表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/67

ココの急成長

「さすがだ、バン少年。真祖を討とうとする人間は百年近く見なかった」


 青年は鏡のような瞳をエルゼに向けた。


「ずっとこの時を待っていたわ。あんたをこの手で殺せる日をね」


「例外もいるがね。……おっと」


 エルゼが風になった。そう思った瞬間、青年の首を狙って手刀を繰り出す。

 だが、その一撃はすんなりと躱された。青年の長い髪が月で輝く。

 屋上のフロアにエルゼが着地すると、ちょうど青年は俺とエルゼの間に立つ形になった。


「バン!」


 その声に目が覚める。

 頭が事態を把握するのでいっぱいいっぱいだった。

 戦え。戦え。俺は何のためにここにいる。


「銀炎術――」呼吸で肺を空気で満たし、呑み込み、「(かさね)」と印を結ぶ。


 人間は大きく吸った空気を体の中に貯めるだけで苦しいものだ。その空気を圧縮し、さらに吸い込み、また圧縮する。

 指先がビリビリとするほど血管が広がる。頭が回ってくる。汗が吹き出す。夜風が染みるほど知覚が冴える。

 エルゼの殺気。今の俺なら分かる。あいつが鍛える理由は、真祖を倒すためだったんだ。


「バン、わたしに合わせなさい!」


「ああ!」


 エルゼが跳ぶ。フロアを覆う防水材の緑が飛び散った。空中で体を寝かせながら腰をひねって、青年の脳天めがけて蹴りを振り下ろす。


 ズン!


 青年はそれを両手で受け止めた。衝撃が屋上に一ミリも逃げてない。そうか、受け止めさせたのだ。

 無意識に銀の炎が握りこぶしに灯る。指一本でなんて済ませない。


「銀炎術――拳弾(けんだま)!」


 踏み切り一歩で繰り出す大ぶりだから、肺に溜まった銀炎を遠心力で腕に送り込める。

 真祖がフンと鼻で笑う。

 ばかやろう、こちとら腕がはちきれそうなほどだ。


「そんな構えで俺を殺せるとでも――」ドン! 「何っ!?」


 技名はマヌケ。だが、そもそもけん玉は十字架から派生した吸血鬼ハンターの武器だ。

 そして銀は吸血鬼の弱点で、この炎をまとった拳は銀の弾丸をも凌駕する。


「消し飛べッ!」


 撃ち抜く。

 肉を破り、骨を砕き、吸血鬼の核となる石の心臓に達する。


「それはどうかな?」


 冷たい声が頭上から聞こえる。

 中指の付け根が硬いものに触れた感触があったのに、石の心臓が意思を持つように俺の拳を躱したのが分かった。

 腕が真祖の胸を貫通する。


「まずった!」


 心臓を動かし、致命傷を避けた。

 それだけじゃない。


 グググッ


 貫通した腕を周囲の肉が押し止める。やばい。抜けない!


「バン!? ……キャアッ」


 蹴りを弾かれたエルゼが悲鳴を上げる。

 その声の方を仰ぐと、エルゼの片足が紫に変色しているのが見えた。

 真祖が掴んだところは紫を通り越して黒くなっている。


「毒か!? 離れろ、エルゼ!」


 そう言う俺も腕を取り込まれて身動きが取れな――!?

 腕がしびれる。肩から右のこめかみまでは痛みが走った。

 嘘だろ、俺にも毒が回ってきた。なぜだ! 毒を使う十二血族はヒドラだったはず。


「毒使いの吸血鬼が居たなら俺は毒使いじゃないと思ったか?」


 俺が思ったことを言い当てられる。


「違うのか? 十二血族に能力を分け与えたんだろう!?」


「分け与える? 俺が? 馬鹿者。あいつらは俺の能力を複製したに過ぎない」


「能力を複製……?」


 考えてみればおかしい。ディンゴは人間だ。だが、真祖はその体を奪って我が者としている。これだってヒドラが持っていた能力だ。なんで気づかなかった! 分かっていれば毒攻撃をしてくることくらい予想できたはずなのに。くそ、くそ! だめだ、意識を保て。毒が頭にも回ってきたんだ。


「ハハハ! ここまでだ。その血を絶やしてやる」


 ヒュッ、と怖気が走った。苦しい。呼吸をしたい。でも、体が畏縮して上手く息ができない。

 なんでこうなった? 俺はどこで間違えた……?

