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定期報告(5)

 自室。俺はスマホ片手にため息を吐く。ノーニャに報告するのは気が重かった。

 昨日の今日で俺はエルゼのことを特別な相手だと感じていたからだ。

 ノーニャの言葉を思い出す。


『吸血鬼は人間の敵デス。絶対に相容れない存在』


 特例血等Aだからとか、吸血鬼だからだとか、もう関係なくなっていた。

 俺はエルゼを一人の友人として尊敬している。

 もしもエルゼが俺の標的だったら討てるのか……、もはや俺には分からなかった。


「ノーニャ……」


 定時報告の時間はとっくに過ぎていた。

 俺は心のなかで「なんとかなれ!」と唱えながらアプリをタップした。

 ワンコールもしないうちに繋がる。


『バン! 無事なのデスカ!?』


 ひどく慌てた様子の白兎が画面にドアップで表示された。


「あ、ああ」


『聞きマシタ! 血等A――ヒドラと戦ったというのは本当デスカ?』


 もう情報が回っていたのか。

 そりゃあそうか。昼間にヒドラを倒して、もう半日は経っている。


「ああ。最後はエルゼが倒した」


『やはりデスカ。バン……。ゴメンナサイ。学園に逃げ隠れた血等Cの吸血鬼について新しい情報、出マシタ。ヒドラのことが分かったのがつい今朝だったのデース!』


「ヒドラはそのC級ヴァンパイアに寄生して学園に紛れ込んだわけか」


 そしてドラクを操って血液ドリンクを広め、学園の生徒を次の寄生先にしようとした。

 結果、寄生に失敗した生徒が獣化したというのが事の顛末だ。


『ヒドラを倒したのが特例血等A――羽鳥エルゼというのは本当デスカ?』


「ああ」


『そうデスカ。ヒドラは自分の血に意識を分けてマース。逃げようと思えば逃げられたハズ……』


 そういう能力だったのか。

 なら、関西さんに浴びせた血から復活できたと思う。

 そうしなかったのは奴なりに矜持を見せたからだろう。


「ヒドラは強かった。ビビって一歩も動けなかったのをエルゼに助けられた」


『羽鳥エルゼに……デスカ?』


「ああ。ココがヒドラに傷つけられて、俺とエルゼは協力してヒドラの尻尾を追った。ほとんどエルゼ頼りだったけどな」


 ココが傷ついたと知って頭が真っ白になった時も、ヒドラを前に腰が抜けた時も、油断してヒドラに体を乗っ取られた時も、あいつは俺を助けてくれた。


『バン』


 諭すように名前を呼ばれて慌てて補足する。


「いや、もちろんエルゼは吸血鬼だ。ちゃんと警戒はしてる」


 ノーニャは俺がエルゼの肩を持ったことを注意している。

 しょうがない。俺の半分は吸血鬼だから。

 首にしたベルトがいやにきつく感じた。


『なら良いのデース。ところで、羽鳥エルゼと交流を持っているのデスカ?』


「交流というと、まあ、そうなるのかな」


『ハラショー! 今まで誰も彼女に近づくことが出来ませんデシタ! もしかして真祖が持っていた最後の能力も分かりマシタカ?』


「それはまだだな」


 考えてみればエルゼについてほとんど何も知らない。

 鼻が良いこと。幼稚園卒。子供扱いするとキレる。

 あとは、日光をひどく嫌う……は吸血鬼だし当然か。


『ナルホドナルホド。でも、バンは引き続き自分の任務を優先するのデース! あと、ヒドラと接触したなら検査を受けてクダサーイ!』


「検査?」


『ヒドラの毒を受けているかもデース! 週末に霧宮島の神社で祭りがありマース。そこに紛れた機関の人間に会ってほしいのデース』


「祭りか……。あまり人混みは得意じゃないんだが」


 秋は全国的に祭りの季節だ。夜の屋台が連なり、人で賑わう。

 吸血鬼が表立って動きやすい日であり、吸血鬼ハンターは忍びにくい。


『だからこそデース』


「木を隠すなら森の中ってやつか」


『ええ。まだ任務は続くのデスカ? それとも見つかったのデスカ? 恋愛感情を抱く相手は』


「それは……」


 口ごもる。

 その相手がココとエルゼなのだ、と言うべきなのだ。

 でも、そう言えば俺は二人を討てるのか問われてしまう。


『おー? やっと見つけたのデスカー!?』


 ノーニャの期待混じりの声色を聞くと覚悟が揺らぐ。

 どちらかが明確に標的だと分かれば、きっと決意できるはず。

 それまでは……。


「もう少し見極めたい。大丈夫か?」


『そうデスカ。ダイジョーブ! ……とワタシは軽々しく言えマセン。学園に長く居れば標的かもしれない相手と長く居るコトになりマース!』


 すなわち「二人を討てるのか」という意味だ。


「俺は人間だ。それは変わらない」


『ならダイジョーブ! ワタシはバンを信じマース! それと姫里ココについて情報が入りマシタ』


「ああ、前に頼んでいた奴か。どうだったんだ?」


 空腹で腹が鳴った日のことだ。ココに助けてもらった。

 俺のことを昔なじみと表現した彼女は、もしかしたら俺と過去に会っているかもしれない。

 もしそうなら俺を噛んだ張本人の可能性が高まる。


『六年前、姫里ココは連続殺人事件の参考人になっていマシタ』


 ……は?

 一瞬、言ってる意味が分からなかった。


「連続殺人事件……?」


『はい。男が五名、女が一名、殺害されていマス』


「当時は十歳だろ。なんでそんな……」


『それは不明デース。ただ、遺体は全身の血を抜かれた状態で発見されていマス』


 吸血鬼の被害に遭った人間の死に方に間違いなかった。


「機関でココは討伐対象なのか?」


『いいえ、違いマース! この事件の犯人は機関が今も追っている吸血鬼デース!』


 なるほど。じゃあ、そいつがココの主人かもしれない。


「そうだ、ココは吸血鬼の被害者だろ。機関が俺みたいに保護しなかったのか?」


『バンは別デース! それに、ワタシたちは人を守るための機関ではナク、吸血鬼を討つための機関なのデース!』


「でも、もし保護していればココは吸血鬼にならずに済んだはずだ」


 そしてハーフで悩んだり、止まない渇きに苦しめられたりしなかった。

 すべての吸血鬼は主たる吸血鬼に生かされているに過ぎない。


『それは無理デース……。ワタシたちは人手も資金も時間も不足していマース。とてもただの人間を保護できる余裕はないのデース』


 俺がただの人間じゃなかったから保護できたという訳だ。

 本来なら死んでいた命。

 吸血鬼になっても、吸血鬼ハンターになっても、俺は生かされているだけに過ぎないのだ。


「分かってる。わがままを言ってすまない」


『構わないデース! ワタシはバンが望む物を差し上げマース! 遠慮なく言って欲しいのデース!』


「……」


 俺は言葉を返せなかった。

 ノーニャの出来る範囲で助けてくれるんだ。

 それで満足しろよ、俺。


『報告は以上デース! 何かあったら連絡お願いしマース!』


 白兎は一方的に通話を切って巣穴に帰っていった。

 俺はベッドに倒れ込み、枕に頭をうずめた。


「――――!!」


 枕に向かって叫ぶ。こもった声が自分に返ってきた。

 人生って本当に欲しいものは手に入らないのか?

 そんなのは嫌だ。俺は、俺は……。

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