逃げない馬鹿
ココから聞いた話では、十二血族とは真祖から血と能力を分けられた十二人だと言う。
つまり、こいつの強さは血等Aということ。
エルゼはそんな相手にメンチを切る。
「あんたに体を奪われるなんてご免被るわ。それにあんたの血に触れたくもない」
「この子、言うワ~! アタシの血液サラサラなん・だ・か・ら」
その瞬間、エルゼと俺の間に入り込んで、エルゼに回し蹴りを食らわせた。
ドン!
ピンポン玉のようにエルゼが地面に一度跳ねると、そのまま教会の壁を突き破って中まで吹き飛ばされた。
「エルゼ!?」
一歩も動けなかった。
ダ、ダメだ。
勝ち目がない。
Aランクだし、十二血族だし、ドラクもエルゼも倒されてしまったし。
ここで俺は死ぬのか?
「飛んでっちゃった。この体、やっぱりダメだワ~!」
愉快そうで面倒くさそうな言い方をしながら、俺の横をゆうゆうと通り抜ける。
まるで俺のことが視界に入っていないみたいに。
……良かった。やっぱり俺なんか眼中にないんだ。
「……!」
は?
何を考えているんだ、俺は!
良かった、だと? 馬鹿か、俺は! こいつを、ヒドラを……!
「あらん? アナタ、アタシを睨みつけたワねぇ?」
気がつくと視線がヒドラを射抜いていた。
でも、脚は根を張ったみたいにまったく動かない。動け! 動け!
念じたところで動かない。エルゼが居たなら何と言う? 動かなくて当然だ。俺は今、ビビってるんだ。ビビってるならどうする?
「お前、オカマだろ!」
ヒドラに人差し指を向けて言い放った。さっきこの言葉でブチギレていたからだ。
ブチッ
何かが切れる音がこっちにまで聞こえた。ヒドラは白目を向く。
「このガキャーーーー!! アタシはオカマじゃないワヨォ~!!!!」
「いや、どう見てもオカ……ぶっ」
見えない衝撃が俺の顔面にぶち当たった。
それがヒドラの蹴りだと気づいた瞬間、俺は吹き飛んでいて、そのまま水中に沈んだ。突然の水中で鼻から水を吸う。痛い。
でも、これでいい。蹴られでもしなきゃ動けなかった。
水中から顔を出す。池だ。頭上にヒドラが瞬間移動していた。
「殴蛇」
空中でヒドラの手が蛇のようにうねると、何匹もの蛇へと見た目を変え、その蛇が一斉に襲いかかる。
一匹目を避けて二匹目、三匹目が続けて来る。避けられない。
「う! うっ、ぐはっ、うわああああっ!!」
雨のように降り注ぐ攻撃を受け、俺は再び水の中に沈んだ。池の水は淀んで臭く、濁って前もよく見えない。だが、代わりに水面を打つ拳の音がはっきりと聞こえた。俺はその音を頼りに攻撃を受け止める。その拳を両手でつかんで一気に引く。
「アタシを水に引きずり込んでも無駄よ!」
「それはどうかな」
そいつの体はドラクなのだ。
「嘘ぉ!? 溺れっ……」
「どうだ! ドラクは泳げないんだ!!」
飛ばされたのが池で良かった。そうじゃなかったら、こんな反撃できもしなかった。
ぶくぶくと沈んでいくドラクの体を持つヒドラを尻目に俺は急いで池から上がる。
浮かんでこない。やったか?
「このガキィッ!」
「何!?」
首だけがニョロニョロと水面から飛び出た。
次に巨大な腕が出てくる。怪獣映画を見ているみたいだ。
「やっぱりこの体もダメねぇ! 形を保っていられないワ。でも、ちょうど良い!」
両腕が揃う。
……こいつ、変身するのか?
首と腕だけの奇形が犬かきをするように回転するが、上手く前に進めていない。でも、少しずつ体が大きくなっている。このまま行けばこちらにたどり着く。そうなれば終わりだ。ヤバイ。池じゃ溺れない? どうしたら良いんだ? いや、どうすることも出来ないのか?
「馬鹿! ぼーっとするな!! 逃げなさい!!」
背後から声がした。でも声で分かる。エルゼだ。
「ぶ、無事だったのか!?」
「そうよ! ほら早く! 一度、教会へ逃げるわよ!!」
でも、エルゼの体は細かい傷がたくさん付いていた。
俺はエルゼに手を引かれて教会へ逃げ込む。
教会に着いてもヒドラの殺気が伝わってきた。
「し、死ぬかと思った」
「ええ、死んだと思ったわよ。でも運が良いわ。考えてみなさい。なんでヒドラはドラクの体を奪ったのに、他の生徒に血液ドリンクを飲ませるようなことをしてたの?」
「え?」
いきなりの質問で頭が追っつかない。
そう言えば血液ドリンクが出回ってた頃、ドラクは今みたいなオカマ口調じゃなかった。
「分かったようね。恐らく完全に奪いきれてないのよ」
「そう言えば体を保っていられないとか言ってたな」
池で両腕が巨人のようになった時だ。
「そう。神出鬼没の獣は血液ドリンクの副作用という所かしら」
エルゼの結論を奪う形で俺が繋げる。
「ドラクの体を奪ったヒドラは学園じゅうで次の体を探してた」
「ええ。そして、本調子じゃないヒドラからなら逃げられる」
光明が見えた。だが、一つ気になってしまう。その言い方がまるで他人事みたいだったからだ。
「エルゼは?」
「あいつはわたしを狙ってんのよ。あんたは逃げなさい」
「……いやだ」
独り言みたいに言い返す。
そんなの当然だ、と格好つけられたら良かった。さっきの俺は狙われなくて良かったと一瞬でも思ってしまったから。
「え? 何と言ったのよ?」
小さな声で聞こえなかったのだろう。
俺はエルゼをふたたび見据える。
「いやだと言ったんだ。俺の目的は獣を倒すことだ。それに」
「それに?」
「俺はエルゼと一緒が良い」
だってこの目的はエルゼが居なかったら持てなかった。涙を隠してたくせに、泣いたことを明かしちまうようなお前の気持ちに乗っかってるんだよ。
「は? 馬鹿なの?」
なのにエルゼは意味不明と言う顔をする。返せよ、俺のセンチメンタル。
「うるせえ、馬鹿だよ! 馬鹿で悪いか?」
何を言っても無駄だと言う意味で尋ねると、エルゼはふっと笑みをこぼした。かわいい。
「ココがあんたを慕う理由、少しだけ分かった気がするわ」
え? それってどういうこと?
この戦いが終わったら小一時間その気持ちについて教えてもらいたい。




