第六章 女らしい母親とは・・・
第六章です。是非読んでみてください。
「おかあさま、あーんして!」
シトリンは言われるがまま、口を開ける。大きくちぎられたパンが口いっぱいに詰められた。
「おいしい?ぼくがつくったんだよ!」
自慢げに聞いてくる息子に、シトリンはうなずくしかなかった。
「しかしよお、まさかお前にこんなうるせえ子供ができるなんて思いもしなかったぜ」
「だな」
二人が怪訝そうな目で見てくる。だがこの親子は気にも留めない。
「まさかシトリンがあの提案を受け入れるなんてな」
「仕方がないだろ。王を殺すためには、あれが一番の近道だったんだから」
シトリンはあの日、母親になってほしいという彼の提案を受け入れた。
実際には、答えに困ったシトリンに、スピネルが助言をしたのだが。
「スピネル、お前あの日シトリンになんて言ったんだ?」
「ああ。俺はただ、お前はどうしたい?お前の意見を尊重するぜ。って言っただけだ」
「嘘つけ!そんな曖昧な言葉じゃシトリンが分かるわけないだろ」
「やっぱりバレたか」
スピネルは手のひらサイズのパンを丸ごと一つ口に入れた。
「で、なんて言ったんだ?」
「何も言ってねえよ」
「シトリンが一人で決められるわけねえだろ。まだ嘘つくのか?」
「ほんとに何も言ってねえよ。ただな」
そう言ってスピネルは両手を頭の上に持ってきて、大きな丸を作った。
「こうやってテレパシーで意見を伝えただけだ」
「それはテレパシーって言わねえんだよ、バカ!」
いつも通りの日常。仲間が一人増えたが。
「あー、もう少し部屋を広く作っておくべきだったかなあ」
机の上に足を置いてスピネルがつぶやいた。
「今からでも広くするか?」
「どうせいつも力仕事は俺にやらせるんだから、お前は黙ってろよ」
「スピネルおにいさま!つくえにあしをのせないで!」
王子に注意され、慌てて足を降ろす。
「はっはは!これは面白い!この家ではスピネルより王子のほうが偉いのか?」
「うるせえ!」
二人は新しい生活も楽しそうだった。
「そういえばよお、ガキ。お前一応王子だろ?なんでそんなに料理が得意なんだ?」
スピネルが不思議そうに聞いた。
「ああ、だってひまだったんだもん。だれもあそんでくれないし、ひとりでやれることをさがしたんだ。そのなかでも、おりょうりがいちばんできた!」
「ほう、一番できたってことは、他にもいろいろと試したってことか?」
「うん。でもぬいものと、おはなをそだてるのは、ぼくにはむいてなかったなあ」
その言葉に、コールは何かを思い出したようだった。
「縫いものと言えば・・・・シトリン。お前そういうの得意じゃなかったか?」
シトリンは口をいっぱいにしながらうなずく。王子のおかげで今日は一度も手を使わずに食べることができた。
「お前ってそういうところ女っぽいよな。なんで裁縫なんかできるんだ?昔誰かに教わったとか?」
シトリンは少し考えた後に首を傾げた。それは覚えていないらしい。
「ぬいものができるの?すごーい!たとえばなにができる?」
子供はいろいろなことに興味津々である。自分ができないことを平然とやってのける大人というのは、かっこよく見えるのだろうか。
シトリンは自分の着ている服を指さす。ただ、それだけでは言いたいことが分からないので、スピネルが説明を入れた。
「俺たちが着ている服は、全部シトリンが作ったものなんだぜ」
「ええ!そうなの!?」
王子は三人の服をまじまじと見た。
「うってるやつだとおもった!」
「だよな。俺らも最初はびっくりしたぜ。俺らの国はもっと北のほうにあってな、着ている服もこの国よりもずっと厚いんだ。そんな服で街を歩いてたら、すぐにモルガナイトから来たってバレちまうだろ」
「そう、だから服を新しく買う必要があったんだよな。だけどよお、俺たちもあんまりお金を持ってなかったから、服代は節約したかったんだ。そしたらこいつが、その服を使って、新しい薄手の服を作ったんだよ」
「そのおかげで、俺らは服代を飯代に使うことができたわけだ」
王子はそれを聞くと、途端に目を輝かせた。そしてシトリンの袖をつかんで言った。
「ねえ、ぼくのふくもつくって!」
シトリンは首をかしげる。
「ぼくのきてるふく、ねまきなんだ」
そう言って、自分の着ている白い薄手のブラウスを見せる。
「これでおそとへいったらへんでしょ?だからつくりなおしてほしい!」
「おいおい、いつ俺らが外出を許可したんだ?」
そう突っ込むスピネルのことなど気に留めず、シトリンの腕に抱きついた。
「ねえねえ、おねがい!ぼくのもつくってよ、おかあさま!」
どんなにかわいく駄々をこねたところで、シトリンの心には影響しないのだが。
そんな息子を目の前に、シトリンはやはり困ってしまった。
「作ってやれよ。ここ数日は何もすることはないからさ」
コールに背中を押され、シトリンは作ることに決めた。
「わーい!ありがとう、おかあさま!」
こうしてシトリン王子の白いブラウスと、三人の服を作ったときに余った布を使って子供服を作り始めた。
数日間やることもないのだから、ゆっくり作業を進めればいいものの、なんと一日もかからずに服を完成させてしまった。
「わー!すごいすごい!」
出来上がった服を見て、王子は飛び跳ねた。
「これは確かに上出来だな」
「だな」
コールとスピネルもそうつぶやく。
