絶対に殺してやる
目覚めた俺は全身に力が入らなかった。
視界はおぼろ。かろうじて白い天井が見える。
「ここは……」
「起きましたカ? ここは吸血鬼狩りを専門とする国連組織の研究所デース」
傍らから女の声がする。カタコトの日本語だ。
「世界で最後の銀炎術使いの生命反応が消えたから駆けつけタラ、まさか子供がいたとは驚きデース! 銀炎術は吸血鬼狩りに役立つ力。人類から失わせるわけにはいかないのデース。そこでワタシの出番デスガ……、聞いてマスカー?」
さっきから何を言ってるんだ。
俺にはまるで意味がわからない。
というか声を出す元気すら残ってないんだ。
「今は薬が回って力も出ないようデスガ、馴染めば普通の人間と同じ生活がデキマース! あ、モチロン外の世界には出せマセンケド。なぜって? だってもうキミ、人間じゃないデスカラ」
……は?
「人間じゃない?」
「ええ、キミの体はすでに吸血鬼化が始まって50%の人間性を失っているのデース!」
吸血鬼化? 人間性を失う?
俺は視線を下にやる。
……嘘だろ?
「うわああああっ!? 体がっ、俺の首から下がっ……、無くなっているッ!!」
全身に力が入らないんじゃない。
最初から全身が無い。
つまり生首状態ってことだ。
「オー、ダイジョーブ、ダイジョーブ。キミの体の吸血鬼化を防ぐためデース。あとでくっつけマスカラ、気にしないで」
「気にするって!!」
ありえないだろこんなこと。
「マアマア。気にしてもしょうがないデスシ」
「生きた心地がしないんだよ! 首を付けて! 今スグ!!」
「分かりマシタ。約束シマース! ただ、そのためにはワタシの話を聞いてクダサイ」
背に腹は代えられない。背も腹も無いんだけど。
「わかった、聞くよ。手短に話してくれ」
「ダー。まず、キミの体の吸血鬼化は今後もどんどん進行シマース! 最初に頭を切り離したのは、脳が吸血鬼化しないようにするためデース!」
「理屈では分かるけど、強引すぎるだろ……」
「でも、そうしなければキミは吸血鬼として人食い衝動に襲われてイマシタヨ」
あの館にいた男が子供を食っていたのを思い出す。
「それにキミを吸血鬼にした主の命令に絶対服従にナリマース。心も体も支配されて、人を殺せと言われれば殺し、自害しろと言われれば自害するのデース! 嬢王蜂と働き蜂のように絶対の関係デース」
「そんなのもう人間じゃない……」
「その通り! ワタシ個人の見解ではなく、WHO直々にその絶対服従性は吸血鬼が人と異なる要素の一つだと見解を示してイマース!」
そして女は俺の頭をコンコンとグーにした手で叩いた。
「大事なのは脳デース! キミの体を元に戻しても、吸血鬼化を防ぐチョーカーをしてもらいマース!」
目の前に黒い首輪を見せられる。
側面の紋様が電子的な光を発している以外は何の変哲もない。
「もちろん、日光に当たれば灰になるリスクの代わりに死なない体を手に入れたいっていうならチョーカーはシなくて良いデース」
「するよ。吸血鬼になんかなるわけない」
「それなら良かったデース! で、本題に入りマスケド」
今までのは本題じゃないのか。
「ワタシたち機関はキミを味方として引き入れたいと考えてイマース! 仲間じゃないのデース。吸血鬼になる恐れがアリマスカラ」
「体よく利用しようってわけか」
「でもそれはキミの考え次第デース」
「何が聞きたい」
「まあまあ焦らないで。キミの父上。殺されてしまいマシタ。日本警察に所属していたようだから殉職デース」
……言っている意味は理解できた。でも、納得はできない。
「父さんは死んだのか?」
「殺されマシタ。即死デース」
「嘘だ! 父さんは自分を吸血鬼狩りって言っていたんだ」
「その通り! 最期まで吸血鬼狩りとして、心臓を一突きされたにも関わらず、力で腕を挟み込んで離さなかったのデース。吸血鬼は我々の到着を恐れて腕を切り離して逃げたのデショウ。おかげでキミの父上を殺した相手が分かりマシタ」
