善良な吸血鬼
俺は屋上の扉を叩き、ココに中へ入れてもらう。
「ここの鍵はバンくんに預けておきますね。いつでも使って良いので」
「それは助かるぜ。恩に着る」
俺は鍵をポケットに仕舞い、二人で教室へ戻る。
教室にエルゼは居なかった。
◆
放課後。ココと一緒に廊下へ出た時、壁に寄りかかったエルゼが不意に声を掛けてきた。
「昼休み、あんな場所に何の用だったのかしら?」
エルゼは俺たちが屋上に居たことを知っているようだ。
まあ、階段の途中まで追いかけてきたなら当然と言える。
「何のことだ?」
「屋上は時々日が差すのよ。吸血鬼が近づく場所じゃないわ」
「それは……」
俺は言葉に詰まる。
エルゼが追いかけるのを辞めた理由でもあるのだろう。
どう返事をしたものかと悩んでいるとココが割り込んできた。
「エルゼ様! 実は……」
ココはそう言って周りを窺い、エルゼの耳に近寄る。
近くにいる俺には多少なりとも声がこぼれて聞こえた。
……半吸血鬼?
「なんだ、そうだったの」
エルゼから離れたココが納得したように俺とココを交互に見た。
どういう意味だ?
まさか、いやそんなことは無いだろうけど、ココが俺を半吸血鬼だと教えたわけではあるまい。
「何を話したんだ?」
「それは……」
ココが口ごもる。
「バン。これは聞かないでちょうだい」
ココは俺を見て、すぐに目をそらした。
本当にどういう意味だ?
「どういうこと?」
「良いから。あと、あんたは一人で帰りなさい」
いったいどういう風の吹き回しだ?
「待てよ。エルゼは俺のことを追い回していたじゃないか」
「まあ、そうね。でもそれはあんたから血の匂いがしたからよ」
今までシラを切ったくせに今度は正直だ。
「あ、ああ。もう良いのか?」
「ええ。あんたも程々にしておきなさいよ」
ココに目をやるエルゼを見ると、エルゼは身を守るように腕を組んだ。
なんか避けられてないか?
でも、俺のことを追い回す気はないようだ。ここは話に乗っておくのが得策だろう。
「わかったよ。でも一人で帰れって、ココは?」
「わたしと一緒よ」
エルゼがココの手を取った。
「エルゼ様っ!?」
ココが目を見開いて口をぱくぱくしている。
こうして見るとココはエルゼの保護者みたいだ。
「今、良からぬことを考えたわね?」
「かっ、考えてないよ」
まさか心を読まれたか?
エルゼはやれやれと肩をすくめた。
「ふーん。まあいいけど。あんた、血の匂いがしても無闇に近づいちゃだめよ」
「どうして?」
「気づいてないの?」
「……何に?」
エルゼはこれみよがしにため息を吐いた。
「はぁ~あ。学園じゅうでするじゃない、血の匂いが」
「学園じゅうで?」
それは知らなかった。
いや、待て。たしか昼休みに関西さんが何か言ってたような気がする。
『血の匂いがするって噂。これがなんと人の血だって噂や!』
そうだ。
学園で人の血の匂いがする噂が流れていた。
エルゼの鼻はとても鋭い。この噂は噂通りだったわけか。
「わたしは先月ころから学園じゅうでしている血の匂いを追ってるのよ。あんたにも話さなかったっけ?」
「もしかして俺をドラクから助けてくれた時か」
エルゼとの二度目の出会いでもある。
血の匂いを追いかけて俺を見つけたと言っていた。
「わたし、てっきりあんたが血液ドリンクを隠し持ってるのかと思ったのよ」
「だから俺を追っていたと……」
俺は全身から力を抜きながら長い息を吐いた。
取り越し苦労だったわけだ。
「ええ、でもあんたは違うみたいね」
エルゼはココを見やる。
「はい。バンくんは善良な吸血鬼ですよ」
吸血鬼に善良なんて……。
「いや、あるか。たしかにココは善良な吸血鬼だと思う」
「へっ!?」
「えっ、また声に出してたか……?」
「はい……」
ココは両手で顔を隠して、消え入りそうな返事をした。
いかんいかん。気を抜きすぎた。
「ったく、ノロケるのもいい加減になさい。さ、ココ。行くわよ」
そう言ってエルゼはココを連れて学生寮とは反対方向へ向く。
あっちは流れるプールや調理室のある方だ。
「バンくん、ごめんなさい。ちょっと行ってきますね」
ココは小さくお辞儀をしてから俺に背を向けた。
何を耳打ちしたかは知らないが、助けられたのは事実だ。
「ああ。ありがとう、ココ」
言葉だけじゃ足りない。ココが困った時、俺は全身全霊を掛けて助けよう。
そんなことを考えていたら、これが俺のよく読む少女漫画だと裏でココがエルゼに〆られる流れだなあ、と思った。
そう思った瞬間、エルゼが立ち止まって振り返った。
「今、良からぬことを考えたわね?」
「かっ、考えてないよ」
「ふーん」
まるで信じてない目つきをして、もとに戻る。
二人の背中が見えなくなるまで俺は心の中で般若心経を唱えながら見送った。