シトリンはそれを王子に着せてあげる。サイズはぴったりで、王子によく似合っている。
どこからどう見ても、市場で売られている服にしか見えない。
「ねえねえ、はやくみんなでおそとにいこうよ!」
「はあ?」
「お前、何言ってんだ?」
王子が三人を引っ張る。
「待て待て、お前ほんとに状況分かってんのか?お前はここに監禁されてるんだぜ?」
「そう簡単に出られるものじゃないんだ。逃げられでもしたら、たまったもんじゃない」
「えー、でも・・・・」
そう言って王子はうつむいた。
「こどもって、さびしすぎると・・・・しんじゃうんだよ?」
「「は?」」
「にんげんって、こどものうちにしんじゃうことがおおいでしょ?それって、みんなさびしくなっちゃってしんじゃうんだよ」
「そ、そうなのか?」
「うん。かまってもらえなかったり、おそとであそんでもらえなかったり・・・・そういうのがつづくと、こころがよわくなっちゃうの」
「そんなこと、本当にあるのか?」
「うん。おにいさんたちは、こころがないでしょ?だからわからないんだよ。でも、ぼくにはある。ぼくがしんじゃうと、こまるでしょ?だからいっしょにおそとであそぼ!」
「な、なるほどな。そういうことだったのか」
「俺、知らなかったよ。子供の死亡率が高いのは、そういう理由があったからなんだな」
二人とも子供の言葉に納得してしまった。
今言ったことは、明らかに嘘である。子供は体が弱く、病気やちょっとした事故などによって死亡するケースが多い。
そう、王子は嘘をついたのだ。彼らに心がないことを逆手にとって。
だがそんなことに、この二人は気が付かない。
「仕方ない、このまま死んじまうことのほうが都合が悪いからな」
「こいつを連れて、外に出るか」
「だが、どこに連れていく?街なんかに出ちまったら、こいつの髪色ですぐにバレるぞ」
「この近くはほとんど人が通らないし、森に囲まれてる。森の中で遊んでやるか」
「おお、それがいいぜ!」
話がまとまると、二人は王子に向き直った。
「王子・・・・いや、これから俺は坊主と呼ぶ。坊主を外に出してやるが、一つ約束してもらう。絶対に、俺たちと離れるな。万が一、約束を破って逃げようなんてしたら、もう二度とお前を外に出してやらないからな」
「うん。わかってる!はやくいこ!」
怖がる様子もなく、笑顔で腕を引っ張る王子に二人は戸惑った。
「こいつ、ほんとにわかってんのか?」
「さあ、な」
こうして三人は一人の子供によって、外に連れ出された。
雲一つない青空。爽やかなそよ風。小鳥の声と、枝と枝が擦れ合う音。
「こんなに気持ちがいい日は初めてだぜ」
「・・・・だな」
二人とも、眠たそうに日の当たる芝生に寝転んだ。とてもではないが、密偵とは思えない。
「おにいさーん、ぼくをみはらなくていいのー?」
「シトリンが見ててくれるから大丈夫だぜー」
「今だけは頼む。シトリン」
遠くの木陰から叫ぶ王子に、二人は目を瞑ったまま答える。
「あんなこといってるけど、だいじょうぶなの?おかあさま、ずっとねてないんでしょ?」
二人を指さしながら聞く王子に、シトリンはうなずく。
「すこしはやすもうよ。ほら、こうするととてもきもちいよ!」
王子は横になって見せる。隣の芝生をたたいて、シトリンにも寝るように勧めた。
シトリンも恐る恐る横になってみる。シトリンはさりげなく王子の手を握った。
「ん?どうしたの?」
シトリンは何も言わずに目を瞑る。
「ああそうか。ぼくがにげないようにしてるんだね」
シトリンはうなずく。理解が早い子供で助かった。
「だいじょうぶだよ、しんぱいしないで。ぜったいにげないよ」
そういうと、シトリンの肩に体を寄せる。
「だって、おかあさまは、ぼくのたいせつなひとだもん。もうひとりにしないよ」
『もう』という言葉の意味を、この時の彼女は理解することができなかった。
しばらくすると、四人の気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
「おかあさま!そろそろおきて!」
激しく体をゆすられ、シトリンは目を覚ました。
「もう、ぼくがいなかったらいつまでねているつもり?」
あたりを見渡すともう日が沈みかかっていた。
「お、よく眠れたか?」
「お前、結構がっつり寝てたんだぜ」
シトリンは帰る準備を始めている三人を見てから肩をすぼめた。
「お前が寝た後、しばらくして俺たちは起きたんだが、お前が珍しくぐっすり寝てたから起こさないでやったんだ」
「そうそう。親子仲良くくっついてな」
シトリンは首を傾げた。そんなに長く寝ていたなんて、自分でも思っていなかったからだ。
「よっぽど寝ていなかったのか、それとも坊主の隣は寝心地がよかったのか。どちらにしても睡眠をとることはいいことだからな。よかったよ」
「俺もここ数日の疲れが一気に取れたぜ。これで明日からの任務も頑張れる」
荷物をまとめて二人は立ち上がった。
「よし、拠点に戻るぞ」
「おかあさま、いこう!」
寝ていた時のように手を繋いで、二人は拠点へと歩き出す。
「いつの間にあんなに仲良くなったんだ?」
「だな。俺も疑問だ」
夕日が照らす帰り道を、四人は歩いていく。
だが夕日を見つめるシトリンの瞳にわずかな光が灯ったことには、誰一人として気が付かなかった。
第六章も最後まで読んでいただきありがとうございました!




