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太陽に背を向けて

「バン! 手を出して!!」


 言われるがまま手を出す。まるで暖かな風に引き上げられるような気分だった。

 俺はエルゼに崖の上に引っ張り上げられた。


「エルゼ、ありがとう」


「泣いてるの?」


「ああ、これは俺の涙じゃないんだ」


 ヒドラが俺の体を借りて泣いたんだろう。


「そう。でも、泣けるのは人間の証よ」


「ああ」


 まるでエルゼは俺がもう人間だと分かった上で話を進めているようだった。

 そして大きくため息を吐いた。


「あんたが半人間で吸血鬼ハンターねぇ。ぜんぜんそんな匂いはしないのに」


「……怖くないのか?」


「は? あんたを、わたしが? まさか」


「じゃあ食おうと思ってるのか?」


 とっさに怪我した左手を隠した。


「馬っ鹿じゃないの?」


 こめかみのところで手をくるくるさせた。

 完全におちょくってくるじゃないか。


「俺は人間で、お前は吸血鬼だぞ。殺すか殺されるかの関係だ」


「あんたの生きてきた世界じゃそうなんでしょうね」


「それが現実なんだよ」


 こいつ、何が言いたいんだ?


「世界は広いわ。吸血鬼のために生きる人間もいる」


「俺に吸血鬼の奴隷になれ、と?」


 人間が吸血鬼に仕えるのはいつか自分も吸血鬼にしてもらうためだ。役割は様々あるが、血と生気を分け与えるための食料だとか、エサになる人間を引き込む死の案内役だとかだろ。いずれも人間の敵。時折ハンターを騙す厄介な敵だ。


「ええ。でも、自由はあるわ。あんた、半分吸血鬼なんでしょ? 主人は?」


「分からない。それを探しに来た」


 エルゼは合点がいったように膝を打った。


「ああ! だから『誰かを殺す』って言ってたのね」


「覚えていたのか」


 エルゼに最初に出会った時だ。


「で、見つかった?」


「少なくとも殺す相手は断定できてない」


 言葉を濁した。ココかエルゼだ、とは言えないから。

 お前を殺そうとしていると打ち明けたら、いくらエルゼでも俺は殺されてしまう。まして、今ヒドラと戦ったばかり。もう体力が残っていない。


「一緒に探してあげよっか?」


 なんでこんな時に優しいんだ、お前は。


「良い。お前にバレたから俺は撤退だ。今日じゅうに学園を去る」


「え、なんで?」


 余計なことを言ってしまった。

 変に詮索されたらここで殺されるかもしれない。

 でも、俺を怖がらないし、食おうともしてない相手だ。話してみるか?


「……ダメだ。これは言えない」


「えー、言いなさいよ。さっき、あんたのこと助けたじゃない」


「もしかして俺を崖に突き飛ばしたアレのこと言ってる?」


「ええ」


「えええ……、思い切り殴ったじゃん」


 殴ってどうにかなるような状況だったか、あれ?


「だってあんたが人間だって分かったもの。なら、日光が弱点にならないならヒドラに負けないと思った。それだけよ」


 なんだかエルゼの手のひらで踊らされているような気分になった。

 そんな都合よく行くか、普通?


「そうだ、日光を怖がってたじゃないか」


「今だって怖いわよ! こんな所すぐにでも去りたいもの」


「ご、ごめん……」


 そうか。勇気を振り絞ったのか。不覚にも妙な詮索をしてしまったのは俺だったようだ。


「良いわ、許す。というか、あんたと居るとたくさん新しいことを知れそうね」


「でも俺は学園を去る」


「そう。ならわたしもこの学校やめるわ」


 エルゼの興味が急に俺に移ったらしい。血の匂いを追いかけ回したり、変なことにこだわったり、おかしな奴だ。


「やめても一緒には居られない」


「なんで?」


「機関……、ハンターの組織に戻ったら死ぬか、実験体にされる。もちろんそれを理解ってここに主人の討伐へ来た」


 半吸血鬼は貴重な個体だ。吸血鬼化した最初、拾ってくれたのがノーニャじゃなかったら俺は今でも実験体だった。


「なおさらダメ。わたしの許可なく学園を去ったら、わたしはあんたを殺すわ」


「そんな脅しに応じるかよ。俺はハンターだ。殺し返す」


「じゃああんた、どうするのよ!」


 エルゼはぐいっと体を寄せて、俺の両肩を掴んだ。

 このまま押されたら崖まで転げ落ちそうだ。


「お、おい」


「というか、どうしてほしい? 何でも言って。あたし、あんたのこともっと知りたい」


 いつになく積極的だ。

 俺は燃えるような瞳にほだされてしまったのかもしれない。エルゼから目を離せなかった。


「俺だって学園に残りたい。残れるなら! だけど俺はハンター、任務が絶対だ。それに人間だ!」


 ノーニャに恩がある。ハンターとしての矜持がある。人間としての自覚がある。それでもなお、俺は……。


「構わないわ。わたしがすべて隠し通す。わたしは何百年も姿をくらまし続けた真祖の最後の能力を引き継いでいる」


 真祖は自分の力を十二人に分けたという。最後に残った力はエルゼが持つ。最後に残った力、それは姿をくらますのに適した能力なのか?


「ちなみにその能力って?」


 人差し指が俺の唇に当てられた。


「それは秘密。でも、わたしと一緒に居たら分かるかもしれないわよ?」


 くそ、なんて策士だ。吸血鬼ハンターが欲しくてたまらない真祖の情報をチラつかせるなんて。

 でもそうやって引き留めようという腹なんだろう。

 やっぱりエルゼは吸血鬼らしい。


「ふっ、わかった。俺は学園に残る」


「良い心掛けね。ったく、もっと早く決断しなさいよ?」


 片目を閉じて忠告した。

 そんな時、湖の方から声が聞こえてくる。


「だれかぁ! 僕はなぜここにいるんだ! たすけてくれぇ!!」


 ドラクの声だ。

 オカマ口調でもないし、間違いなくドラクだ。

 生きてたのか。


「助けるの?」


「もうじき日が落ちる。自力で登ってくるだろ」


 それに日が出ているうちに行ったらドラクにも人間だとバレかねない。


「それもそうね」


 エルゼは先に山を下りた。

 俺は霧で霞む太陽に背を向けて、エルゼの後を付いていく。

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