大人ごっこ
「ゲホッゲホッ……。はぁ……、はぁ……。……ふぅ」
酸欠ギリギリ。床に四つん這いになりながらも呼吸を整える。
そう、裂ける音は俺の肉が切り裂かれた音ではなかった。
「くっ、力が入らない……。あんた、どんな魔法を使ったのかしら?」
見上げた先でエルゼが強張った表情で俺を見下していた。
そこまで怖がらせるつもりは無かったんだがな。
「しょうがないな」
俺は立ち上がり、裂けたシャツの襟を指で引っ張ってさらに破く。
「ちょ! な、何よ急に!」
エルゼは顔を赤くしてそっぽを向く。
「どこ見てんだよ。こっちを見ろ」
「で、でもぉ」
しばしの沈黙の後、エルゼは薄目で俺を見た。
俺は首のそれがよく見えるよう晒してやる。
「これがお前の力を打ち消した物の正体だ」
「……銀のチョーカー?」
吸血鬼を相手にする俺は狩人。
そんな狩人が吸血鬼が狙う首を守らないわけがない。
「ああ。銀に触れた吸血鬼は力が出ない」
「そうね。でも、あんただって吸血鬼じゃない!」
「だから俺も力が出せない」
ただし、半分だけだ。
「何よそれ……。本当に変な奴。でも関係ないわ。あんたがわたしを侮辱した罪は死で償ってもらう」
俺は臨戦態勢に構える。
エルゼは俺の討伐対象かもしれない。だが、ノーニャと同じくらい話せるようにならなきゃ、彼女に寄せる好感が本物か偽物か分からないままだ。
……良い機会だ。エルゼがそう来るなら俺も腹割って話してやる。
「侮辱か。お前、そこまでする程なのか、未熟者って言われたくらいで」
「ッ!」
エルゼは片手で刺突を一撃。
すでに構えた俺はらくらくと回避する。
「気にするなよ。俺は嫌いじゃないぜ、小さいのも」
「小さいですって!? くぅぅ――」
悔しそうに潰れた声を出す。
刺突した後の片手を横に大ぶりする斬撃。
手首を掴んで受け止める。
「そうやってムキになるところが子供って言ったんだ」
「ムキーッ!!」
猿のような金切り声を上げ、怪力で腕を振り下ろす。
瞬時に手を離し、距離を取った。
風圧が退いた俺のところまで来る程だ。
「ふぅ。パワーもスピードも桁違いに強いな」
エルゼは目を閉じて呼吸を整えている。
ゆっくりと開いたまぶたから見えた赤い瞳は瞳孔が普通になっていた。
「そうよ。わたしは一流の吸血鬼だもの」
「一流なら一流らしくするんだな。感情任せに振る舞っちゃあ一流とは呼べないと思うぞ」
「あ、あんたに何が分かるのよ!」
「たしかに。これは言い過ぎたな、謝る。すまん」
軽く頭を下げる。
誰だって一度は背伸びしたくなるものだ。
それが吸血鬼としてというのは理由があるのだろう。
「わたしを子供とか、ち、小さいとか言ったことは?」
「謝らない」
「なんでよ!!」
スカートの裾を握りしめてる辺りに憤りを感じる。
言った方が良いんだろうがどう言うべきか……。
俺は言葉を選んで再び怒らせないよう伝えることにした。
「エルゼの大人ごっこに、俺が付き合う必要ないから、かな……」
「大人……ごっこ……?」
「そうだ。大人だと周りに見てもらいたい。でも大人に見られないから、周りに強要する」
あの生徒たちはエルゼを信奉する。背後に真祖の存在を感じながら。
それがエルゼが望んだことかは知らないが。
エルゼがキッとこっちを睨みつけた。
「わたしは!」
「そういうところだ」
図星を突かれてご立腹。わかるよ。
で、エルゼも分かっているんだよな。バカには見えない。
彼女は視線を斜め下に向けて、愚痴るようにぼそぼそと口を開く。
「わたし、大人じゃなかったら一体なんなのよ……」
「俺たち十六だぜ。これから大人になるんだよ」
この学園は名のある吸血鬼に認められた子供たちが通う。
そういうところは普通の高校と変わらないと潜入前のブリーフィングでノーニャから聞いた。
ふと、エルゼの口元に笑みが浮かぶ。
「ふっ、なによそれ。あんた、変人って言われない?」
「心外だな。前いた場所では天才と呼ばれてたぞ」
機関の吸血鬼ハンター育成教室だけどな。
「知らなかった? 天才って、変人って意味なのよ」
「え、知らなかった……」
マジかよ、調子に乗ってたあの日の自分を殴りたい。
「あんたは天才より馬鹿がお似合いね」
「天才が変人なら、馬鹿ってどういう意味?」
「さあ、どういう意味かしら」
祭壇に小さな背中をちょこんと預けて壁の方へ流し目を向けるエルゼが俺にはとてもセクシーに見えた。
これは恋心とも吸血主人に対する感情とも違うな。
たぶん深く考えてはいけない気がした。
切り替えてエルゼに本題を伝えよう。




