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試練の時

「……ディンゴ先生!」


 常に半目の顔を見るなり、俺は彼の名を呼んだ。

 男はぼりぼりと頭をかいてスーッと空気をすするように吸った。


「よお、夜の学校の屋上に忍び込むたぁ、おめーら青春してんじゃねえか」


 ディンゴ先生なりに元気な言い方をしたのだろうが、くたびれた感があった。


「いやあ、まさにその通りです」


「ちょうど殴り合いの喧嘩して、告白して、フラれたってところか?」


 するどい、というか一部始終を知られてそうだ。


「はは……、どこから見てたんですか?」


「なに、見りゃ分かるさ。で、バン少年、腹はくくったか?」


 彼は俺のそばにいた二人の女子を見比べて、エルゼに視線を合わせた。

 もうエルゼが俺を噛んだことはディンゴ先生も承知ってことか。

 そこへ蚊帳の外にいたドラクが口を挟む。


「おい僕を差し置いて話を進めるな。貴様らは何の話をしているんだ?」


 ドラクが先生相手にも貴様で話すのは、ディンゴ先生が自分より血等が下だと思っているからだろう。まあ、彼も俺と同じように大した血等にはしてないはずだ。


「ドラク少年は知らなかったか。だが、お前のことだ、ある程度の状況は把握できているんじゃあないか?」


「そ、そうだな。僕くらいになるとこれくらいは分かる。まず、そこのアホ面は小さな真祖(リトルドラクル)の直系だってことだ」


 アホ面って俺か。さんざんな言われようだな。

 しかし、ドラクは思ったよりこの状況を理解しているようだ。

 ディンゴ先生は教科書の例題を取り上げるようにドラクへ問うた。


「他に気づいたことは?」


「アホ面は人間に戻ろうとしている、か?」


「ほう。よく見ているじゃないか。では、答え合わせといこう」


 ディンゴ先生は俺にゆっくりと歩み寄る。でかい。近づかれると背丈の違いに圧倒されそうだ。

 問われる前に答える。


「ドラクの言ってることは正しい。俺は人間に戻りたい。そのためにここにいる」


 間違いない。曇りなき答えだ。

 先生は自分の顎を指で挟むようにしてなでた。


「よく言った。それでこそ吸血鬼ハンターだ」


 ドラクがごくりと息を呑む音がここまで聞こえた。


「やはり。お前、反逆者か。この同族殺しめ!」


 背中に羽が生えて、悪魔の形相へと変貌する。唇から鋭い牙を覗かせる。耳が尖ってそれに引っ張られるように目がつり上がった。鋭利な爪を生やした手はまるで乱杭歯だ。これが本来の姿。今まで俺が何体も狩ってきた吸血鬼だ。


「同族殺しか。お前は血液ドリンク――人間を間接的でも食おうとした」


「僕は吸血鬼だ。人間ごときと一緒にするなッ!」


 ビュンッ!


 片手を振り上げ、飛びかかる。

 だが、その一閃は闇に葬られた。


「ドラク少年、お前ごときが彼を殺せるわけがないだろう?」


 ディンゴ先生の片手には彫刻のような心臓が握られていた。

 傍らで動きを止めるドラクの胸に穴が空いている。

 見えなかった。真の姿を見せたドラクをこの一瞬で?


「ディ、ディンゴ……。貴様……、あぐッ……」


 ドラクは屋上の床に倒れた。

 その横に石化した心臓を手向ける。

 呆然とする俺に向き直り、咳払いした。


「あっ、ディンゴ先生、ドラクは」


「死にやしないさ。心臓を抜かれて動けないだけだ。それより分かっただろう? 俺はお前の味方だ。人間に戻るのに力を貸してやる」


 ディンゴ先生が次に見たのはエルゼだ。

 まずい。


「エルゼ!」


 自然と体が動いていた。正しくは、動いてしまっていた。

 ディンゴ先生とエルゼの間に転がり込む。

 でも、良いんだ。俺はノーニャと話した時に心は決まっていた。


「おいおい、バン少年。それはどういう意味だ?」


 面倒そうな口振り。面倒でも任務は完遂するつもりなんだ。

 特例血等エルゼを討つって任務を。


「させない。俺はエルゼを守る」


 恐れていた最悪の事態だ。

 いや、試練の時が来たのだ。

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