偽りの恋愛感情
「バンくん、何を言ってるんですか?」
最初に声を上げたのはココだった。すでに体をエルゼの前に移動させ、いつでもかばえる形になる。
怪しまれている。それに背後にはドラクがいる状況だ。
なにやってるんだ、俺は。素直にディンゴ先生に狙われていることを報告すれば良かったじゃないか。
「そうよ、何言ってるの? わたしがバンを噛むだなんてありえない」
ココが怪しむ一方でエルゼは平静のままだ。
……いや、逆にここで平静でいられる方がおかしい。
ますますエルゼへの疑念が深まる。
「なぜ断言できる? 渇きで錯乱はしなかったか?」
「ハァ? してないわよ」
「じゃあ興味本位か?」
「だーかーら、あんたを噛んだ覚え、本当に無いんだから」
やや不満そうなだけで怒ってはいない。図星を突いたら少しは顔色も変わるだろうと踏んだが、不発に終わった。
ピリピリしたムードにココが踏み込んでくる。
「じゃあ言いますけど、バンくんはエルゼ様に噛まれたって証拠があるんですか!?」
「それは……」
あるよ。あるけど、言えない。
ポン
その時、俺の肩に後ろから手を置いた奴がいた。
「やれやれ、これだから混ざりものは。知らないのかい? 噛まれた側の僕らはね、自分を噛んだ相手――吸血主人に強い恋愛感情を持つのさ」
ドラクが俺の言えなかったことを言いやがった。
「ハァ!?」
エルゼが赤い目を丸くして、俺をねぶるように見る。
うぐ、怖い。目をそらしたら、ココと目が合った。だが、すぐそらされる。
ココは右手で左手の肘をぎゅっと掴んだ。腕で大きな胸が迫り上がった。
「本当なんですか? バンくん」
「いや、これはその……」
どうしよう。何と答えるのが正解か分からない。
エルゼが上目遣いで睨みつけてくる。
「で、それマジな話なわけ?」
これは逃げられないやつだと一瞬で悟った。
「まあ、それはそうなんだけどさ……」
「ふーん。そういえば、最初あんたに訊いたわよね。誰を殺しに来たのかって」
「ああ」
放課後の教室で、二人の少女を好きになったと気づくきっかけの時だ。
「それはわたしだったってわけ、か」
空気が変わったのが肌で感じられる。毛が静電気でまとわりつく感覚があって、いつの間にか深い海の底にいる気分になった。息苦しく重たい時間はほんの一瞬。
「ガッ!?」
息が出来ない。
意味がわからなかった。
目の前にエルゼが居て、その手が俺の胸に刺さっていた。
「バンには悪いけど、わたしには目的があるの」
ずるりと音を立ててエルゼが俺の体から手を引き抜くと、寒気と激痛と吐き気と目眩が一緒になってやってきた。
霞む視界の先、エルゼの右手に握られて脈打つそれは心臓で。
握りつぶされる。
「――!? はぁっ、はぁっ……!」
死んだ。
そう思ったのに、俺は先程の場所から一歩も動いていないし、胸に穴も空いてない。
今のはなんだ? 夢? 幻覚?
「分かった? バンはわたしに勝てないわ」
さっきと同じ間合いにいるエルゼが立ち姿勢を崩した。
俺は息を整えながら、問い返す。
「はぁ、はぁ。俺に何をしたって言うんだ」
「何も。ただ殺気をぶつけただけよ」
ならば死を予感した肉体が見せた幻想とでも言うのか。
いや、人間の直感は侮れない。戦ったら殺されるという具体的なイメージを作り、俺を生かそうとする。
目の前にいるのは同い年の少女でも、クラスメイトの女子でもない、人外の頂点――吸血鬼なのだ。
「さすがだな。だが、俺は引き下がるわけにはいかないんだよ」
エルゼに伝えなきゃいけないことがある。
「へえ、わたしとやるってわけ?」
だが、当の本人は聞く耳を持たない。
そばにココもドラクもいる。だが、もう決めたことだ。
「銀炎術――」
「させないわ」
大きく息を吸っている間にエルゼが距離を詰めていた。
「っ!?」
とっさに呼吸を止めて、しゃがみ込む。
ヒュン!
