表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/67

エルゼの初任務

「ノーニャ。ごめん、俺、俺……」


 約束を守れなかった。そうだよ、ノーニャが一番に俺を心配してくれていたんだ。それなのにエルゼやココのことで何度も当たり散らした。数日前の俺に吐き気がする。


『バン、落ち着いて。ヒッヒッフー』


「いや出産じゃないからな……」


『ハラショー! 少しチョーシを戻したようデース!』


「はは……、さすがノーニャだ」


『もちろん、オネーサンだからデース! お忘れデスカ?』


 トボけたマスコットキャラのくせに、とは言わなかった。それに。


「ノーニャから連絡してくるってことは何か分かったのか?」


『その通りデース! 拘束具からの生体反応が無くなりマシタ。状況は?』


 白兎は小さな通信デバイスを片手に振っている。一昔前の携帯電話のようだ。

 コミカルな相手にシリアスに返す。


「真っ先に言うと、俺は失敗した。吸血鬼になってしまった。ごめん」


『落ち込むの早いデース! 吸血鬼になったとしてもワタシはバンの味方デース!』


 ノーニャはそういう奴だ。本当に困った時は欲しい言葉をくれる。

 視界の縁で赤い蛇がぶった切られた。

 ほぼ回復したエルゼが俺に駆け寄る。


「バン! ごめんなさい、わたしの判断は間違いだった」


 真祖が操る蛇たちに牽制しながら背中で話した。


『オヤ、あなたが羽鳥エルゼさんデスネ?』


 エルゼの話に返事をしたのはノーニャだった。

 スマホの音声は会議中モードだ。エルゼの耳にも間違いなく入っている。


「もしかして、あんたがバンのお姉さん?」


『オー! バン、ワタシ、オネーサンデース!!』


 嬉しそうにしていた。そういえば、エルゼには姉がいると話したことがあったな。

 少しの沈黙の後、エルゼが俺を一瞥する。すぐに蛇に視線を戻したが。


「あんたのお姉さん、外国の人?」


「血の繋がりはないな。名前はノーニャだ」


 俺が答えると同時に蛇たちがエルゼに襲いかかり、攻撃を捌くシュバッという音もする。


「おいエルゼ、大丈夫か? 俺の右手がもうすぐ回復しそうなんだ」


 手のひらまで再生し、あとは指が生えるのを待つだけだ。吸血鬼は無限の再生力を持つ。自分の意志でコントロールはできない。疲れもしない。感情抜きにすれば、気分も良い。


「大丈夫。奴はまだ魅了で動けなそうよ。むしろココが心配だけど……」


「エルゼ様、はぁ、はぁ……、私はまだいけますっ……」


 息も絶え絶えと言った感じでココが答えた。だが、ココ自身が魅了に力を注ぐあまり、身動き一つ取れなくなっていた。真祖が動けるようになったら真っ先に狙われる。


「なら、バン。少しの間、交代してもらえる? ノーニャさんと話がある」


「え? ああ」


 俺はエルゼと入れ替わり、蛇の一撃をさばく。早くは無い。だが、予備動作が無いから集中していないと思わぬところから刺される。蛇をけしかけている間、真祖は全身を吸血鬼化させようとしているのだ。ココの魅了が効いてるうちに叩けるなら叩きたい。だが、あいにく俺たちの回復も完全じゃない。

 背中ではエルゼがノーニャと何か話している。


「ごめん」と「吸血鬼にしたわ」の言葉だけ聞き取れた。


 えらく直球でシンプルだった。でも事実だ。

 ノーニャの息遣いが小さく聞こえた。


『大丈夫デース!』


 いろいろと思うものがあったのだろう。だが、ノーニャのひときわ明るい声が頼もしかった。

 それにつられてエルゼの声も少し大きくなる。


「バンって何者なの?」


 俺の話だ。思わず集中が背中に向く。おっと、危ない。視界の端から蛇が襲ってきた。


『それは……』


 くそ、気になる!

