エルゼの後悔
翌日、教室へやってきた俺は、ココが屋上行き階段で意識不明だ、という話を耳にする。
意識不明?
どうして屋上行き階段に?
なんでココが?
「くそ!」
バン!
机を叩く。ミシ、と亀裂が入る。
俺に事情を話してくれた関西さんが驚いた目を向けた。
「バンさん?」
「ココは今どこに?」
「保健室やと思うけど」
「ありがとう。分かった」
「え!? 一時間目は体育やで! 着替えんで良いの?」
俺はその質問に答えず、教室を飛び出た。
「うわっ」
ドン!
廊下に出た瞬間、誰かにぶつかる。
「おっと。どうしたバン少年。そんなに慌てて」
よろめいた俺は肩を掴まれ支えられる。
顔を上げるとディンゴ先生が面倒臭さ三割くらいで心配そうな顔をしていた。
「ディンゴ先生、どいてください! ……うっ」
脇をすり抜けようとしたのに、肩を掴まれたまま動けない。
なんで止めるんだよ。今それどころじゃないのに!
「落ち着け。いったいどうしたというんだ?」
「ココが大変なんです! だから!」
ディンゴ先生は一〇〇%面倒臭そうに息を吐いた。
それでも肩を抑える手は緩まない。
「ココ君はさっき様子を見てきた。まだ目が覚めないそうだ」
ひゅっと息を吸って、呼吸が出来なくなった。
やっぱり本当なんだ。
何でも良い。ココの助けになりたい。
「離してください、先生。ココの所に行かないと」
「待て、バン少年。行って何をする」
「何でもする。ココを助けるためなら」
「なら、何もするな」
は? ディンゴ先生は何を言ってるんだ?
そんな俺の気持ちを汲むように、先生は廊下へ目をやった。
「……エルゼ?」
一瞬だれか分からなかった、いつも不遜そうなエルゼと打って変わってうなだれていたから。
昨晩ノーニャと話したことを思い出す。
エルゼは特例血等Aの討伐対象で警戒すべき吸血鬼だと。
「……さい」
ぽつりとエルゼが言った。決壊寸前のダムに亀裂が入るように。
「え?」
「ごめんなさい! わたしのせいでココが……!」
面を上げたエルゼは俺の顔を見て、顔をそらした。
目元が赤くなっている。
「エルゼ……」
こいつが特例血等A?
そんな風には見えなかった。
「わたし、ううっ……」
言葉に詰まって答えられないエルゼに変わってディンゴ先生が補足する。
「何でも昨日の放課後、エルゼ君とココ君は一緒に居たらしい。目を離した隙に襲われたんだ」
「襲われた?」
「ああ、いま学園を騒がせている獣にな」
そんな……!
学園に獣が入った話は聞いていた。調理室にも傷跡が残っていた。
流れるプールと女子寮の裏だったはずだ。
「でも何で屋上行きの階段で?」
「それは分からん。これから調べが入るだろう」
くいくい、と袖を引っ張られた。
傍らにエルゼが立ち、目で何かを訴えた。
ディンゴ先生には聞かれたくない話があるのだろう。
「分かりました、先生。ただ、今日のところは休ませてもらえませんか? エルゼも」
ディンゴ先生は俺たちを見つめ、出席簿の角で頭を掻いた。
「そうだな。そうした方がいい」
やる気のない先生だが、面倒臭がりゆえに話が早くて助かる。
「ありがとうございます」
「くれぐれもまっすぐ帰れ。獣はお前ら吸血鬼にも重傷を負わせるデカブツだぞ」
どうやら信用はないらしい。まあ、そうだ。激情に任せて教室を飛び出した生徒だ、俺は。
「分かってますよ」
「分かってるならいいんだ」
俺はエルゼと共に去ろうとした時、ディンゴ先生が振り返った。
何かを言おうとしているのが分かった。でも、何も言わず先生は教室へ入った。




