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父さんの死

「お前は外に出ていろ」


 父さんは俺にそう指示するとエントランスの階段を上がっていった。

 振り向けば外への扉がある。外の警察に保護されて冒険も終わりだ。


「うっ……」


 どこかからうめき声が聞こえた。それも子供の声だ。生存者が居るのかもしれない。

 目を閉じて音の出どころを探る。……かすかだが、聞こえた。急いで向かう。

 リビングルームの隣にあった開かない扉。


「おい、中に誰か居るのか?」


「っ……」


 息をヒュッと止めるような喉の音がして、さらには衣擦れの音もした。


 ガチャガチャ❗


「くそっ」


 扉はびくともしない。

 もしかしたらリビングと繋がってないか?

 俺はリビングを通り抜ける。子供の死体が乗ったままのローテーブルから目をそらして。

 奥でキッチンに繋がっている。


「大丈夫か!?」


 キッチンの床に俺と同い年くらいの女の子が倒れていた。

 うつろな瞳がこっちを向く。上体を起こそうとするが、身動ぎするだけで起き上がれない。


「たすけて」


「ああ! じっとしてて。今助けを呼ぶから!」


「それはダメ……」


 は? なんでだよ。

 少女のそばへ駆け寄ると、その意味がわかった。


「ど、どうして……」


 胸にナイフが深く刺さって、床まで貫通していた。

 明らかに心臓を射抜いている。これで死んでないのはどう見てもおかしい。

 少女はナイフの刃の部分を握り込む。ナイフはびくともしない。


「これ、取れないんだ。もうずっと三日もこのまま」


 当然だが、手のひらが切れる。なのに。

 煙を上げながら切れた皮膚が再生していく。


「お前、まさか」


「……うん。吸血鬼」


 リビングで父さんが倒した相手だ。

 見るからに弱っているけど、青白い顔に、それにキバも見える。三日も床に縫い付けにされ、異常な再生能力もある。人間じゃない。


「父さんが、吸血鬼は駆除対象って」


 だから助けるのは父さんの判断を待つべきだ。


「そっか。君は吸血鬼狩りの子か……」


 少女は力なく後頭部を床に付けた。天井を眺める目の光はみるみる消えていく。


 ――かわいそうだ。


 俺はそんな風に思った。駆除対象と言われる吸血鬼に。


「ごめん、俺は……」


「いいよ。吸血鬼狩りは吸血鬼が放って置かない。特にお父様みたいな吸血鬼は。だから逃げて」


 ズダン、ズダン!


 その時、銃声が聞こえた。外からだ。キッチンの窓枠に額を付けて、外の様子を確かめる。

 警察官が倒れている。肩から大量の血を流して。

 その傍らには白い髪の男がいる。右手が血まみれだ。

 男の奥に停まったパトカーを縦に、太った警官が銃を構えた。


 ズダン!


 間髪入れずに射撃したのは正解だった。白髪の男の額から銃弾が貫通する。

 やったか!?

