二人の手料理
着替えを済ませて制服姿になったココに連れられ、俺は調理室に来た。
なんか学校の調理室って古い台所みたいな匂いがすると思うんだけど、そういうのは一切しない。むしろ消臭剤の匂いが漂っている。
「どうして調理室なんだ?」
その質問の答えはじっくり時間を掛けて回答が来た。
時計はもうすぐ十二時を指す。
「学園の影のヒーローに私からささやかなお礼です」
エプロン姿のココが指を差したそこには家庭料理が並んでいた。
焼き魚、豚肉炒め、味噌汁、卵焼き、炊きたてご飯もある。
湯気が立ち、香ばしい匂いがした。
「これ、食っていいのか?」
「もちろん。もちろん私の手作りが嫌でなければですけど」
「嫌なわけあるか! いただきます!!」
サンマの塩焼きジュウジュウ、大根おろしショリショリッ!
炒め物の豚肉は脂身プリップリで、箸で持つとトゥルン!
炊きたての白米ハムッハフハフ、ハフッ!!
「うわぁ」
ココが引きながら俺を見ていた。
構わずに食べる。だってまともな飯を食ったのは数週間ぶりだ。
というか、この料理……。
「ウマッ! なんだこれ!! 箸が止まらねえよぉ~!!」
あっという間に平らげてしまった。
「おかわりもいいですよ」
えっ……。
これって何かの罠なんじゃないか?
疑念を浮かべながら俺は茶碗をココに差し出す。
「じゃあ……」
「遠慮しないで今までの分、お食べ……」
「うめ、うめ、うめ」
俺が茶碗いっぱいに盛られた白米を泣きそうになりながら食っていると、調理室の扉が勢いよく開け放たれた。
思わず手が止まる。
そこにいた相手にいち早く反応したのはココだった。
「エルゼ様!?」
エルゼは扉を後ろ手で閉め、扉に寄りかかってため息を吐いた。
「はぁ~、疲れた。探したのよ、バン。……って何してるのよ、あんたたち」
ココと俺を見比べた。
エプロン姿のココと眼の前で飯を食らう俺。
「何って昼飯だけど……」
俺の回答に訝しげな顔を返し、こちらへコツコツと靴を鳴らして近付いた。
調理台の上に並んだ料理を見るなり頷く。
「ああ、人間の食事をしてたのね」
「エルゼ様、これは……」
ココはしどろもどろになっていた。
そういえばココにはエルゼに人間だとバレたこと言ってなかったな。
俺はココをやんわりと手で制する。
「ココがお礼に料理を作ってくれたんだ」
「ふーん。お礼ねぇ」
エルゼは卵焼きをヒョイとつまんで口に放り込んだ。
「あっ」
こいつ。それは俺のだぞ。
エルゼはしばらくもぐもぐとして、神妙な顔をした。
「……味しないわね」
「するだろ。しかも超絶美味い」
「ふーん。これならわたしでも作れそうね」
「は?」
エルゼは腕まくりした。細くて白い腕だ。
壁に掛かったエプロンを取って着てみるが、ちょっと丈が長い。
「待ってなさい、わたしが満漢全席を作ってあげるから」
エルゼはノリノリで料理を始めた。
ゴリゴリ、バキッ! コトコト、ボンッ! トントン、ビチャッ!
あの、料理しててそんな音鳴ることある?
「どうしよう、不安しかない」
そういえばエルゼには用心しろってノーニャに言われていたな。
しかし、何をどう用心しろって言うんだ。
うーんうーんと唸る俺の隣に、ちょっと良いですかと追及しながらココが座った。
「バンくん、エルゼ様に人間だってバレてるんですか?」
「ああ。それどころかハンターだともバレてる」
ココは大きく目を見開き、食材と格闘するエルゼを二度見した。
「エルゼ様もバンくんのこと黙ってるんですね。そうですか」
最後の『そうですか』は何か決意めいた言い方だった。
「たぶん。ヒドラとはエルゼと一緒に戦ったんだ」
「そうですか」
今度の『そうですか』は不機嫌そうだった。
「どうした、ココ?」
何か気に障ることをしてしまったのか。
エルゼの料理音が響く中、ココは沈黙を貫いた。
騒音の間隙にココが俺の耳元に唇を寄せる。え、何?
