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獣の正体

 教会へ来た。池のほとりで足を止める。息が上がってぼーっとする。

 エルゼは息一つ乱していない。

 先に着いていたゴリラが教会を指差す。


「遅いぞ! 早くあれを止めてくれ!!」


「はぁ、はぁ、はぁ。待て。あれを止めろって……え?」


 俺は目を疑う。いや、これこそが探していたものなのだ。

 教会の入り口に手があった。巨大な手だ。爪は船の碇のように曲線で、教会の外壁を食い破っている。あれほどの手があるならどんな巨人が中にいるのだろう。いや、あんな巨人が狭い教会に入り切るわけがない。


「あの手から血の匂いがするわ。でも、この血の匂いは死者の血の匂い」


 エルゼは少し残念がった。だが、短く息を吐いて気持ちを整えたようだ。

 そういえばノーニャが言っていた。吸血鬼は血そのものではなく、血を通して生気を吸っているのだという。

 その時、いびつな体の怪物が教会から飛び出てきた。


「来るぞ!」


 俺は二人に声を掛けた。

 怪物はうめき声をこぼしながら俺たちめがけて走ってくる。


「タイ……、イタイ……!」


 ブン!

 巨腕を横薙ぎにする。


 すんでのところで回避。

 着地と同時にゴリラが脚を止めていた。何をボケッとしてるんだ。危ない。

 ゴリラが怪物に指をさした。


「まさか、お前っ!?」


 指さされた先は腕の付け根。いや、この学園の制服を着た少年だ。

 俺はゴリラに尋ねる。


「……嘘だろ? ドラクがおかしくなったと言ってたが」


「ああ、まるで人が変わったみたいに」


 人が変わったってレベルじゃない。どう見ても怪物じゃないか。


 ヒュン!


 その時、凄まじい風圧で視界を奪われる。


「なんだ!?」


 目を開けた時、目の前にいた獣が空高く吹き飛ばされていた。

 そして今まで怪物がいた場所に人影がある。

 俺の見間違いじゃなければ、ドラクだ。


「また失敗なのよねぇ」


 ドン!


 獣が彼の背後に落下した。

 ドラクは舞い上がる土埃を「嫌だわ」なんてつぶやきながら手うちわで払った。

 獣の体が収縮し、そこにはキツネ目の男子生徒が転がっていた。こいつは確かドラクと行動していた腰巾着その二だ。でも、腰巾着とはいえこいつらは仲間じゃないのか?


「……ドラク、だよな?」


 そう尋ねたら、ドラクらしき少年は俺に指差した。


「違うワ。……これも違う」


 次にゴリラにも指を差して、何かを確かめているようだった。

 指さされたゴリラはドラクに駆け寄る。


「ドラク様! なんで! オレら仲間じゃないんスか!?」


「おだまり」


 スパッ


 それは軽い手刀に見えた。


「え?」


 なのに、ちょうどハサミを勢いよく閉じた時のような音がして、ゴリラの胴体が真っ二つになった。

 ゴリラも自分が切られたことに気づいていないみたいだった。上半身がずるりと地面に落ちるまでは。

 ゴリラの体はキツネ目の生徒の隣で崩れ落ちるのを見て俺は我慢できなかった。


「お、おい! こいつらはお前の仲間じゃねえのかよ!!」


 思わず激高する。

 なのにドラクは俺を無視して人差し指をエルゼに向けた。


「見ぃつけた」


 そう言った瞬間、エルゼの頭上に瞬間移動し、後頭部から押さえつけるように地面へ組み伏せた。


 ドン!


