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裏切られても良い

 ドキリ。嫌な汗が出る。

 おいおい、本当か? エルゼは知っているのか? 俺が吸血鬼の学園に忍び込んだ人間であることが……!

 いや、俺の聞き間違いかもしれない。


「何の匂いだって?」


 エルゼが猫のように鼻を近づけ、俺の首筋をスンスンと嗅いだ。それから体を離して俺の肩をぐっと掴む。


「間違いない。わたし達のご馳走の匂い。血だわ。血の匂いがする、あんたの首から」


「まさか」


 俺の鼻はエルゼのシャンプーの良い香りしか分からない。


「しらばっくれても無駄よ。たしかに匂うんだからね」


 エルゼに助けられた時、彼女が血の匂いを嗅ぎつけて来たと話していたのを思い出す。

 もしかするとさっき首を締められた際に小さく出血してしまったのかもしれない。


「鼻が利くのは真祖ゆずり?」


「わたしたち吸血鬼はみんなそうじゃない?」


「あ、ああ……ん?」


 適当な相槌を打つ。

 わたしたちってことは俺を人間だと考えていないのか?


「そんなことより教えなさい。あんたが仕入れてるんでしょう?」


「何を?」


「人間の血。あんたなんでしょ? 血液ドリンクをドラクに渡したのは」


「……え?」


 なんだ、杞憂だったのか。エルゼに人間だとバレたというのは。

 代わりにエルゼも大きな勘違いをしているようだ。


「だってそうでしょう? 血液ドリンクについて詳しく聞こうとしたら、急用が出来たとか言って逃げるんだもの」


「あ~、あれはだな……」


 さすがに言えない。出血していてこれ以上エルゼといたら人だとバレると思ったから逃げたなどとは。


「どうなの?」


「本当に急用。姉に電話しなきゃならなかったんだ」


 仕方なくごまかす。実際、定期連絡でノーニャに話があったからこれ自体は嘘じゃない。


「ふーん、お姉様がいるのね」


 白兎のマスコット姿だけどな。


「ああ。だから血液ドリンクについては知らないし、俺も知りたいくらいだ」


「そっか」


 ここにきて急に素直。

 いったいどうしたのかと様子を窺うと、猫が獲物を狙うように顎を下げて、獰猛そうな疑いの目を俺に向けていた。

 その瞬間エルゼは俺のネクタイを引っぱり、顔を近づける。それはもう鼻先が俺の首筋に当たるくらいに。


「うわ、なんだよ」


「じゃあこの血の匂い、どこが出どころなのかしら?」


 しまった。俺は嘘が下手くそだ。いや、それともエルゼが自分の嗅覚に自信を持っているのか。

 とにかく絶対にバレてはいけない窮地に立たされたのだ。


「そ、それは」


 エルゼの人形みたいに整った顔が目の前にある。

 ……やっぱりすごくかわいいな。


 って何を考えてるんだ俺は!

 こんな時にときめきを抱いてしまうなど普通じゃありえない。

 まさかこれが恋だというのか?


「隠したって無駄よ。あんたが今日行った場所くらい分かるんだから。プールの匂い、うっ、これはにんにくの匂いね……。じゃあ家庭科室か。それと、女吸血鬼の匂い」


 エルゼがそう言って俺のネクタイを引っ張る手をゆるめた。

 同時に女子寮の方から人影が近づいてくる。


「バンくん!」


「ココ……!」


 暗い髪が常夜灯に照らされた。

 シースルーな寝間着に包まれた胸が豊かに揺れ、その上で髑髏のペンダントが踊る。

 こっちを一瞥した後、俺をひっつかむエルゼを見るなり目を大きく見開いた。


「エルゼ様!? どうしてバンくんと一緒に……?」


 聞く耳を持たずにエルゼは俺をじっと見つめる。


「あんた、この子と一日中なにをしてたわけ?」


「エルゼを探してたんだよ」


「ふーん」


 信じてない目だ。

 俺は助けを求めてココを見る。


「バンくん! どういうことですか!? 許せません」


 う、嘘だろ。かなりご立腹の様子だった。


「どうして怒ってるんだ。何かしたか?」


「怒りではありません。これは妬みです!」


 妬み。嫉妬ってやつだ。


「そ、そうか。妬み……、妬み?」


 女の子2人に言い寄られているこの状況、傍から見れば男にとって喜ぶべき場面なのかもしれない。

 だが、片や金髪女子は俺の正体を暴こうとしている。片や巨乳女子は俺に嫉妬心をぶつけている。

 まったく嬉しくないんですけど?


「そうですよ! エルゼ様と一緒に居たなら私も呼んで欲しかったです! ズルイ!」


「でも、エルゼが二人で話そうって、ねえ?」


 彼女に同意を求めるが。


「そうだったかしら?」


 頼むよぉ……。

 ぜんぜんだめだった。


「ほら! それにバンくんはいつの間にエルゼ様と親密になったんですか?」


「いいえ、勘違いしないでちょうだい。わたし、彼と別に仲良くないわよ」


「そうなんですか!?」


 そうだったのか?

 ……てっきりけっこう仲良くなれた気でいたぜ。不覚。俺に女は分からない。


「ええ。それよりもバンのことに詳しいなら説得に協力しなさい」


「説得……ですか?」


「こいつ、血の匂いがするのよ」


「あっ」


 ココが小さく声を漏らし、慌てて口を手で隠した。


「なにか知っているのかしら?」


 エルゼは目ざとくそのシグナルを突く。

 俺はココに視線を合わせる。


 ……頼む。助けてくれ。


 心で念じる。あいにくテレパシーは使えないから。


「バンくんから血の匂いがするのは……」


 それからココは俺とエルゼを交互に見てうつむき、押し黙った。

 俺はココを信じた。

 もしも裏切られたとしても信じて裏切られたならそれでいいと思った。

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