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定期報告(4)

 部屋に戻った俺はここ何日かの洗濯物が溜まっていたので、両手に抱えた。前が見えないので足でドアを開ける。

 廊下に出た時、何かに抱えた洗濯物がぶつかった。


「あ、悪い」


 だが、俺の謝罪はスルーされる。

 すれ違いざまに独り言が聞こえた。


「ドラク様……、急におかしくなって……、どこへ行ったんだ……」


 ぶつぶつ言いながら歩いていった。他の生徒たちも同じようにぶつかるか、ぶつかりかけて、何かを言ってスルーされていた。

 まったく何なんだあいつは。

 軽い苛立ちを込めながら洗濯機にぶち込む。フタを締め、俺の部屋番号の掛札をフタに貼り付ける。


「さて、部屋に戻るか」


 洗濯が終わるまでの時間で定期報告だ。

 エルゼに追いかけられていることは伏せていたが、今日やっと解決したので報告できる。

 部屋に戻った俺はベッドに腰掛けてからアプリを起動した。


『プリヴェット! バン、定期報告が遅いデース!』


 しまった。

 俺は勢いよく頭を下げる。


「す、すまん」


 気が緩みすぎた。反省だ。


『あ~、その、そんなに怒ってないデース』


 白兎が言いづらそうに片目を閉じた。


「でも報告のは俺の落ち度だ。今後はなるべく早く連絡する」


『バンの報告が遅くて心配したのデース! ちゃんと定刻にお願いしマース!』


「ああ、すまなかった」


 ノーニャはこんなキャラだが、俺の上司であることは変わらない。

 そして姉という設定でもある。


『バンに連絡が二つありマース。まずは霧宮島に潜伏したC級吸血鬼デスガ……』


「ああ、討伐対象だったな。まさか犠牲者が出たのか?」


 しばらく前にあった報告だ。

 俺が訓練で倒したことのある血級ランクで最高がCだから、俺が討伐しても良かったのだが。


『イイエ……、それドコロか、そのC級吸血鬼、なんと自害したのデース!』


「え? 自害だと?」


 吸血鬼が自害するのは珍しい。

 脳をコントロールされて自害なんて出来ないはずだから。


『霧宮島の下町に潜入したハンターが学園の近くで観測したそうデース。バン、何か知りまセンカ?』


 吸血鬼の遺体は残らない。灰になるからだ。そのハンターは吸血鬼が自害するところを遠くで観察していたのだろう。


「いや、そんな話は聞いてないな」


『そうデスカ……。もし何か見つけたら報告お願いしマース!』


 白兎が糸電話らしきものを顔の横に当てる。頭の上に付いてるそれは飾り物なのか?


「わかった。それで二つ目の連絡は?」


『羽鳥エルゼという生徒は知ってマスカ? 彼女が学園に復帰しているそうデース!』


「ああ、そのことか。それは俺が学校に来るよう言ったからな」


『え!? 大丈夫だったのデスカ?』


「それなんだが……」


 俺は今日までにあったことを振り返る。

 出会って数分後、教会で二人きりになったら殺されかけた。

 その後も追いかけ回されて人間だとバレそうになったが、上手く逃げおおせた。


『大丈夫じゃないのデース! 危険過ぎる相手なのデスヨ』


「そうか? エルゼはそこまで警戒するような奴ではないと思ったぞ。むしろ興味深い奴だ」


『バン、いいデスカ? 羽鳥エルゼは特例血等Aの吸血鬼なのデスヨ?』


 血等Aは真祖から直接血を分け与えられた吸血鬼だからだろう。

 いずれも討伐対象だ。

 でも、待てよ。討伐対象の条件は人を食った吸血鬼だ。まさかエルゼが?


「血等があるってことはエルゼが人を食ったってことか?」


『だから特例なのデース。彼女は誰も襲っていないデスが、監視対象になりマス』


「どういうことだよ。監視って?」


 ノーニャは押し黙った。

 白兎は背中からクロワッサンを取り出して、自分の前に置いた。

 そして銀のナイフをズブリと突き刺す。


『吸血鬼は羽化する前なら、銀でも殺せるのデース。機関の上層部が彼女を危険だと判断したなら、吸血鬼の力に目覚めないうちに……』


 クロワッサンの破片が飛び散り、中からいちごジャムが出る。

 羽ありと羽なしについて体育の時間にココと話したのを思い出した。


「蝶になる前のサナギのうちに殺してしまう? なぜだ? いずれ人を噛んで特例なしの血等Aの討伐対象になるからか?」


『バン』


 ノーニャが俺の名を呼ぶ。なだめようとしたって無駄だ。

 俺はスマホを握りしめる。カバーがバキッと音を立てた。


「人に危害を加えていない吸血鬼を討つなんて、まるで人殺しのすることじゃないか」


『バン』


 ふたたび名前を呼ばれる。俺は当然のことを言ってるだけだ。

 何もしてないのに、ただ、真祖の血を与えられたからって命を狙われるのはおかしい。

 あいつは悪い奴じゃないと近くにいた俺が一番分かってるんだ。


「エルゼが人に害なす吸血鬼になるとは決まってないだろ!」


『バン!』


 ノーニャが大声を出した。スマホが震えるほどだ。

 俺は恐る恐る画面を見ると、白兎の瞳が真っ赤になっていた。


「ノーニャ……」


 こんな顔を見たのは初めてだ。言葉に詰まる。


『吸血鬼は人間の敵デス。絶対に相容れない存在』


「ああ、その通りだ」


 そんな当たり前のことを失念していた。

 吸血鬼は人間を食い物にし、奴隷にし、虐げる。

 そうでなかった奴は一人もいない。


『バンは人間デスカ? 吸血鬼デスカ?』


「俺は、人間だ」


『ならいつものバンに戻ってクダサイ。この通信は内緒にしておきマース』


 赤い瞳が黒くて丸いものに戻った。しーっというポーズで張り詰めた空気を茶化す。

 でも、俺は重く受け止めなきゃならない。吸血鬼は敵なんだと。俺の半分が吸血鬼だとしても。


「悪かった。エルゼはちゃんと警戒しておく」


『はい。でも、バンの優しさは人間だからデスヨ』


「……ああ」


 重たい荷物を下ろした時のように、力んでたところがじんわりと熱くなる。

 それからノーニャに他に報告は無いか訊かれたので特に無いと伝えた。

 最後にお互いおやすみと言って通信を切った。

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