「うっぐぅ……!」


 悲鳴とも呻き声とも取れる潰れた声を出した。


「エルゼ!」


 その呼びかけでエルゼが俺を見る。自分を組み伏せる相手を一瞥した。


「こいつはドラクじゃない」


 俺はドラクを見たが、どう見てもドラク本人だ。

 話し方や立ち居振る舞いは違うようだが。

 俺の疑問にドラクではないらしいそいつが答える。


「あンらぁ、その通り~。アタシはこんな雑魚吸血鬼なんかじゃないワ。そ・れ・に」


 そいつはエルゼの首筋に顔をやり、スンスンと匂いを嗅いだ。


 ペロリ


 そして蛇のように細長い舌でその首を舐めた。


「ひっ」


 エルゼが顔を青くする。


「やぁぁぁぁっぱりぃ! この子にするワ~! アタシの新しいカ・ラ・ダ!」


 身をくねくねさせながら恍惚の表情を浮かべる。


「は? オカマか?」


 意味がわからず、思わず本音が飛び出る。

 その瞬間、そいつの手が蛇のように伸びて俺の首を掴んだ。

 抵抗しても無駄だった。凄まじい握力でびくともしない。


「アナタ……、今アタシのことオカマと……、いっだのがぁぁぁぁん!?」


 話しながら急に豹変し、俺の首を締める腕に力がこもる。

 呼吸が止まる。


「うぐっ」


 ブチリと首から音がする。

 だが、これは首が千切れた音ではなく、銀の首輪の革が千切れた音だ。


「ぎ、銀!? こいつッ!!」


 そいつは俺から腕を離して、押さえつけていたエルゼも置いて後退した。

 俺は四つん這いになり、エルゼは片膝を立てて、呼吸を整える。

 エルゼが俺に振り返る。頬に付いた土がこぼれ落ちた。


「あんなものまだしてたの、あんた」


「こういう時に役立つんだよ」


 吸血鬼は常に人間の首を狙って攻撃する習性があるからだ、とは言えない。

 それにしてもあいつは何者なんだ。

 いや、待て。何か忘れていた気がする。


『……あ、そうデシタ。昨晩、霧宮島に討伐対象の吸血鬼が紛れ込んだ、という情報がアリマス』


 頭に浮かんだのはノーニャの報告だ。

 たしか、Cランクの吸血鬼だったはず。

 いや、おかしい。ゴリラを瞬殺した吸血鬼がCランクなわけあるか?


「何よアナタ……。銀なんて仕込むとは吸血鬼ハンターのつもり?」


「さあな。お前こそ何者なんだ?」


 隣でエルゼが輸血パックを取り出した。関西さんのところに落ちていたものだ。


「あんたからこれと同じ匂いがする。どういう意味かしら?」


「も~、ガキはこれだからヤんなっちゃうワ~! せっかちは嫌いよ~?」


 大げさなジェスチャーをよこす。


 ビシャ!


 エルゼが輸血パックを手首のスナップだけでそいつの足元に投げ飛ばした。


「ガキ!? わたしはレディよ!!」


「ちょ、エルゼ?」


 そうだった。こいつ、子供扱いするとすぐキレるんだった。でも目の前にいるのはゴリラを瞬殺するような意味不明なドラクなんだぞ。

 そんな俺の気遣いを無視してエルゼは続ける。


「……良いわ! わたしが説明するもの!! この血液ドリンクを飲んだドラクはあんたに体を乗っ取られた。つまり血液ドリンクはあんたの意識を運ぶ代物。そうでしょ!?」


 思わず黙ってエルゼのキレ気味な推理に聞き入る。

 どうやらその推理は正しいようで、そいつはくつくつと笑いながらお世辞めいた拍手をする。


「ブラボー! よく出来ました。アタシのカラダになるんだからそれくらいの脳みそは欲しいわよねェ」


 俺は話に付いていけない。

 そういえば、十二血族たちは何か人智を超えた能力を持つと聞く。あれだ、少年漫画によくある異能力というやつ。だが、俺はそんなもの見たことがない。なぜなら能力を持つのは十二血族、すなわち血等ランクAの吸血鬼だけだからだ。


「……まさか十二血族なのか?」


 嫌な考えが口から漏れる。

 ドラクだったそいつはニタァと嗤った。


「ご明察。アタシは十二血族の六、ヒドラよ!」

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