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最悪

「エルゼ!」


 糸が切れた人形みたいにエルゼは屋上のフロアへ膝を付いた。

 そのまま額から倒れ込みそうになるエルゼを受け止める。

 背後で再生が終わった蛇たちのうごめく音が聞こえ、ココの甲高い声が響いた。


「バンくん!! 私の魅了は、もう……!」


 分かってるよ。いやってほど吸血鬼の圧を感じてるんだからな。

 エルゼを抱きとめたまま振り向くと、真祖が両手を広げて不敵な笑みを浮かべていた。


「やったぞ、克服した! 魅了は最善の一手だった。素晴らしい。だが、俺はそれを乗り越えた!」とヒロイックな語り口で自らを称賛し、鼓舞すると、今度はギロリ、俺を見て、「ただ一つ許せないことがある。バン少年、早くエルゼの首輪を外せ。鮮度が落ちるだろうが!」と額に青筋を立ててがなり立てた。


「……は?」


「エルゼの心は気高く、澄んでいる。お前も美しいと思っただろう?」


「あ、ああ」


「これは歳と共に失われる。だが、吸血鬼にすることでその美しさは保たれ、いっそう濃縮されるのだ。エルゼは鍛錬を積めば積むほど心の雑味が薄まり、いずれ俺に辿り着く現れる頃には、フフ、最高の味になっているはずなんだ」


 真祖は口元をぬぐった。


「つまりお前は、不老不死になって増長した心を食うために、人間を吸血鬼にしているのか?」


「そうだが?」


 真祖は、何が悪いのか、と後ろに繋がるような言い方をした。

 こいつは人じゃない。人の形をした人類の敵だ。


「分かった。もう喋るな」


 俺は腕の中のエルゼをしばらく抱きしめて、ゆっくりと屋上の床に寝かせる。


『バン! 何が起きたのデスカ?』


 エルゼが気を失ったまま握りしめるスマホから声がする。

 そのスマホを取って伝える。頭は不思議とスッキリしていた。


「一言で表すなら、最悪。エルゼは気を失い、俺は人間に戻らない。ココは魅了で力を使い果たしてその場にへたり込んでいる。ノーニャ、他に策は無いよな?」


『バン、そんなものは策ではないのデース! 撤退してクダサイ! これは命令デース!』


 白兎が跳ね、バツ印のジェスチャーを送った。


「さんざん任務を疎かにしてきた不良ハンターだぞ。今度の命令違反も許してくれよ」


『ならお願いしマース! ワタシはバンに生きてほしくて……』


 だよな。最初からずっとノーニャはそうだ。半吸血鬼の俺に生きる場所も生きる理由も作ってくれた。俺はこんな性分だから何かと理由を求めてしまうけど、ノーニャが俺に尽くしてくれることは別だと思ってる。


「俺は死なないよ、ノーニャ」


『……わかりマシタ。任務を伝えマース! 必ず生きて帰るのデース!』


「了解だ」


 敬礼。ノーニャは最高の上司で最高の姉だ。

 スマホをエルゼの服に仕舞い、エルゼを屋上のフェンスに寄り掛かるようにして座らせた。

 脚を引きずってココがエルゼに近寄り、庇う姿勢で真祖に向き合った。


「バンくんがやりたいことは分かってるつもりです、私」


「ああ」


「だから止めません。エルゼ様は私が守ります。だから、必ず勝ってください」


 すごく嫌そうな顔をしていた。ココの中で折り合いが付いてないんだろう。でも、俺たちが何をしたいのかココはちゃんと分かってる。だから一番欲しい言葉をくれた。これ以上の応援はない。


「ありがとう、助かる」


 なんだか、まるで死にに行くみたいだな。

 でもそんなつもりは毛頭ない。

 俺は大きく息を吸った。全身に血が巡る。酸素が細胞一つ一つに行き渡る。


「おいおい、お前、吸血鬼になったんじゃないのか?」


 真祖がけだるげに尋ねた。


 ブシュッ


 体のほとんどが吸血鬼化しているから、それだけで血管が密集している首や頭から血が出た。当然、痛い。


「だから、どうした? 銀炎術――」


 吸った空気を体内で吸血鬼を殺す炎に変換する術、銀炎術。


「そんなことをしたらお前自身が灰になるだけ……!?」


「銀拳」


 右手を握りしめると銀の炎が灯った。

 皮膚がどんどんと燃えて剥がれていくのも構わず、その拳を真祖に向けて振り下ろす。


 ドン!