 だが、白い男の額に空いた穴は一瞬でふさがった。


「嘘だ。また吸血鬼なのか!?」


 俺の背後で少女が短くため息を吐いた。吐く息が震えている。


「お父様がきたんだ。もう誰も助からない……」


 振り向けば少女は膝を立て、顔を両腕で隠すようにして、身を守る姿勢で肩を震わせていた。

 俺は少女の傍らにしゃがみ込む。


「ごめん! 父さん」


 俺は少女の胸に刺さったナイフを力いっぱいに引き抜いた。勢い余って尻もちをつく。

 いてて、と尻をさすっていると、立ち上がった少女が俺をじっと見下ろしていた。

 破れた胸元から傷が塞がるのが見える。本当に吸血鬼なんだ。


「どうして? 吸血鬼狩りの子が吸血鬼を助ける真似をするなんて」


 俺が彼女を助けたいと思ったのはかわいそうだからだけじゃない。


「逆に聞くけど、吸血鬼が吸血鬼狩りに逃げてってどうして言ったんだよ」


 たぶんこいつは吸血鬼でも駆除対象なんかじゃない。直感だ。

 俺は押し黙る少女の手を取ってキッチンから逃げ出す。あの白い男はきっと父さんがなんとかしてくれる。俺たちは早く安全なところへ逃げれば良い。

 廊下の突き当りに扉があって、そこから庭に出た。


「さっきの君! そこで何をしてるの!?」


 ガタイの良いおばさん警察官だ。


「良かった! 実は」


 その瞬間、おばさん警察官の胸から腕が生えた。

 俺の手を握る少女の力が強くなる。


「ひっ」


 その腕が胸の中に消える。

 おばさん警察官が崩れ落ち、その背後に立つ白い男が俺たちを見下ろしていた。

 白い長髪で眼は赤く、えらく整った顔立ちをした若い男だ。


「馬鹿者め」


 声は低いのに役者のような通りの良さだ。

 男の血まみれの手が俺の横を通り過ぎて、少女の頭の上にぽんと置かれた。


「お、お父様……」


「下賤な吸血鬼などに攫われおって。我が下僕よ、お前は私の血を与えた十三人目。使え、力を」


 俺は少女の手を引いたまま動けない。

 少女の手がぶるぶると震えているのを感じながら、俺は足がすくんで声一つ出せなかった。


「あの力は……」


「まあいい。それより人の子が残っていたか」


 ジロリ。赤い瞳が俺を見た。蚊でも殺すかのようなテンションで腕を振り上げる。


 ――ああ、だめだ。ここで死ぬ。


 キィン!


 生を諦めかけたその瞬間、甲高い音が鳴って目が覚めた。


「父さん!」


「下がってろ、バン」


 俺は言う通りにする。

 父さんは銃を構えて銀の弾丸を撃つ。


 ズダン!


 白い男の腕に当たる。そこから灰化が肩に向かって進む。


「チッ、銀の一族め」


 撃たれてない方の手で、灰化が進む腕を肩から切り落とした。


 ズダン! ズダン!


 父さんは白い男に続けざまに射撃し、白い男は逃げ惑うばかり。

 やった。父さんは強いんだ。これで助かる。

 かと思ったその時、足元に妙な違和感を覚えた。


「へ、蛇!?」


 大量の蛇がうねうねと俺の両足を挟み込んで、急に引っ張ってきた。

 体が持ち上がり、少女と繋いだ手が離れる。

 父さんの横を過ぎて白い男の方へ引きずられていく。


「バン! 頭を下げろ!!」


 父さんの指示に従う。次の瞬間には銃声がして、片足が自由になった。

 その足で地面を蹴り、父さんへ両手を伸ばす。


「父さん!」


 父さんも手を伸ばした。もう少しで手が届く。だが、父さんの腕は急に動きを止めた。


「うぐっ」


「父さん!?」


 あろうことか、父さんは口から血を吐いた。

 ゆっくりと父さんは速度を失い、俺から遠のいていく。


「バ、ン……」


 父さんが膝から地面に崩れ落ちる。

 そして、背後に現れた白い影は紛れもなくあの男だった。


「銀の一族に末裔がいたとはな。ここで葬り去る」


 何を言ってるんだ、こいつは。

 父さん。あいつをなんとかしてくれよ。どうしてそんなところで寝ているんだ。

 蛇が足に絡みついて俺は動けない。白い男が俺に近づいてくる。


「起きてよ、父さん!」


 俺の叫びは虚しく消える。

 地面に爪を引っ掛けて、少しでも父さんに近づこうとする。

 でも、だめだ。白い男が俺を見下す。


「憐れ」


 これが俺の最期に聞く言葉なのか。

 無力だ。あんまりだ。俺が足手まといにならなければ父さんは。

 俺が死ねば良かったんだ。


「――っ」


 だが、その時、首筋に鋭い痛みが走った。

 なぜか、さっきの少女が隣にいた。

 唇から血が一筋。


 ――噛まれた?


 次の瞬間、全身を熱が駆け巡る。

 熱い。体じゅうに焼きごてを押し当てられているような苦痛が続く。

 朦朧とする意識の中で声が反響する。


「お父様、この子を眷属にする」


「やっと眷属を持つことにしたか、だがその子供は銀の一族。殺さねば」


「待って。立派な吸血鬼に仕立てるまで。そうしたらお父様の好きにして良い」


「銀の一族の吸血鬼か。くくっ、それは興味深い。良いだろう。それよりも厄介なのが来た。退くぞ」


 ……いったい何の話をしているんだ。

 まどろみのように途切れ途切れになる意識の中で音だけを頼りに周囲の状況を呑み込む。

 白い男と少女の足音が遠ざかり、ヘリコプターの音が聞こえてきた。

 そこで意識は完全に途切れる。

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