 だが気にしていると上下左右からくる蛇の応酬に耐えきれない。

 ノーニャの声が聞こえた気がしたが、詳しくは分からなかった。


「ふうん。そっか、でもそれはあらゆる吸血鬼の天敵ね」


 エルゼの回答はそうだった。

 いったい何を聞いたら、そういう言葉になるんだ?


「うぐっ」


 危ない。蛇の一撃を食らった。毒でしびれる。でも超回復する。吸血鬼はこんなに便利なのか。痛みも小さいし、怪我もすぐ治る。エルゼが鍛え続けようとした理由も分かる。

 そんなエルゼが俺の前に立った。片手には俺が取られたそれ――吸血鬼の部分を押さえ込む銀のチョーカーを持って。

 そう言えば、ノーニャは俺に作戦を伝えてくれた。それは賭けだとも言っていた。まさかエルゼが。


「わたしのすべてをあんたに賭けるわ」


 エルゼが後ろ手に差し出したスマホを受け取る。

 画面の中ではノーニャがサングラスをして司令官風の椅子にすっぽり収まっていた。


『羽鳥エルゼにはミッションを与えマシタ。バンもミッションを遂行するのデース!』


「でも、その作戦は賭けなんじゃないのか!? 一時的に俺の吸血鬼化を戻すために」


 俺が言い切る前に蛇がエルゼへ襲いかかる。

 だが、爪の一裂きで蛇たちは一斉に首を千切り取られた。

 真祖が俺たちを睨みつける。それしかできないんだ。エルゼは完全に回復し、俺の右手も元に戻っていた。


「この、わたしの力が失われる」


「そうだ。でも、今ならやれる! ココが真祖を足止めしてる合間に、俺とエルゼでまた挑めばきっと」


「ダメ。あいつは自分で急所を外せるのよ。一撃じゃ足りない。あんたの能力って連続じゃ使えないんでしょ?」


 その通りだった。

 銀炎術は吸血鬼にダメージを与える銀の炎を操る技なのに、俺が半分吸血鬼だから自分自身もダメージを負ってしまう。

 それに今は完全な吸血鬼になってしまった。銀炎術を使えばどうなることか。いや。


「使えなくても使う。死んでも使う。だから少しでも使えるようにチョーカーを渡してくれ」


「一匹だけなぜか逃げる蛇から奪ったけど、これで吸血鬼の部分を封印できるとはね」


 エルゼはチョーカーのロックを外した。


「いいのかよ! 今までの努力も、鍛錬も消えてしまうんだぞ!!」


「でも、それはあんたも一緒でしょ?」


 エルゼは俺の手を握った。

 手のひらはマメがつぶれ、皮が分厚くなってゴツゴツとしている。

 吸血鬼になっても消えていなかったんだ。俺の歩みがこの手に宿っている。


「……良いのか? もし成功したら、俺はエルゼを好きな気持ちを無くしてしまうと思う。最悪、魅了が解けた人みたいに記憶を無くすかもしれない」


 思い出してもみろ。ココの魅了に掛かっていた人はみんな、魅了に掛かっていた間のことを覚えていなかった。

 俺はエルゼと出会ったその日から、ずっと魅了に掛かっていたんだ。

 エルゼは考え事をするようにうつむいた。それから微笑む。たぶん、俺のために。


「だったら忘れること前提で、すごく馬鹿なこと言っても良いかしら?」


「ああ」


「あんたが忘れても良い。またわたしを好きにさせるから」


 それが馬鹿なこと?

 拍子抜けだった。なぜなら自信に満ちた横顔がいやに格好良かったから。

 忘れても忘れてなくても、たぶん俺はまたエルゼを好きになるよ。


「忘れても忘れてなくても、たぶん俺はまたエルゼを好きになるよ」


 やばい。思ったことが口に出た。


「……馬鹿」


 ふっ、と笑みをこぼしてエルゼはチョーカーを首に嵌めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