 俺は、分からないまま死んでいくのか?


「バン!」


 頭上から光が差した。

 いや、それはエルゼのブーツが月光に反射して出来た縦一閃だった。


 バキッ!


「いっ……!」


 腕がもげるような痛みがした。違うな。必死に片目を開けると、俺の右腕は肘から先が無くなっていた。

 もげた腕の先は真祖の腕に突き刺さったまま、俺から離れていく。

 なんだこれ、悪い冗談か?


「冗談じゃないわ。あのまま毒で死ぬのと、腕一本の代わりに奴を殺す機会を得るのと、どっちが良いわけ?」


 俺をあの満月の夜みたいにまた小脇に抱えたエルゼが答えにならない質問をした。

 顔はぜんぜん見えない。でも、エルゼの片足が見えた。もう片足は無い。

 俺は右腕、エルゼは左足を失った。それがこの鍔迫り合いの結末だ。


「うぶっ」


 口中に血の味がした。毒が体中を破壊しているんだ。意識はまだある。

 真祖は折れた腕を肩からぶら下げ、胸に穴を空けたままこちらを追いかけてくる。

 すると、背中から声がした。つまり、屋上の出入り口の方だ。


「何や、すごい音がせえへんかったか?」


 この声は、関西さんだ。他にも生徒が何人か騒ぎを聞きつけて来たらしい。

 最悪のタイミングだ。


「馬鹿! あんたたち、逃げなさい!」


 エルゼが俺を抱えたまま叫ぶ。だが、エルゼの背後を向いている俺の視界から真祖の姿が消えた。


「やはり幸運はいつも俺に回ってくるようだなァ!」


 エルゼが立ち止まる。俺はその場で地に足をつき、ふらつきながら振り向いた。

 そこには関西さんの首筋から血をすする真祖がいた。


「何でや、同族の血を……」


 関西さんはそう呟いて事切れる。


「同族? 一緒にするな。俺は吸血鬼になった人間の血しか吸わないんだよ」


 ぞわりと背中から後頭部までに鳥肌が立った。

 この男はただ敵ってだけじゃない。俺のすべてを壊す最低最悪の敵なんだ。


「やめろ。やめてくれ! ゲホッ」


 声を張り上げようにも気道が血濡れて息が出来ない。

 目の前で友達が傷つけられているのに。

 俺もエルゼが動けなくなっていた。だが、そこに一人、長く黒い尻尾を揺らして現れる。


「彼女から離れてください!」


 先がハート型の尻尾を生やしたココだった。

 ディンゴ先生だった男が動きを止める。

 ココが何をしたのかすぐに分かった。俺の下半身がこんな時なのに反応していたからだ。


「やるわね、ココ!」


 本当にそうだ。

 ずっと魅了に悩まされてきたココがその魅了を使いこなしている。


「エルゼ様、お褒めいただきありがとうございます!」


 この隙にギャラリーとして来た生徒たちが階段を下りたり、屋上に出るなどして真祖から距離を取る。

 真祖は操り人形のようにぎこちなく体をひねってココを睨んだ。


「魅了か。このサキュバス風情が! こんなもの吸血鬼の血を全身に流して打ち消してやる」


 自分の指を首筋にめり込ませる。指を注射器代わりにしているのか。首を中心に青い血管が浮かび上がる。

 事態が硬直した。エルゼと俺は怪我で動けない。ココは真祖を魅了させるので手一杯。他の生徒は畏縮。


「安心なさい、バン。わたしが先に回復する」


「だけど、ゴフッ」


「あんたはじっとしてなさい。死ぬわよ」


 脚の踏ん張りが効かず、床に腰を落とす。右腕がないから重心がおかしい。左に倒れそうになる。

 もう深夜だ。月が下り始めた。静けさの中、ココの歯ぎしりが聞こえる。

 だが、そんな緊張感を破ったのは真祖だった。


「エルゼくん、俺と取り引きしないか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