霧の終わり
俺は微笑むエルゼの顔にシャッターを切るように目を閉じる。そこで気持ちを切り替えた。
俺はハンターだ。ただ、銀炎術は使えない。エルゼに正体がバレるから。
「よし、倒すぞ。作戦を考えた」
「作戦?」
「森の奥へ誘い込む。そこで湖に突き落とす。巨体でもそこなら沈むだろ」
それに銀炎術を使わなくても済む。もちろん言わないがな。
「わかった。あいつも匂いでわたしを追うはずよ」
真祖の血を持つ吸血鬼はみんなそうなんだろう。
俺は教会の裏から森に入る。寮のある方へ向かって木立を進む。ここはいっそう霧が深い。そういう術が掛けられている。少しでも離れると、後ろを歩くエルゼが俺を見失ってしまいそうだった。
「エルゼ、こっちだ」
俺は自然とエルゼに手を差し出していた。
「何よ」
「いや、これだけ霧が深いとエルゼが俺を見失わないかと思って」
「は!? わたしが迷子になりそうなお子様って言いたいわけ?」
キレられた。
そんな風に思ってるわけないだろって言っても無駄なんだろうなぁ。
「レディ、エスコート」
とっさに口をついて出たのはそんな言葉だった。紳士淑女を嗜むような場面では一切ないんだけどな。
俺はひざまずいて、エルゼに手を伸ばす。
「あら、そ。じゃあ案内を頼むわ」
チョロすぎるだろ。
内心でツッコミを入れつつエルゼの手を取った。
やっぱり吸血鬼。ひどく指先が冷たい。恐怖で冷たいだなんてことこいつにあるわけがないだろうし。
「じゃあ先を急ぐぞ」
俺はさらに森の奥へ行く。かなり急勾配な山道だ。どんどん霧が深くなる。
だが、真っ白な霧が一瞬で開けた。
その時、エルゼが足を止める。
「どうした?」
振り向くと霧のベールでエルゼがよく見えない。
つないだ手がかろうじて、そこにエルゼがいることを教えてくれている。
「あんた、この場所に何があるか知ってるの?」
「たぶんこの辺りが頂上だろ? ココが言ってた。で、その奥は崖で湖に通じているはずだ」
学園は山の中腹にある。森の奥は山の頂上に通じているのだ。ここに潜入する前、山頂が切り立った崖になっていることは事前に確認している。近寄ると危険だと言ってたのはこの霧のせいで湖に落ちてしまうからなのだろう。
「そう。でも、わたし行けない」
なんで?
そう問おうとしたが、出来なかった。エルゼの手が小刻みに震えていたから。
怖がっている。何に? 俺の背中にほんのり温かさを感じた。……ああ、これは。
「そうだな。ここから先は霧が薄いみたいだ」
吸血鬼は直射日光が弱点。
だが、霧は消えきっていない。薄っすらとした日光だ。半吸血鬼の俺が大丈夫なら、エルゼも大丈夫なはずだ。
エルゼの手を引いてもてこのように動かない。
「無理よ。知ってるでしょ? 吸血鬼が日に当たったらどうなるか」
灰になって消える。
「そんなこと百も承知だ。じゃなきゃヒドラは倒せない」
「相打ちになるつもり? そんなの作戦とは言えないわ!」
霧で表情が見えない。でもいきり立っているのはよく分かる。
「違う。湖に落とすんだ。湖までは霧がある。直射日光じゃなきゃ灰にならない」
「嫌! わたしはこの学園に来るまで一人で太陽を避け続けた。十年よ。万が一でも日がある場所は無理!」
そうだ。エルゼは他の吸血鬼とは違う。
ココのように親がいるか、ドラクのように強力な吸血主人の下で育てられたわけじゃない。
エルゼの主人は真祖らしい。得体も行方も知れない影の存在が配下を育てるとは考えられなかった。
「ごめん。エルゼの事情を俺はよく知らない。でも、これだけは言える。ここで怖気づいていると……!」
針のような殺気が霧の向こうに感じた。
俺は動かないエルゼに代わって霧の中に飛び込んだ。