 防御姿勢すら取らない真祖の左上半身を削り取る。


「驚いた。まだ銀の炎を使えるか」


 驚いたのはこっちだ。また石の心臓を動かして致命傷を避けたらしい。

 俺は立っているのが限界だ。今の一撃で右腕の感覚がない。

 息をする度にノコギリを呑み込むような痛みが腹の中を射抜き、呼吸が止まる。


「……ふっ、はぁーっ、はぁーっ」


 だが、気張って息を続ける。呼吸を止めた瞬間、吸血鬼化が進行していずれ銀炎術が使えなくなる。

 少しでも早くこいつを倒さなければならない。だが。


「いくら殴ろうと無駄だ。みろ、俺はすぐに回復する。無限の命があるから死なない」


 真祖の体は内蔵や筋がミミズのように蠢き、失った半身をまたたく間に補っていく。

 だから、どうした。


「銀拳」


 今度は左の拳を握りしめて銀の炎をまとった殴打を繰り出す。


 ドン!


 右半身を吹き飛ばした。

 真祖は両腕を失ってなお平然としている。


「いい加減に受け入れろ。お前は吸血鬼になったんだ。こんなことをして何になる?」


「銀脚」


 ドン!


 俺の右足が潰れる。真祖の脇腹がえぐれる。腐った血の匂いが屋上に漂っていた。


「やめろ。無抵抗の俺を痛めつけてもお前は何も得られない」


「銀脚」


 ドン!


 潰れた右足が膝からもげる。真祖の胴を切り離す。

 もう真祖の体は胸から上と頭だけ。


「分かったぞ、お前! 俺の心臓の逃げ場をなくすつもりだな!?」


「ああ、今さら分かってももう遅い! 銀脚!!」


 残った左足でスタンプを押すように、真祖のこれっぽちの胴体に隠れた石の心臓に脚を振り下ろす。


「やめろ! やめるんだーッ!!」


 バキィッ!


 心臓が砕ける。真祖の顔が泥人形のように生物の手触りを失って、ぼろぼろと崩れだした。


「やった、これで……」


 体の自由が利かず、俺はその場にうつ伏せに倒れる。


「バンくん!」


 ココが床への衝突を豊満な胸で防いでくれた。

 だが、ココも踏ん張りが利かず、俺が押し倒すような形で屋上に二人して倒れ込んだ。


「やったのか? 俺は」


「はい! これですべての吸血鬼が人間に……。あれ?」


 ココの体はやっぱり冷たい。人間とは言えなかった。

 俺は感覚が戻り始めた両腕で体を持ち上げる。

 だが、そこに倒れていたはずの真祖の姿が無い。ハァ? なぜ。

 辺りを見渡すと屋上の時計塔の陰に人影を見つけた。


「待て! 逃げるな!! ……くっ」


 俺はココを踏まないように立ち上がろうとするが、力が入らずに膝を床に付けた。

 倒れかける俺をココが支える。


「大丈夫ですか!?」


「ああ。少し離れててくれ、ココ。……スーッ、スーッ」


 ココが俺を座らせてくれるのを待って、全身の細胞に火を熾すように空気を吸った。その瞬間、視界が赤に染まる。


「バンくん!?」


「ゲホッ、ゲホッ! うっ……、もう吸血鬼化がここまで……。まだだ、スーッ」


 手も足も感覚が完全に戻ってきている。

 でも銀の炎は埋め火みたいに体の奥にあるんだ。


「バンくん、呼吸を止めて! このままじゃ体が持ちませんよ!」


 ココが俺の手を握った。


「止めない。俺はあいつを討つ」


 壁を伝って逃げゆく真祖から視線は外さない。それを遮るようにココが顔を出す。


「止めてください! だって、バンくんの体は、もう……」


 ココはうつむく。いや、目線を下げた。

 俺もつられて目を向ける。その先にあったのは完全に回復した俺の四肢だった。

 ココに手をぎゅっと握られても、ぜんぜん冷たくなかった。


「俺はもう人間じゃないのか?」


 全身の血が引く。そうじゃない。冷たくなってるんだ。死んだ人みたいに。

 爪が食い込むほど拳を握りしめた。でも、痛くない。その間、呼吸を忘れていた。でも、苦しくない。

 俺は死んだのだ。

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