表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/67

エルゼの襲撃

 ココは顔を上げ、向き直る。

 視線をぶつけられたエルゼが軽く身構えた。


「なに?」


 洞窟を塞ぐ重たい岩をどけるように口を開く。


「バンくんを離してください」


 その申し出は紛れもなくココが俺をかばってのものだ。

 エルゼは微動だにせず俺のネクタイを掴んだまま離さない。


「どうして?」


「友達だからです」


 エルゼは長い沈黙のあと、自分を納得させるように一人でうなずいた。

 それから俺のネクタイを離した。

 なのに俺は胸がいっぱいでまともに息ができなかった。


「いいわ。今は見逃してあげる」


 そう言い残し、エルゼは女子寮へ去った。

 残ったココがほっと胸をなでおろす。


「ごめんなさい、バンくん。人の血の匂いがすることを否定できませんでした」


「いいんだ。それより助けてくれてありがとう。それに」


「それに?」


「なにも嘘は吐いてなかったと思う」


「……ふふ。そうですね」


 嬉しさが混じった同意が心地よかった。

 その後、俺はエルゼと会ってからの出来事を伝えた。

 そこから導き出される結論はこうだ。


「血の匂いを追う純粋な吸血鬼。なお、小さいとか子供とか言うと殴られる」


「うらやましいです。エルゼ様と親密になって」


「これのどこが親密なんだ?」


「親密ですよ。少なくとも私から見れば」


「そういうもんなのかぁ」


「もし親密ならきっと学校に来ますよ、エルゼ様は」


 やっぱり女は分からない。

 そうして俺とココは解散した。



 ◆



 月曜日。ココが言った通り、エルゼが教室に現れた。

 授業の途中にも関わらず、ランウェイを歩くように机の間を抜け、靴のかかとを一定のリズムで鳴らした。

 俺も含めて誰もが言葉を失っていた。


「おはよう、バン」


 俺の席の前に来ると優雅に言った。


「もう四時間目だ。あと数十分で昼休みだよ、エルゼ」


「構わないわ。私も授業を受けるもの」


「本当か?」


「ええ」


 これでディンゴ先生からの頼まれごとが片付いた。

 一区切りが付いたと胸をなでおろす。

 しかし、それもつかの間。エルゼは俺の肩に手を置くと、


「痛っ」


 爪を食い込ませた。

 俺はとっさにその手を払う。


「あら、急にどうしたのかしら?」


「それはこっちのセリフだ」


 危ない。制服の下にハンター装備をしていなければ、パックリと肩の肉を裂かれていただろう。

 エルゼは俺にだけ聞こえるようにささやいた。


「どうしても気になるんだもの」


 ああ、そういうことか。エルゼは俺の正体を見破るために教室へやってきた。血の匂いを確かめるため、隙あらば俺に血を流させようとする。

 俺はココに目配せする。だめだ、こっちを見てねえ。エルゼに尊敬の眼差しを向けている。


「そうだ、俺の席を譲ってやろう。俺は後ろに座るから」


 こうすればエルゼに背中を取られず授業を受けられるはずだ。

 しかし、俺の隣に座っていたココが立ち上がる。


「エルゼ様、それなら私の席を使ってください!」


「ばっ」


 ココの申し出をきっかけに教室じゅうで生徒たちが立ち上がって、自分の席を差し出した。

 ガヤガヤとした喧騒の中、俺はココを手招きする。


「なんですかっ、バンくん! 私はいま」


「頼むからよく聞いてくれ。俺はエルゼに狙われている。もし隣の席になったら」


 はっ、と息を呑む音がした。


「バレますね、間違いなく。ではどうすれば?」


「ああ。だからエルゼは俺の席に座ってもらおう。ココはエルゼの隣だ」


「最高のアイディアです、バンくん」


 ココは俺から離れてエルゼに何やら声を掛けた。

 それからエルゼは他の生徒たちを一人ずつ見つめ、自分の不満を抜くようにため息を吐く。

 そして俺に視線を向けた。


「なら、あんたの席にするわね」


「そうすると良い」


 俺は立ち上がって後ろの席へ移動する。

 ココが椅子を引いて着席をうながし、エルゼの小さな尻が乗っかった。

 ココは満足そうにほほえみ、胸の前で手を合わせている。


「ひとまずこれで難を逃れたか……」


 まいったことになった、と頭をかきながら後ろの席へ着いた。

 一つの前の座席の関西さんが振り返って、「よろしゅーな」と屈託のない笑みを浮かべた。



 ◆



 火曜日。一難去ってまた一難とはこのことだ。

 エルゼを避けて学校生活を送ろうとしても、エルゼが俺を見つけるなり採血しようとする。


「ふふ、今なら無防備よね」


「そりゃあそうだけど、男子更衣室に押しかけるのはどうかと思うな」


 流れる水耐久授業の後、襲撃してきたエルゼを俺は出入り戸で押し止めている。


「そうかしら?」


 エルゼはほかの男子なんかじゃがいも程度にしか思ってないんだろうな。

 押しかけてきたエルゼをひと目見ようと他の男子たちが俺の背後に詰めている。


「エルゼも水着から着替えてこい」


「なんでよ?」


 スクール水着がよく似合う体型だが、俺にはとても魅力的に見えていた。

 おかしい、こんな性癖は持ち合わせていなかったつもりだが。

 できれば恋ではなく吸血主人に対する魅了効果だと信じたいぜ。


「目に毒だから」


「はあ? 変な目で見ないでよね!」


 ピシャッ!


 思い切り戸を締められた。

 俺、なにか変なこと言ったか?



 ◆



 水曜日。エルゼの襲撃はエスカレートしていた。


「俺、トイレにいるんですけど」


「おかしいわ、吸血鬼がトイレだなんて」


「あっ、あ~、えっとトイレ掃除を頼まれたもんで……」


 吸血鬼は食事しないのだ。

 だから俺はここで便所飯をするつもりだったのに。


「だれも使わないのにどうしてトイレがあるのかしらねぇ」


「昔は人間の建物だったからじゃないか?」


 霧宮島は江戸時代から続く湖上の要所だと聞いたことがある。

 が、そんなこと今はどうでもいいのだ。


「エルゼ、毎日こうやって俺を追いかけるつもり?」


「あんたがわたしの行く先にたまたまいるのよ」


 たまたまを強調して言った。

 俺は、男子トイレが行く先なのか? と聞き返す代わりに溜息を吐いた。

 エルゼに見えないよう固形食料をポケットに仕舞う。

 ゆっくり飯も食えないとなるとさすがにまずいぜ……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