頭上をエルゼの蹴りが横一閃。
「やるわね。人間は息を吸う瞬間は無防備になるのに」
「初手は分かってるんだよ。ドラクの時もヒドラの時もそうだったからな」
「あら、それは一本取られた」
蹴りの勢いをくるりと回って殺すと、金髪が月明かりに輝く。
美しさに息を呑みかけた。忘れるな、呼吸、呼吸。
「魅了はズルいな」
「そういうつもりは無いのだけど」
俺だってタイプじゃないんだよ、見た目は。
かなり小柄だからスピードが桁違いだ。
シュッ!
振り下ろされる手刀を躱す。
躱した先に突き。
シュンッ!
それも躱す。
「緩急を付けても無駄だぜ。狙いが透けて見える」
話しながら意識を指先に集中させた。
その指で自分のチョーカーを嵌めた首をトンと叩く。
「うるさいわね。そこを狙えば一撃だから、よっ!?」
ボォッ!
吐き出す息が炎をまとう銀狐となる。
銀炎術――狐火。
エルゼはとっさにバク転しながら避けた。
「ふーっ……。よく見抜いたな。指に集めた炎を喉奥に集める奥義だったんだが」
「あんたいつもそんなキザな動きしないじゃない」
たしかにそうだ。思ったことを思ったままに言っちゃう癖すらある。
横から嘆息が聞こえた。
俺たちの戦いをドラクとココが固唾を呑んで見守っている。
「僕のそばで急に戦うなんてどうかしてるぞ、こいつら!」
「で、ですよね! 戦ってますよね、これって」
いや、どう見ても命懸けの戦いをしているだろ。踊りにでも見えるのか?
それにエルゼの動きが滅茶苦茶に強すぎる。まっとうな兵士の動きだ。
まっとうな兵士の動きは、そう、むしろ分かりやすい。
「エルゼ、相当な鍛錬を積んでいるな?」
「さあ。逆にあんたは意味不明。火を吹くなんてインド人みたい」
ダルシムじゃねえよ。他にあるだろ、サスケとか。百歩譲ってリザードンでも良い。
「そんなことより、そこまで鍛えて何を望む?」
「最強よ」
「……最強?」
話が噛み合ってないのかと思った。
「誰にも負けない力を手に入れたいの」
静かに答えた。それが冗談でないことを裏付けるように。
乾いた笑いが出る。
「はは、なるほどな。やっぱり人間と吸血鬼が一緒に居るのは不可能だ」
ヒドラと戦った後にエルゼは一緒に行動したがった。
真祖の能力をチラつかされて、俺は去るのを思いとどまった。
たしかその時、エルゼに言われたな。
「わたしの許可なく学園を去ったら、わたしはあんたを殺すわ。あと、わたしに歯向かっても殺す」
目の前のエルゼも一言一句同じ台詞を言って、条件を付け足した。
「そんな脅しに応じるかよ。俺はハンターだ。殺し返す……とは言えないな」
俺もたぶん一言一句同じ台詞を返して、否定した。
「え?」
「人間と吸血鬼は一緒になれない。でも、俺はそれを乗り越えたくてここに来た」
エルゼの間合いへ、ドン! と一歩踏み出す。
「バン? ちょっと急に、え?」
少し体を動かしたことでいい感じに頭がスッとしてる。
エルゼは手をわたわた動かして、事態を飲み込めてない様子だ。
いいか、耳をかっぽじって聞け。
「俺はエルゼが好きだ」
偽りの恋愛感情だとしても、今のこの気持ちは本物だ。