「今週末の日曜日、神社のお祭りに行きませんか?」
うっ、ウィスパーボイスがこそばゆい。
それにすごく良い匂いがする。
我慢しながら小声で返す。
「神社というのは島の街場にあるところだよな」
ココは唇を遠ざけた。それでも肩がぶつかるくらいの距離で俺はドキドキが止まらない。
「はい。……どうですか?」
勢いが削がれ、何だかおずおずとした雰囲気になった。おい、我に返るな。こっちまで照れてしまうだろう。
だが、俺の頭の中には別の約束がよぎっていた。
「ごめん、ちょっとその日は先約があってな」
「えっと……、そうですか……」
ココは自分の胸の上で何かを手探りし、ぎゅっと握りこぶしを作って胸に当てた。ああ、もしかしてペンダントを探していたのかな?
ふと視線を上げると曇った顔があって俺は思わず目をそらす。
そらした先には得意げな表情のエルゼが立っていた。
「できたわ! さあ、たんと召し上がれ」
真っ白な皿の上に燃えカスとヘドロのキメラが鎮座していた。
エルゼは堂々と胸を張っている。
「これを、エルゼが?」
「その通りよ。わたし、借りは作らない主義なの」
「借り? まさかこれがお礼ってこと?」
俺の前にドカンと置かれた代物はお礼には見えなかった。
でも、エルゼのことだ。やるって言った手前、引けなかったんだろう。出発点はお礼だったに違いない。終着点がこれなだけで。
「そうよ! ちょっと不格好だけど、ココのを食べたんだからわたしのも食べなさい!」
いや不格好ってレベルじゃねえよ!
とは言えない。
意を決して食うしかないのだ。
「くっ……、いただきます!」
両手をパン! と合わせる。
そして箸をズブリとヘドロに突き刺すと、中で謎のつぶつぶ感がした。
ヘドロ的ジェルまみれの燃えカスなオブジェクトを口に放り込む。
……!
「バンくん!?」
横で声がした。その声は多重にサンプリングしたテクノボイスみたいにぐにゃりと歪んで聞こえる。
意識を持っていかれるッ!
「うおおおおおおおお!!」
食い尽くす!! ウォン! 俺は人間焼却炉だ!!
「バンくんそれは致死量ですよ!?」
「ちょっとバン! 何も無理して食べなくてもっ」
ゲフ。ゴロゴロ、ピシャッ! 胃の中が嵐になった。
涙目になったエルゼが俺を心配するように見つめている。
「ごちそうさま。次があるならもっと美味いものにしてくれ……」
「バン……。あんたって奴は……」
エルゼはとうとう涙ぐみながら俺の手を取った。
俺は最終ラウンドを終えたボクサーのように真っ白くうなだれた。
◆
一瞬、意識が飛んでいた。
周りを見るとエルゼが洗い場で皿の汚れと格闘していた。
すぐとなりでココがぶつぶつと何かを唱えているのが聞こえる。
「バンくん、エルゼ様……。そういうことなんですね」
隣を見るとココはしゅんと残念そうにしていた。
ココのお誘いを蹴ってしまったことの罪悪感が蘇ってくる。
「ココ、埋め合わせをさせてくれ。その日は難しいが、別の日なら」
たいそう驚いた顔をして、俺とエルゼを見比べた。なんでエルゼを見たんだろう。
「でも……。良いんですか?」
「ああ」
ココは終始エルゼのことを気にしながら、次の約束を持ちかけた。
その日は完全にフリーだった。俺は快く承諾した。




