーサー? どうしたの?」



片手で覆われた顔は隠し切れていなくて、赤い頬が見て取れた。



「ミリア、それ嫉妬だよ」

「しっと?」

「うん、嫉妬。…………あーーー」



アーサーは天を仰ぎ、きりりとした眼差しでミリアと向き合う。



「変なタイミングになってしまったけれど、告白させて。ミリアが好きだ。愛してる。恋人になって欲しい」

「………………へ?」



こいびと。

恋人。

話が理解出来た時、体温が急上昇した。

胸を打つ鼓動が煩い。

ドッドッドッドッという音と共に、世界がミリアとアーサーの2人になって行く。


ミリアはこの感覚を、随分前から知っていた。

知っていて、蓋をした。

家族でなくなる事が怖くて、何度も、何度も。

けれど。

アーサーが蓋を外した。

怖くないよ、と。

同じ気持ちなんだよ、と。


記憶が、想いが、溢れ出す。

ミリアの目から雫が零れ落ちた。



「私も好き。アーサーが好きよ。こちらこそ、恋人にして?」

「…………ありがとう」



アーサーが決壊したように泣き出した。

初めて会った時以来の涙だ。

そしてあの時とは逆に、アーサーにそっと抱き締められた。



「ずっと前から好きだったのよ。ただ、怖くて蓋をしてしまっていたの。ごめんね、好き。好きよ」

「僕も好き。愛してる。ミリアよりずっとずっと前から愛してた」





お読みいただきありがとうございます。


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