第四章 五歳に戸惑う大人たち
第四章です。よろしくお願いします。
無事、王子を誘拐できた三人はすぐに拠点へ戻った。
王子を縄で縛り、近くに置いてあった丸太に括り付けておいた。
「これで逃げられないだろう。まだガキだからな」
スピネルはそういうと少し離れた簡易ベッドで眠ってしまった。
拠点は小さいので、ベッドは一つしかない。だがそれもスピネルの大きい体には合わず、体が半分出てしまっている。
「シトリン、お前も疲れただろう。家で休んできてもいいぞ。こいつは俺が見張っておく」
コールの提案に、シトリンは首を横に振る。そしてコールを指さす。
「ん?ああ、俺に休めって言ってるのか?」
シトリンはうなずく。
「いやいや、ベッドはあいつが使ってるし、お前みたいに俺たちには家がない。寝ろって言われても寝る場所がないんだ」
本来、ジェイダイトは家の代わりに拠点で生活をするのが一般的だ。だがシトリンは女であるという点が考慮され、特別に小さな部屋を用意してもらった。
着替えや仮眠、そういった男の前では堂々とできないようなことは家で行う。
だが、シトリンはその家で仮眠をとることはしなかった。そもそもこの一か月の間、まだ一日も休んでいない。
「お前、一日も寝ていないだろう。ずっとコーラルを追い続けて、ようやく一段落つけるんだから少しは休めよ」
だがシトリンは首を横に振り続ける。そしてまた手を使って会話し始めた。
「俺がお前の家に行って寝ろだって?馬鹿を言うな、男が簡単に入ったらお前のためにわざわざ家を用意した意味がないだろ!」
シトリンは首をかしげる。言っていることが理解できなかったようだ。
「ああ、もういいさ。お前に説明したところで無駄だ」
コールが諦めたその時だった。
「おにいさんたち、だれ?」
透き通る綺麗な声が聞こえた。
「っ・・・・!」
二人は驚いて振り返った。いや、実際には驚いたのはコールだけだが。
そこには大きな青い瞳を光らせながらこちらを見てくる男の子がいた。
「ねえ、だれなの?ここはどこなの?」
話に夢中でこの小さな王子の存在を一瞬忘れていた。コールはすぐに驚いた顔を元に戻す。
「俺たちはジェイダイト。モルガナイトの密偵だ」
「みってい?」
王子は初めて聞く単語に首をかしげる。
「密偵とは、敵の国の大切な情報を自分たちの国に持って帰る仕事をする人たちのことだ」
そう分かりやすく説明すると、王子は意外にも「なるほど!」と納得した。
「俺たちは情報を持って帰る仕事以外にももう一つ大切な任務がある。それは」
「にんむってなあに?」
うっかり難しい単語を使ってしまったせいで、また説明が必要となった。
「えっと、任務とはお願いされたことを言われたとおりにやるという意味だ」
「ああ、なるほどね!」
「それで、その大切な任務というのは、簡単に言うとお前を味方につけて、お前に王を殺してもらうっていうものだ」
「ころす?」
「殺すの意味も分からないのか?」
王子は首を横に振った。
「ううん、それはわかるよ」
そう言った後に王子は聞いた。
「なんでぼくがころさなきゃいけないの?」
「それはだな、王に一番近づきやすいのは、王の子供であるお前だからだ」
「ああ、なるほどね」
この子供は、五歳のわりに理解力が早い。
「おにいさんたちは、おとうさまがこわいんだね!まわりにたっくさん、こわいひとたちがいるから!」
「怖い人?コーラルのことか?」
「こーらる?ぼくわかんないけど、いつもそのひとたちはとうさまをまもってる」
きっとコーラルのことを言っているのだろう。やはり直接王を狙うのは得策ではなかった。
だが、この子供に父親を殺させることができるのだろうか。
「でもぼくは、おとうさまをころしたくないなあ。おにいさんたちのおねがいはきけないや」
王子はきっぱりと答えた。
「いや、もちろんお前がそういうのは分かっていた。だが俺たちも、それで引き下がるわけにはいかないんだ」
「じゃあどうするの?」
「お前を脅すさ」
「どうやっておどすの?」
急に興味津々になって聞き始めた。普通なら怖がって当然なはずなのに、五歳の男の子というものは、こんなにも好奇心が旺盛なのだろうか。だがコールもシトリンも子供のことはよくわからないので確かめる術がない。
「あー、それは王を殺さないなら、お前を殺してやる・・・・とかだな・・・・・・」
言ってみたのはいいが、全く脅しになっていない。
「んー!なんだ?騒がしいな」
