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定期報告(7)

 ココが帰った後の部屋で一人、俺はカーテンを開ける。もう夜だ。常夜灯の明かりが霧で滲んでいる。

 スマホを充電すると、美少女アイコンのアプリに通知が来た。


「やだなぁ……」


 ノーニャに報告しなきゃならない。でも、この前の報告でスマホを投げ飛ばした。それに『これ以上、ワタシは守りきれないかもデース』と言わせるほど俺はノーニャの期待を裏切った。

 どんな顔をして話せば良いか分からない。

 そんな時だった。


『プリヴェット!』


 スマホからノーニャの声がした。

 アプリを開いてないのに、いったいどうして。


「ノーニャ?」


 画面を覗き込むといつもの白兎が居てくれて、短い指をチッチッと動かした。


『驚きマシタカ? ワタシから連絡できるアプリにアップデートしたのデース!』


「驚いた。それにほっとした。ずっと話せないままになるところだった」


『それはワタシが悪いデース。ゴメンナサイ。バンを不安にさせるようなコト、言いマシタ』


 白兎は丁寧にお辞儀した。あわてて俺も頭を下げる。俺はノーニャとの繋がりを無くしたくなかった。


「俺の方こそ! 俺は抗命を犯した。帰還後、どんな罰でも受ける」


 抗命とは上官の命令に反抗し、服従しないことだ。機関に所属する際、真っ先に叩き込まれた。吸血鬼狩りが吸血鬼になるのは、あってはならないことだからだ。


『バン、頭を上げるのデース! 帰還する意思が聞けて安心しマシタ。ではバン、任務を報告してクダサーイ!』


 頭を上げる。画面上の白兎はいつになくキリッとした表情を見せていた。


「ああ。昨日は……」


 俺はココとの出来事を報告した。ココは殺人犯じゃ無かったが、サキュバスだったこと。ココの母親が吸血鬼のフォロワーだったこと。エルゼに助けられたこと。


『報告ありがとうございマース! それで、バンを噛んだ相手は判明しマシタカ?』


 直球で本題に切り込まれ、思わず言葉が途切れる。

 今まではココかエルゼで定まらなかったから、「分からない」も言えたけど。

 分かった上でノーニャに大嘘を吐くのはもう無理だった。


「俺を噛んだ相手が判明した。それは……」


『それは……?』


 良いのか? ここで報告して。任務のために、自分のために、あいつを差し出すような真似をして。


「ごめん! 言えない」


『え!? 今、完全に言う流れデシタ! 急にどうしたデスカ?』


 目を白黒させた白兎に、俺は思いを漏らす。


「だって本当に討伐するべき奴なのか分からないんだ……」


『噛まれた人間は噛んだ吸血鬼に恋愛感情を持つのデース! バンはその相手に惑わされていマース!』


「違うんだ! 俺を勇気づけてくれて、くだらないことで笑えて、黙ってると高嶺の花みたいなんだけど、話すと怒ったり泣いたり感情が豊かで、困った時に助けてくれて、俺には無い芯の強さがある奴なんだよ!」


