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次なる犠牲者

 二階まで下りた時、ぞろぞろ階段を下りる生徒の集団にぶつかった。

 俺の先を行くエルゼが舌打ちする。


「何よこいつら! 邪魔!」


「あっ、そうだ。一時間目は体育だって関西さんが言ってたな」


 そんな時、体操着に着替えた関西さんの友人が俺に声を掛けてきた。


「あれ? あの子と一緒に体育館に行ってたんじゃないの?」


 あの子ってのは関西さんのことだろう。いつも彼女は二人一組で行動してるから。

 でも今はそれどころじゃない。


「ごめん! 今急いでるんだ」


 俺は人波を掻き分けて階段を下りる。

「危ないだろ!」と怒鳴られた。たしかに階段で前の人を押しのけるのは危険だ。

 だが、そんなのお構いなしな奴が一人いた。


「は? 死にたいのかしら?」


 ドスの効いた低音ボイスでエルゼがバキボキと指の骨を鳴らす。

 大半の生徒が「エ、エルゼ様!?」と素っ頓狂な声を上げて道を譲った。


「うわ、人が避けてら……」


 俺はネコバスならぬエルゼバスに乗り込んで、体育館へと向かった。



 ◆



 体育館は階段を降りてすぐの渡り廊下の先にある。

 その渡り廊下でエルゼがパタと足を止めた。


「血の匂いがする」


 エルゼは鼻が良い。

 だからその感覚を俺は信じた。


「獣がいるかもしれない。用心して向かうぞ」


 俺は先行して体育館の扉を開く。フロアまでの短い廊下がえらく長く感じられた。フロアの扉に手をかけ、ゴクリとつばを飲み込む。エルゼに目配せしようとしたら、エルゼに腕を掴まれた。

 エルゼは俺だけに聞こえるように小声でささやく。


「血の匂いが二つあるわね。人の血の匂い、そして吸血鬼の血の匂いよ」


「それって」


 エルゼの同意を待たずに扉を開けた。嫌な予感しかしない。

 案の定、体育館のフロアの真ん中で一人の女子生徒が血まみれになって横たわっていた。


 ……くそ!


 俺は女子生徒に駆け寄る。

 傍らを並走するエルゼは辺りの気配に集中しているのか、目を閉じながら駆けていた。


「近くに獣の気配は無いわ」


 冷静すぎて少し怖いが、俺たちの身を案じての行動だ。

 頭では分かっている。でも、俺はあと一歩で次なる犠牲者を出したことが悔しくて仕方なかった。


「そうか。でも今はこの生徒を助け……え?」


 俺は目を疑う。


「どうかしたの?」


 横からそんな声がして、次に何かを言ってたが、まったく頭に入らない。


「関西さん……!」


 それは関西弁のクラスメイトだ。気さくで体を動かすのが好きな元気系の子で、ココの次に仲良くなれた相手。


「知り合い?」


「ああ、友達だ」


 関西さんはぐったりしているが、かろうじて息があった。

 胸部はどす黒い血に染まっている。口から黒い血を吐いているようにも見えた。

 吸血鬼がこの程度で死なないと分かっていても見るに堪えないものがある。


「バン、よく見なさい」


 エルゼが関西さんの血に染まった体操着を指さす。

 意味がわからない。


「何を好き好んで友達の血を見なきゃならないんだ」


「この血は彼女のものじゃないわ」


 エルゼが関西さんの傍らに落ちていたものを拾う。

 血まみれになったそれは輸血パックのようだ。


「まさか血液ドリンクの血なのか?」


「確かめてみなさい」


「……失礼して」


 俺は関西さんの胸をできだけ優しく触る。

 たしかに傷らしきものは無い。それに鮮血ならもっと赤いはずだ。

 エルゼに向き直ると、なぜかドン引きしていた。


「なんだか触り方が変態的ね。童貞?」


「ど、ど、ど、ど、童貞じゃないぞ! お前が確かめてみろって言ったんだろ!」


 こいつ緊急事態なのにトボけたことを抜かしやがって。


「だって怖い顔していたんだもの」


「……そうかい」


 ココに引き続き、関西さんまで被害に遭って、自覚は無いものの俺はかなりの衝撃を受けているのかもしれない。

 エルゼなりのアイスブレイクということなのだろう。

 他にやり方がある気もするけどな。


「ふう、どうやら繋がりが見えてきたわね」


「ああ」


 俺はエルゼと顔を合わせうなずく。確信があった。

 他の生徒たちがやってきて、軽い騒ぎとなる。俺たちは事情を体育教師に説明した。関西さんは保健室に運ばれた。俺とエルゼを含めた生徒全員が安全のために教室待機となった。



 ◆



 教室へ向かう途中の渡り廊下で誰かに引き止められる。


「待てよ」


 振り返るとそいつは無駄に巨体の男子生徒。いつもドラクの横に引っ付いているゴリラだ。一応、クラスメイトだが教室に来ている姿はロクに見たことがない。ドラクと共に不良仲間なのだろう。


「なんだ、離せよ」


 振りほどく。意外にも簡単に解放される。


「ああ、悪かった。やり合おうって腹じゃねえんだ。ドラク様が、ドラク様がよぉ……!」


 彼はすがるように俺の両肩に手を置いた。ずっしりとして熊にでも掴まれているような重さだ。しかも、辺り構わずそうするものだから生徒たちの歩く流れをぶった切っている。

 それだけ必死ということなのだろう。


「おいおい、どうしたんだ」


「ドラク様が大変なんだ! 良いから来てくれ!」


「あ、おい!」


 ゴリラは俺の同意を待たずに駆け出す。

 教会がある方角だ。俺は彼を追いかけようと人混みを抜け出す。

 そこでエルゼが一人で佇んでいた。目を閉じて集中している様子だ。


「同じね。まったく同じ匂いがする……」


「エルゼ?」


 彼女はまぶたを開ける。赤い瞳がきらめいた。


「バン、血の匂いがするわ。これと同じ血の匂いが」


 ポケットから輸血パックを取り出した。

 教師に預けなかったのだ。きっと自分で獣を探すために。

 そしてゴリラが走っていった方角と同じ方に指をさす。


「教会だな? 血液ドリンクの匂いがするのは」


「ええ。あんたも分かったの?」


「いや、俺はドラクが大変なんだとあいつに呼び出された」


「そう。いいわ、早く行きましょう。今までに無いほど血の匂いが強いもの」


 俺は首肯してエルゼと共に教会への道を駆けた。

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