ちょうどそこへ眠たそうなスピネルが割って入ってきた。半分目をつむっている。
「なあスピネル、お前弟か妹はいるか?」
「あー?急に何の話だ・・・・って、うわっ!誰だよこのガキ!!」
スピネルはようやく王子の存在に気付いた。
「誰だよじゃねえよ!まだ寝ぼけてんのかよ、お前は!」
コツンとコールは頭を殴る。痛みは少ないだろうが、目は今ので完全に覚めたようだ。
「ああ、グラナイト王子か」
「そうだ。で、お前弟か妹はいるのか?」
「弟がいるけどよお、急になんでそんなこと聞くんだよ」
「こいつがやけに落ち着いていてな。普通の五歳というのは、こんな風に誘拐犯の話を聞いていられるのか気になってな」
「ああ、そういうことかよ」
スピネルは、昔の記憶を思い出そうと上を向いた。
「あー・・・・そうだなあ・・・・そういうもんかもしれねえぜ?」
「なんだその曖昧な答えは」
「あんまり弟とは一緒にいなかったけどよお、男の子っていうもんは結構変わってるやつが多いとは思うぜ?そういう俺も結構変わってるし」
そういうとコールを指さした。
「もちろんお前もな」
「俺が?いい加減なことを言うなよ、俺のことほとんど知らないくせに」
二人が言い合いをしながら笑っていると、王子が不思議そうな顔でシトリンを見た。
「おねえさんは、おにいさんたちとなかがわるいの?」
シトリンは顔を王子に向けた。そしてしばらく考えたあとに首を傾げる。
「それじゃあわからないよ。くちでしゃべって!」
シトリンは首を横に振る。
「なにをいいたいのかわからないよ!」
そんな二人の様子に気が付いたようで、コールが合いの手を入れた。
「おっと、いけねえ。このお姉さんは言葉を話せないんだ。だから優しくしてやってくれ」
「はなせない?どうして?」
「あー・・・・」
コールはシトリンを見た。
話しても大丈夫だ、というようにうなずく。
「簡単に話すと、俺たちは感情をなくす薬を飲んだんだ。俺とスピネルは何ともなかったんだが、シトリンは副作用で記憶と言葉を失った」
「きおくも?」
「ああ」
王子はそれを聞くと、目を大きく開いた。
「きおくも、ことばも、もうとりもどせない?」
「それは分からないが、難しいだろうな。記憶はともかく、言葉については俺たちもどうにかしようとしたんだ。だが、話せないのには何か理由がありそうなんだ。それがわからなければおそらく無理だろう」
「そんな・・・・」
王子はシトリンの目を見た。光のともらないその目に、王子は戸惑う。
「そんなの・・・・かなしすぎるよ・・・・」
その言葉を聞くと、三人は互いの顔を見た。
「悲しい?」
「そんなに悲しいのか?」
「え?」
二人の言葉に王子は驚嘆の声を上げる。
「どういうこと?」
その問いにスピネルが答えた。
「いや。やっぱ子供って、そんな小さなことで悲しいって思うんだなって。まあ子供だから仕方ねえよな。ははは!」
「だな、そういうとこは子供っぽいな。ははは!」
シトリンも二人の言葉にうなずく。本人ですらも、自分のことをどうとも思っていなかった。
「そんなのおかしいよ!」
王子が叫んだ。コールとスピネルは予想外の反応に体を震わせる。
シトリンもすぐに苛立つ王子に視線を向けた。
「おにいさんたち、おかしいよ!こどもだって、おとなだって、かなしむにきまってる!なのにこどもだからって、ぼくをバカにしないで!おにいさんたちはどうして、そんなことわらっていえるの?まるで、こころがないみたいに・・・・」
そこまで言って彼は気が付いた。
彼らには、心などないことを。
そして、彼らにどれだけ必死に訴えかけても、その空洞にはなにも響かないことを。
彼らは理解しないのではない、できないのだ。そんな彼らに自分は何を言ってしまったのか。
もっと言葉を選ぶべきだった。相手が傷つかないと分かっていても、申し訳なさを感じる。
「っ・・・・ひどいこといって・・・・ごめんなさい・・・・・・」
呆然とする三人の前で、王子は謝った。
三人は自分たちがなぜ怒られ、そしてなぜ謝られているのか分からなかった。
{「人間になくてはならないものとは、なんだと思う」
昔、神が問うと一人の人間は答えた。
「それは、感情です」
その者は断言した。神はその答えに、静かに深くうなずいた。}
ここまで読んでいただきありがとうございます!
次の章からさらに面白くなっていきますので、よかったら読んでみてください。




