第十五章 滴り落ちる涙
第十五章です。ついにここまで書き続けることが出来ました。ありがとうございます!
王子の頬を、一筋の涙が伝う。
シトリンはその涙を指でそっと拭ってあげた。
「っ・・・・・!」
その瞬間、王子の瞳が開き、慌てた様子で跳ね起きる。
「はあ、はあ、はあ・・・・・・」
乱れた息を必死に整えようとしている。悪夢をみたのだろうか。
そして自分の周りを確認すると、隣に座っているシトリンに気が付いた。
「おかあさま・・・・・・ここ、おかあさまのへやだよね?ここまではこんできてくれたの?」
シトリンはうなずく。
王子を部屋に連れてきた後、自分のベッドに寝かせてあげたのだ。自分はというと、冷たい床に座り込んで王子の様子を見ていた。
「でもおかあさま!どうしてゆかにすわってるの!」
シトリンの様子に気が付くと、慌ててベッドに座らせる。
「ちょっと、おかあさま。かみのけもビショビショのままだよ!どうしてふかなかったの?」
そう言ってテーブルの上にあったタオルを掴む。だが、使っていないはずのタオルが少し濡れていてひんやりとしているのに気が付いた。
「・・・・!」
そして自分の髪に触れてみる。何故か自分だけ全く髪が濡れていない。
「まさか・・・ぼくのかみのけだけふいてくれたの?」
王子がまさかと思い聞いてみると、シトリンすぐにうなずいた。
「っ・・・・・・・」
それを聞いて胸がいっぱいになった。つい先日までは誰かに言われたことしかできなかった殺し屋が、少しずつ自分で考えて行動している。
「おかあさま、からだがひえちゃうよ・・・・」
王子は泣きそうになるのを我慢しながら、優しく冷たい髪を拭いてあげた。
「ねえ、どうしておふろでぼくをだきしめたの?」
「・・・・・・・」
シトリンは何か言いたげな表情を浮かべていたが、王子に伝える術がなかった。
「・・・・・そうだよね、ごめんね」
その後、二人はしばらく黙ったままだった。
一方その頃。
「おい、コール・・・・俺はまだ頭が混乱してるんだが・・・・・」
「ああ、お前ならそうだろうな」
牢獄に入れられた二人は天井を見上げながら話し合いをしていた。
石でできた床は少し冷たいが、そんなに気にならなかった。
「あいつが、第一王子だなんてな」
「ああ、まんまと騙されたな」
「あー。どうすりゃいいんだ!」
「何がだよ」
「全部だろ!
そう言ってスピネルは頭を上げた。
「シトリンはどこにいるか分からねえし、俺らが二日後に何て言うかっていうのも考えなきゃいけねえし、ああ!頭がどうにかなりそうだ!」
「まあ落ち着け。今考えてる」
「この件については、全部お前に任せたからな」
「ああ」
コールは目を閉じて頭をフル回転させる。しばらく沈黙が続いたあと、コールは口を開いた。
「なあスピネル」
「あ?」
「お前、感情を取り戻したいか?」
「なんだよ、質問かよ」
スピネルは頭をかきながら考えた後に、呟いた。
「俺らはともかく、感情を必要としているのはシトリンのほうだ。俺らは感情を少し失っただけにすぎねえ。だが、あいつが失ったものはあまりにも多すぎる」
「・・・・・・」
「俺は、あいつが感情を取り戻せるなら、王子に協力してやってもいいと思ってるぜ」
「・・・・・・我らが王を、裏切るつもりか・・・・・・?」
コールの声が冷たくなる。だが、スピネルは言葉を続けた。
「難しい問題だな。だが、よく考えてみろ。これと同じ質問をシトリンに投げかけたら、あいつはどうすると思う?」
「・・・・・どうすると思うんだ?」
スピネルは少し考えた後断言した。
「俺らに正解を求めてくるんだよ。俺らが出した答えが、あいつの答えなのさ」
「たしかにそうかもな」
「俺たちは毎日が楽しい。お前らと話して、時には人を殺して、王子を誘拐するなんて危険なこともお前らと一緒なら、全部楽しいんだ。今こうして捕まっていても、怖いとは思わない。『悲しい』感情がないから、そういうことを簡単に言えるんだろうが、シトリンは違うだろ?」
「・・・・・・」
「全部の感情を取り戻そうなんて思ってねえぜ。ただ、話せるようになって、あとは『喜び』だけでも取り戻せたら・・・・・きっと俺たち、もっと楽しく過ごせると思うんだ」
「・・・・・・」
コールにもその気持ちはある。だが、どんな理由があろうと、王を裏切る行為には変わりはない。
それを忠誠を誓った自分に、できるはずがない。
「俺には・・・・できない・・・・・」
コールは消えそうな声でそう言った。
「感情は、人を弱くする・・・・・・きっとそうなんだろうなって、シトリンを見て思ったんだ。シトリンは俺たちよりもはるかに強い。それはあいつが感情を持っていない・・・・完璧な人間だからだ」
「俺はそうは思わねえよ」
スピネルは体を起こす。
「覚えてるか。俺たち十人で毎日傷だらけになるまで訓練したときのことを」
「・・・・・ああ、覚えているさ」
二人は懐かしい記憶を思い出す。
「あの頃はもっと楽しかったよな。確かに訓練はキツかったが、それでもみんなでワイワイやってさ」
「ああ、懐かしいな」
「シトリンは女のくせに、誰よりも強かった。みんなそれをシトリンの隠れた才能だー、とか言ってたが、それは違う。あいつは夜俺らが寝た後、密かに一人で剣を振っていたんだ」
「っ・・・・・!」
「お前は知らなかっただろうな。俺も最初は知らなかった。だが、確かにあいつは人一倍努力をしていた。あの強さは、感情の有無なんかじゃない。あいつの努力の成果だ」
「・・・・・・・」
コールも体を起こす。
「・・・・・・なあ、さっきも言ったが、俺はお前の出した答えに従うぜ?だからじっくり考えたあとに、また答えを教えてくれよ」
そう言ってスピネルはまた体を倒した。
「・・・・・・・」
コールは難しい顔をする。まだ自分の中で迷いがあるようだ。
「あーあ、またあの頃に戻れたらなあ」
「・・・・・ああ・・・・・・」
その時、二人の頬を何かがツゥーッと伝った。
「ん?なんだ?」
手で触ってみると、それは透明な液体だった。
二人は互いの顔を見て、目を見開く。
「なあ・・・・・お前・・・・・」
「「なんで泣いてるんだ・・・・・?」」
二人の目から涙があふれ出てくる。
止めようと何度も目をこするが、その流れが止まることはない。
悲しくないはずのに、この止まらない涙は・・・・・何・・・・・・?
お読みいただきありがとうございました。いかがでしたでしょうか。あなたの心に、少しでも何かが残ってくれれば嬉しいです。