あの白い男の腕を父さんは掴み続けた。死してなお吸血鬼狩りだったのか。俺はそうじゃないと思う。俺を守ってくれていたからなんじゃないか。死してなお父だったのだ。
「……父さん」
ああ、クソ。前が見えない。なんでだ、涙が止まらない。
心がいっぱいだ。彼女は話をやめて、ハンカチで俺の目元をぬぐってくれた。
「惜しい人を亡くしマシタ。我々でも必ず犠牲は出たデショウ。なにせ相手が相手デスカラ」
そいつを知っているのか。
「……誰が父さんを殺したんだ」
「こいつデス」
差し出された紙は白い男のプロファイルだった。
名前の欄が不明であったが、通称――真祖と書かれている。
「真祖?」
「全吸血鬼の頂点に立つ始まりの吸血鬼デース!」
吸血鬼が噛むことで仲間を増やす習性があるのはさっき聞いた。
すべての吸血鬼が真祖から始まったというのか。
「数年前、日本で目撃情報が出マシタ。日本はスパイ大国。機関の立場からすれば吸血鬼は存在そのものが悪デース。駆逐しなければなりマセン。日本では吸血鬼の食人を単なる殺人事件の一つとして未だに野放しにしてイマース!」
そんなこと知らなかった。食人を目的とする殺人事件のニュースなんて見たことがない。ただ、失踪事件についてよくテレビやネットで取り沙汰されるのは覚えがある。あの裏に吸血鬼が潜んでいたなんて。
「とにかく真祖はこの国で着実に力を付けてイマース! 各地に拠点を作って人間の吸血鬼化を進め、未熟な吸血鬼たちを管理しているのデース!」
表に出ないのにはそんなカラクリがあったのか。
たしかに俺が父さんの後を付いていった館は人里離れた森の中にあった。
「真祖を殺さなければ人類に未来はないのデース! さて話を戻しマス。我々はキミを味方に引き入れたいデース!」
「味方か」
「味方になる条件は目的が一致していることデース。では、聞きマショウ」
女はワンテンポ置いて質問する。
「キミは真祖をどうしたいデスカ?」
「決まってる。殺したい。絶対に殺してやる!」
「了解デース! キミを味方と認め、機関は全力でキミの復讐をバックアップシマース!」
そうして俺の目の前に女が顔を見せた。
驚いたことに、若い少女だった。まだ十代に見える。それに真っ白な髪の間から人間のそれとは思えないほどに長い耳が出ている。
「よくがんばりマシタ」
少女は俺の頭を撫でた。
彼女の首に下げられた職員証には『所長』と『ノーニャ』という文字が書かれているのが見える。
『危険です、所長! 離れてください』
ノイズ混じりのスピーカー音が聞こえた。
警告が続いているのにも関わらず、ノーニャが俺の頭を抱えるようにした。
「ワタシはキミを人間だと思いマス。ワタシはエルフですが、どうかワタシをオネーサンと思ってクダサイネ?」
今までの明るい口調ではなく、優しく宥めるような声だった。
これは抱きしめられているのだ。エルフというのが何なのか分からないが、間違いなくこれは人のぬくもりだった。
「あの……」
「ああ、息苦しかったデスヨネ」
ぱっと離れた。
なんか気恥ずかしくて目をそらす。
体が無いから視線でしか逃れることができない。
「それじゃあお約束どおり、体をお返しシマース!」
ノーニャはニコリと微笑んで両手を「パン」と鳴らした。
その瞬間、ゴリッと音がして、全身に激痛が走る。
「あぐっ!?」
ノーニャは俺が苦しんでいる様子を見ながら興味深そうに観察している。
くそっ! ちょっと心を許したらこれだ。
吸血鬼もそれに対する吸血鬼狩りの機関とやらもおかしいんだ。
頭のおかしい敵を殺るには、これくらい頭のおかしい組織でないといけない。毒をもって毒を制すみたいに。
俺は激痛で遠のく意識の中で自分の行く末を呪った。吸血鬼を殺す毒に俺はなるのだ。




