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機関の使者

 青いクリスタルをポケットに仕舞う。あいにくノーニャが送ってくれた甚平には尻にしかポケットが無かった。

 そんなココの微笑みに注目したのは俺だけではなかったようだ。


「おい見ろよ、あの子かわいくない?」


「ほんとだ。この島の子かな?」


 二人組の若い男だ。この祭りには本土からも客が来る。そうでなきゃこれほど街が賑わうわけもない。


「ココ、エルゼ、他にも見てみようぜ」


 男たちに聞こえる声量で二人を呼ぶ。男たちは舌打ちした。主に俺に。女二人連れとかふざけんなよ、と。すまん。だが、これは任務なんだ。

 エルゼはぬいぐるみを抱いたまま付いてくる。歩きにくそうだから手を差し伸べる。


「エスコート、よね?」


「もちろんだよ、レディ」


 エルゼの手を取ってその場を離れた。

 しかし、どんなに歩いてもココは目を引くようで、男たちがすぐに噂する。

 そのうち境内まで来てしまった。ここまで来ると屋台は無いし、人もほぼ居ない。


「ごめんなさい、バンくん。私のせいで……」


 ココが申し訳無さそうにしょぼくれた。まあ、聞こえてたよな。で、それから逃げるように俺が動いてたのも分かりやすかった。


「いや、俺の方こそ。もっと俺がしっかりしていれば他の男も寄り付かなかっただろう」


「いえいえ、バンくんはとてもしっかりしてます!」


 ココは全力で手を横に振った。


「いやいやいや、こんなことなら体を鍛えておくべきだった」


「いえいえいえいえ! バンくんはそのままで充分かっこいいですよ!!」


「いやいやいやいやいや」


 俺がさらに否定しようとすると、エルゼが間に割って入った。


「いつまで続けるのよ! わたしたちが目立っちゃうのはしょうがないわ。かわいいもの」


 いや、お前はそんなに注目されてなかった気がするぞ。


 ゲシッ!


「いった!? 下駄で足を踏むのはさすがにヤバイって」


「でも失礼なことを考えてたでしょう?」


「うっ」


 言葉に詰まった俺を置いて、エルゼはココに提案した。


「どうやら七時から花火があるそうよ。行ってみない?」


「あっ……、そう、ですね……」


 ココは歯切れの悪い返事だ。エルゼは何かアイコンタクトしているし。

 まあでも花火を見ている時に周囲の人を見てる奴はほぼ居ないだろう。それにもうすぐ七時だ。ちょうど良いことに約束の場所は境内の裏で、今は境内の表にいる。


「なら、二人で行って来るといい。俺は後で行く。トイレだ」


「あら? 顔に嘘って書いてあるわよ」


 容易く見破られてしまった。


「分かったよ。俺も行くから」


 仕方なく二人に付いて、境内の横にある見晴らし台へ上る。かなり急な階段だ。おかげで誰も見晴らし台に居なかった。

 一番奥に行くと、頭上には樹木も霧も無くなった。下の湖には一面の銀河が映り込んで、そのまま夜空の上に立っているような感じがした。


「バン、わたしはここまで」


 エルゼはパッと木の影で足を止めた。握っていた手が離れる。


「どうした? 花火を見ようって提案したのはエルゼじゃないか」


「忘れた? 霧が無い場所はいやなの」


 ヒドラと戦った時にエルゼの日差し嫌い、というか恐怖症を目の当たりにした。

 少しは克服したと思ったが、まあいきなり大丈夫にはならないか。

 もうちょっと配慮していればよかった。


「すまん」


「いいわよ。じゃあわたしは屋台を見ているわ」


 そう言ってエルゼはまた目配せした。

 俺の背中に隠れるようにココがすり足をしたのが音で分かった。

 それからエルゼは階段を全段飛び越して境内の方へ下り、俺たちは二人きりになった。


「なんかあいつココに合図を送ってたけど、何かあるのか?」


 ココに振り向いて尋ねると、当の本人は「あぅ」と小さく声を漏らした。


「何かあるというか……。私、バンくんに言わなきゃいけないことがあるんです……」


 ココは内股をすり合わせてうつむく。

 その仕草で俺はこれが俗に言う告白シチュエーションなのだと気づいた。


「お、おう」


 いや、こういうのは男の俺からすべきだったのでは、などと脳裏をよぎる。しかし、俺の恋愛感情は吸血主人に対する狂信かもしれない。それも違うな、ココは良い奴だ。良い奴だから好きなのか? 俺は……。

 などと思考をめぐらす間にココが口を開いた。あ、まだ心の準備が。


「バンくん、実は私(ドーン!)なんです!」


 その時、ココの背後で大きな花火が上がった。

 ココが口を動かしていたが、ぜんぜん聞こえなかった。


「え? なんて?」


「え? 今?」


 俺は聞き返し、ココは振り返った。

 対岸から連続で花火が打ち上がると、鏡のような湖が花畑のようになった。

 しばらくすると打ち終わって、それが何十発かのスターマインだというアナウンスが風に乗って聞こえた。


「……ココ。その、さっきは何て言ったんだ?」


「あっ、えっと、……あれ?」


 ココは自分の周りに目をやって、浴衣の帯を確かめたり忙しない。


「どうかしたか?」


「どうしましょう。私、財布を落としちゃったみたいです」


 それまでの照れくさい空気が一瞬で吹き飛んで、俺たちは財布探しを始めた。

 次の花火が打ち上がって、花火を照明代わりに足元を探す。


「俺、階段の方を見てくるよ」


「はい! 私は茂みを見てみます」


 急だから落とした可能性はありそうだ。

 ふと、境内が目に入った。

 大事なことをすっぽかしているのに気づいた。


「そうだ、約束の時間……!」


 すでに七時を十分も過ぎていた。階段を転がるように下りて、ココの方を振り向く。

 ココ、ごめん。

 俺は境内の裏に行く。たしか機関の使いがいると聞いた。暗がりから声がする。


「よお、遅かったな」


 男の声だ。あれ? この声どこかで聞いたことがあるような。

 星明かりに顔を見せたこの男は……。


「ディンゴ先生!?」


 俺のクラスの担任教師に間違いなかった。

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