吸血鬼の王
「どういうことよ!? バン! そいつ、ただの先生じゃないの?」
後ろからエルゼの当然の疑問が飛んできた。
俺は視線をディンゴから離さずに答える。
「この人は吸血鬼ハンターだ。しかもお前専門の潜入任務をしていて、俺より階級が上だ」
「ほう。階級だけか?」
痛い所を突くじゃないか。返す言葉もない。戦う前から練度の差を感じる。
「やっぱり。匂いがおかしいとは思ってた。人間のような吸血鬼のような……」
それは機関の香水だ。人間の匂いを消すからな。
ディンゴはエルゼの疑問を無視して、俺に誘いをかける。
「バン少年、そう焦るな。俺が代わりに討ってやってもいい」
「いいや、討たせない。俺はこの先もエルゼと一緒に居たいんだ」
「わがままも大概にしておけ。お前、自分の立場が分かっているのか?」
「ああ。機関で俺は吸血鬼なんだろ?」
ノーニャが言っていた。機関は一枚岩ではないらしい。
「その通りだ。あの物好き娘を除いてな。で、どうする。首輪を外して完全な吸血鬼になるか?」
「ならない。俺は人間だ。最後まで吸血鬼にはならない」
「でも羽鳥エルゼは殺したくない、と。それじゃあ何も解決できない。甘ったれだ」
そうだ。
甘ったれなんだ、俺は。
吸血鬼は吸血主人を殺さなきゃ人間に戻れない。
「でも、一つだけ方法がある」
「なんだ、言ってみろ」
頭の中によぎったそれは完全に常軌を逸した答えだと分かった。
でも、これしか無い。
「エルゼを人間に戻すんだ」
ディンゴは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
エルゼを人間に戻せば、玉突きのように俺も人間に戻れる。これは吸血主人と眷属の法則だ。
少し離れたところから「えっ」と驚愕の声が漏れたのが聞こえた。その方を一瞥する。ココがおずおずと俺に進言する。
「バンくん、忘れたんですか? エルゼ様の吸血主人は……、真祖様です!」
エルゼが小さな真祖と呼ばれる所以は前に聞いた。十二血族っていう真祖を吸血主人に持つ吸血鬼の貴族たちがいて、そいつらによって吸血鬼は支配されている。でも、真祖は謎だらけ。その真祖が十三番目に眷属としたのが羽鳥エルゼなのだ。
「はははは! バン少年は実に面白いな。この吸血鬼の王を討つというのか?」
「ああ」
ディンゴが高笑いした。今までこんな顔は見たことがない。
「誰も成し得ていないんだぞ。それも今年でちょうど四百年だ!」
「あ、ああ」
ちょうど四百年というのは知らなかった。四百年ほどというのは知っていたが。
「素晴らしい。いや、最悪か? どちらでも良い。バン少年、俺はお前を称賛する」
ディンゴは拍手をし始めた。今までの面倒臭がりな性格が一転しているのが分かった。それだけじゃない。何かディンゴの顔がおかしい気がする。
「バン、下がりなさい」
肩をぐいっと引っ張られた。エルゼだ。真横に立って、背を屈める。猫が獲物を狙うように。
「ああ……、ダメだ。興奮して擬態が解けてしまうな」
ディンゴは恍惚の表情を浮かべた。だが、その表情は顔ごとぐずぐずと崩れていく。ひどくグロテスクで、皮膚と筋肉と骨格が無理やり歪められているような感じだった。髪の色も真っ白になる。
「何者なんだ、お前は」
そう尋ねずにはいられない。何者どころか、人かどうかも怪しい。
夜空を見上げながら、ディンゴだったものは両手を広げた。まるでそこだけがスポットライトを当てられたように明るくなったように見えた。
「俺か? 俺の名はもう誰も覚えてないだろうな。強いて言うなら……」
顔をこちらに向けた。どこかで見た覚えがある青年の顔になっていた。
そうだ。この顔は……。ヒドラの夢の中で見たあの人物だ。男か女か分からない中性的で美しい風貌。これは。
「真祖……!」
青年はやれやれと肩をすくめた。