『それが恋デース!』


 雷に撃たれた気がした。

 そうだ、ノーニャが恋愛感情について話してくれた時、同じことを言われた覚えがある。


「そんな……。俺は、恋をしていたのか?」


『その通りデース! やはりその相手――羽鳥エルゼは良い子なのデスカ?』


「ああ、すごく良い奴だ……って、どうして分かったんだ!?」


 しばしの沈黙の後、ノーニャがくすっと笑った。


『カマ掛けマシタ。というか、報告を聞く限り、候補は彼女しか居ないデース!』


「そ、そんな呆気なくバレるなんて」


 予想してなかった。今までの苦労は何だったんだ。


『オネーサンを見くびる、ダメなのデース!』


「急に姉設定を出されても……」


『いいえ! バンとは長い付き合いデース! 羽鳥エルゼは本当に良い人物なのデスカ? バンを噛んだのに?」


 ノーニャがエルゼの名を出す前にしばしの間があった。沈黙は饒舌だ。エルゼとの関係を探りたい気持ちがよく分かる。長い付き合いだからな。

 それにノーニャの疑問は当然だ。


「良い奴だ。俺を噛んだ理由は分からないが、人を噛むような奴じゃないと思う」


 この学園で過ごした間、エルゼは血の匂いを追うナイトウォーカーだった。

 しかし、祭りの時のエルゼはあんな人混みの中でも渇きに飢えた様子はなかった。


『でも、バンに自ら近付きマシタ。不自然ではありマセンカ?』


「実はそれに関してまだ言ってないことが……」


 あいつが俺に興味を持つ理由に思い当たるものがある。


『何デスカ?』


「俺、エルゼに人間だとバレてるんだよ。それにハンターで、ここに標的を討ちに来たことも」


『ええええ!? 大丈夫デスカ? 弱みを握られたりはしてマセンカ!?』


 白兎が跳ねながら画面に近付いてくる。顔がでかくて画面に入りきってない。


「だ、大丈夫。あいつはそんなことしないよ。むしろココの正体を明かすのに一役買ってくれたみたいだし」


 祭りの日の夜、エルゼが俺とココを二人にしようとしたのは、きっとココの抱えた秘密――サキュバスであることを打ち明けるきっかけを作るためだったのだろう。


『知らなかったデース! でも、バンを噛んだ事実は代わりマセーン!』


「そうだな。だから、あいつがどうして俺を噛んだのか聞いてみたい。討つかどうかはその後に決めても良いか?」


 これが最大限の譲歩だ。

 それにあのエルゼが俺を噛んで、それを今まで黙ってたのも気になる。

 もし空腹時の錯乱とか、あいつなら興味本位とかでも、やはり討たなきゃならないだろう。


『良いデース! それを聞いて決めるならこれまでのこと許すのデース!』


「えっ、本当に良いのか?」


『ええ! ワタシはバンを信じるのデース! オネーサンなのデスからネ!』


「ノーニャ……」


 背中を押されることがどれだけありがたいか身にしみる。

 やっと肩の荷が下りたような気がした。


『だから羽鳥エルゼがバンを噛んだこと、まだ上に報告しないでおきマース!』


「ああ、助かる。じゃないと他のハンターがエルゼを狙うように……」


 なんだ?

 何かが引っかかっている。

 ハンターが狙って良いのは人間を噛んだ吸血鬼だけ。


『どうシマシタカ? バン?』


「なあ、ノーニャ。俺の任務は機関でも共有されてるよな?」


 じゃなかったらランクCの吸血鬼がここに紛れ込んだ情報は俺に共有されない。


『ええ。だからバンに向かわせたのデース! A級吸血鬼ヒドラの検査に、機関の使者を』


 俺が祭りに行く理由になった相手。境内の裏で会った。


「ディンゴ先生! 俺がココかエルゼのどちらかが自分を噛んだか迷っているのを知っているんだ!」


『なら、もう姫里ココがバンを噛んでないのは明らかのハズ。羽鳥エルゼがバンを噛んだと掴んでいるに違いないデース!』


「そんな……。エルゼが危ない!」


 俺は霧の向こうで見えない女子寮を睨む。

 早く行かなければ!

 部屋の外に出ようと窓枠に足を掛けた時に画面上のノーニャが『ストーィ!』と叫んだ。

 訓練で何度も聞いた止まれの命令に、反射的に体が固まる。


『危ないのはバンデース! 彼の邪魔をしてはなりマセーン!』


「どうして!」


『彼は学園に潜入し、特例血等Aの吸血鬼――羽鳥エルゼを狙う機関のエージェントだからデース!』


 そうだ。俺よりも先にディンゴ先生は学園に潜入していたことになる。その上これは俺には知らされていなかった。より秘匿性の高い任務だったいうことだ。


「でもそれがどうした! 俺がディンゴ先生より弱いからか!?」


 ノーニャはため息を吐いた。

 その通りなのだろう。だから何も言わない。


『機関も一枚岩ではないデース! ワタシはバンを人間だと思いマース! でも、そうと考えない者もいるのデース!』


「っ!」


 俺は本当ならとっくに吸血鬼だから。人を噛んだ吸血鬼を庇おうとするなら、俺も討たれても仕方ない。


『羽鳥エルゼを守るのは不可能デース! だから』


 あきらめろ?


「不可能がなんだ! 俺はエルゼを守りたいから守るんだよ」


 スマホに向かって叫んだ。

 できるかどうかじゃない、やりたいかどうかなのだ。

 ノーニャは寂しそうな顔をして、ニッと笑った。


『なら行くのデース! バン!!』


「ノーニャ……!」


 画面に映るノーニャは機関のオペレーターでも、上官でもなく、オネーサンって顔をしていた。

 それから手でおいでおいでをした。

 耳をそばだてる。


『最後に一つアドバイスを』


 それから俺はある情報を得る。


「……分かった」


 一か八かの賭けだと思ったが、いざという時に覚えておこう。

 俺は戦いの準備を済ませ、スマホを切る。

 別れ際にノーニャが異国の言葉で祈りを捧げてくれていた。

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