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敵か味方か

 目覚めると顔と首が痛かった。スマホの充電も切れてしまっている。

 外を見ると昼だった。霧だから正確な時間は分からない。

 でも、寮は静かだ。朝ならもっと騒がしい。


「サボろう……」


 誰にも会いたくなかった。

 でも、関西さんやココの様子も気になる。無事なのか。

 サボってる間なら誰にも会わずに保健室へ行けるかもしれない。



 ◆



 保健室。消毒液の匂いと鉄の匂い。鉄の匂いは輸血パックのせいだ。

 常駐している保険医にココの居るベッドを教えてもらい、そこのカーテンを開けるとココが居た。全裸で。

 ハァ? なんで?


「バンくん? あっ、お見舞いに来てくれたんですか?」


 いや、普通のテンションで返事をされたけど、ベッドボードに背中を預けるココはどう見ても全裸だった。豊かな胸にペンダントが乗っかっている。


「あ、あの、ココ? 服はどうしたんだ?」


「エッ!? ……キャアアアア! 見ないでくださいっ!!」


 ココは掛け布団を抱きしめて、前を隠した。耳まで赤くなっている。うわっ、照れた顔も可愛い。って何してるんだ俺は!


「ごめん!」


 シャッ!!


 勢いよくカーテンを閉める。

 今までのしんみりした気持ちが吹っ飛んだ。

 早鐘を打つ心臓に手を当てていると、カーテン越しに背中から声がした。


「バンくん、入ってきて良いですよ」


「それじゃあお邪魔します……」


 こそ泥みたいにココのベッドルームに忍び込む。

 ベッドの上で掛け布団をぎゅっと握るココは、シースルーの寝間着を着て、恥ずかしそうに身を縮こませていた。


「ううっ、お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました……」


 いや、その服装も薄っすら肌が透けて見えるけど恥ずかしくないのか?

 そういえば寮の前でエルゼに人間の血の匂いがすると問い詰められた時に着ていたものと一緒だ。


「なんでまた服脱いでたんだ?」


「実は私、寝相が悪くていつの間にか服を脱いでるんです」


「そうか。いや、これは俺が悪い。一声掛けてからカーテンを開けるんだった」


 頭を下げる。


「頭を上げてください。本当ならもう授業に出ても良いんですから。もちろん制服を着て」


 言われたとおりに頭を上げてココを見る。


「なるほど確かに傷一つない。いつもの可愛らしいココだ」


「もう、バンくんってば」


 ココが頬を赤らめる。


「また何か心の声が漏れてしまったか?」


「そうですよ。気づいてなかったんですか?」


 気づいてなかったです、はい。

 でもこれは心のなかで言いました。


「はは、いや、それにしてもまさか昨日の今日で治ってるとはな」


「私を何だと思ってるんですか? 吸血鬼ですよ」


「その通りだ」


 昨日の朝に重傷で倒れてるって聞いたけど、今日の昼には傷一つない。

 俺なんかヒドラの蛇に噛まれた跡すら治ってない。

 人間とは桁違いの回復力だ。


「まあ、私は良い方ですよ。他の生徒はまだ眠ったままですから。血を浴びて無理やり獣化したことで体に負担が掛かっていると聞きました」


 他の生徒というのはヒドラに襲われた生徒だ。

 この口ぶりだと事の顛末は知っているらしい。


「そうなのか。あれ? ココは大丈夫だったのか?」


「いえ、私も血を浴びました。ただ、獣化しなかったのは、これのおかげだと」


 ココは胸の谷間からペンダントを抜き取った。

 ……その制服、サイズ合ってないと思うんだよな。って、あれ?


「石が割れてる」


「魔石がヒドラの毒の身代わりになったみたいです」


「そっか。まるでココの母さんが守ってくれたようだ」


「っ……。そうかも、しれませんね」


 ココは言葉に詰まり、ペンダントを両手でぎゅっと握りしめた。


 それから他の生徒について様子を聞いたところ、関西さんはすぐに治療されたので獣化しておらず、逆にドラクの腰巾着のキツネ目は療養中だそうだ。その中で意外な話を耳にする。


「エルゼがヒドラを倒したってのはドラクが言ってるのか?」


「はい。ヒドラ様に体を奪われたドラクさんがエルゼ様に助けられたそうです」


 事実と食い違っているが、俺の関与が隠れるなら都合が良い。


「そうか。それでエルゼは?」


「学園長に呼び出されているようですよ、ドラクさんと一緒に」


 そうか。ドラクに俺のことがバレてないなら良いが、そこはエルゼを信じるしかない。

 というかバレているならすでに寮に調べが入っているだろう。


「ふぅ。ひとまず一難去ったというわけか」


「その口ぶりはバンくんがヒドラ様を討ったのですね。バンくんはやっぱり吸血鬼ハ……んがっ」


 俺はとっさにココの口に手でフタをした。


「それ以上は秘密にしてくれ。頼む」


 完全にバレていた。半分人間であることはバレていてもハンターであることは明かしてなかった。

 頼んで何とかなるかよ。ハンター相手に吸血鬼が協力するわけがない。エルゼは別としてもココは……。

 おや? なんで顔を赤くしているんだ?


「んっ……」


 少し涙目になっている。

 その時、俺はココを押し倒すような姿勢であることに気づいた。


「あっ、ごめん!」


 跳ねるように退く。

 ココはひざをぎゅっと抱え込んで、ぶつぶつと何か独り言を吐き出していた。


「あわわ、バンくん、私にも心の準備というものがですね……」


「え?」


「えっあっ違う? 違いますか……」


 しょんぼりしていた。そんなに嫌だったとは。気をつけよう。

 そんなことより俺の正体をココにも知られてしまった。

 俺はカーテンから顔を出して周囲に人が居ないことを確かめ、ココにひそひそと声を掛ける。


「ココ、いつから気づいてたんだ? 俺がハンターだと」


「エルゼ様を一緒に探している時あたりですかね。探し方がプロでした」


「訓練を受けているからな」


「へぇ、すごいです!」


 ココは音を立てないように小さく拍手する。

 素直に称賛されると気恥ずかしい。


「それほどでも……じゃなくて! 気づいていたのは先週のことじゃないか。それなのにどうして」


「裏切らないのか、ですか?」


「ああ」


 吸血鬼にとってハンターは敵。まして学園に忍び込んだ俺は明らかに標的がいる。それくらい考えなくても分かることだ。なのにココからはみじんも敵意を感じなかった。それどころか。


「何を言ってるんですか、バンくんは」


 呆れられてしまった。


「なぜだ? 自分が狙われてるとは思わないのか?」


「その話はもう良いです。それより私、着替えるんで外で待っててもらえますか?」


 一方的に話を打ち切られ、渋々俺は保健室の前で待った。

 敵か味方か。それが一番大事なんじゃないか。

 俺はココの真意を知らなければならない。

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