逃走、終了
自分を吸血鬼とサキュバスのハーフだと言うココ。
同じ半吸血鬼だと思ったけど、吸血鬼ともう半分は人間じゃなかった。
それで騙してたって言いたいのか?
「私を嫌いになりましたよね。それともただ女としては魅力的ですか?」
投げやりな言い方。
「……」
「生まれながらのサキュバスなんです。力を制御できなかった私を助けるために母が吸血鬼にしてくれました」
「ああ……」
ノーニャが言っていた。連続殺人事件の参考人だったこと。母親が吸血鬼と契約して男を吸血鬼に捧げたのだ。そして最後には母親も吸血鬼に殺され、残されたココは吸血鬼になった。
「でも、現実はどうですか? 混ざりものと呼ばれて居場所は無い。私は! 自分が嫌いなんです!!」
特に『嫌い』という言葉を強く叫んだ。その声に遠巻きに徘徊していたゾンビたちが足を止めた。
俺はココがこれほどになるまで本音を隠していたことにものすごく後悔した。
「ちっがびゅ!(ちがう!)」
声が上手く出せない。腫れてるんだ。意識を戻そうとする無意識が自分の顔をめちゃくちゃにしたから。
なんで気づけなかったんだ。いくつもサインはあったはずなのに。
少女漫画で読んだだろ。祭りで他の女子がセッティングした告白のシーンは絶対に聞き逃しちゃいけないんだ。
それになんで俺は任務を優先してあの場を離れたんだよ!
「バンくん、どうして私を襲わないんですか? 何度も意識を奪われて、その度に自分を痛めつけて無理やり意識を戻して……」
「ぞどぜべでっ、ごべが!(そのせいで声が!)」
「私、バンくんになら別に良いと思ってるんですよ。ほら? 早くしないと飢えた男に私の処女が取られてしまいますよ~、なんて」
自分で言って照れるなよ。慣れてないのに無理するな。
そんなの俺が……、いやまずい。
ベキッ
「いっ……」
自分で自分の顔面を殴った。
意識があるうちにやるとこんなにも痛い。それで結構。
「バンくんまた自分を……! どうしてですか? いつも私の胸を見てたじゃないですかっ」
バレてたのか。恥ずかしい。何なら今だって見てる。これでもかって見てる。
ココが胸を突き出す。意識が刈り取られる。
ベキッベキッ
「ぐわばっ!! ……ひひっ」
自分の顔を殴った。笑ってやろうかと思ったが引きつって動かねえ。
「もう殴るのはやめてください! そんなことするなら、いっそ……」
「びばだ!(いやだ)」
首を振ったら鼻血がボタボタッと音を立てて飛び散った。
「じゃあどこかへ行ってくださいよ! 私じゃこの力を止められないんです!」
周囲の男を無差別に魅了するサキュバスの力。
それが唐突に強くなりだしたのはヒドラとの戦いの後だ。
ぼんやりした頭で、あの赤い石をドラクが魔石と呼んでいたのを思い出す。
『ほう、魔石じゃあないか。混ざりものの分際でよくこんなものを手に入れたものだ』
それがどんなものか知らない。だが、それは母親がココを思って渡したものだ。何か本当に力があったのかもしれない。
ヒドラの毒を防ぎ、身代わりとなって壊れた。
もうココのサキュバスの力を抑えるものは何も無いのだ。
「だがらどうじた!?」
喋ると唾液なのか血なのか分からない液体が口から溢れる。
もうずっと視界がぼんやりとしている。
魅了? 前が見えなきゃ意味がない。
「どうして! どうして私を襲わないんですか!?」
「ぞんなの……、ゴゴがどぼだぢだがだどうがぁ!!(ココがともだちだからだろうがぁ!!)」
目に入った血を拭う。ぼやける視界の先でココが地面に膝を付いたのが見えた。顔を見上げると、両眼からボロボロと涙がこぼれていた。
「吸血鬼でサキュバスでも、良いですかっ……!?」
鼻水を垂らしてココが叫ぶ。
これがエルゼの言う勇気なのだろう。
エルゼは霧の無い場所を恐れるが、霧を飛び越えた。
「ゴゴば、ゴゴだぞ!(ココは、ココだぞ!)」
ココは自分が嫌いだが、そんな自分をさらけ出した。
俺はそんなココが好きだった。
でも、今までのような腹の底から突き動かされるような感覚は無くなっていた。
「バンくんっ」
抱きしめられて、今までさんざん意識した巨乳を顔面に押し付けられても平気だった。
というかむしろ恥ずかしい。
周囲のざわめきが聞こえてくる。
「あれ? こんなところで何してたんだ、俺」
「そうだそうだ。祭りじゃなかったか?」
「おい、あれ火事じゃないか!?」
男たちが祭りで起きている火事に気づいて、あっという間に走り去ってしまった。
「……どうしたんでしょう? 誰も私のこと見向きしないなんて……」
俺はココを押しのける。夜風が顔にしみた。
「ざぐばずのぢがらぼぜびぼでびだんだど?(サキュバスの力を制御できたんだろ?)」
ココがくすっと笑った。
え? どこに笑う要素があったんだ。
「バンくん、ちょっと何言ってるか分からないです」
そりゃあそうだ。こんだけ頭を打ち付けて顔面を殴りまくったらさ。
あれ? やばい、また意識が……。でも、これは素直に気を失っても良い奴、だよな?
俺は遠くで打ち寄せる波の音を聞きながら意識を手放した。




