邂逅
手がかりは、霧の巨人、ちぐはぐな誘拐、エドワード・オブライエン。それだけだ。それだけで事件が解決できるかといえば、間違いなくノーだった。
アーロンのマスターを見送ってから、わたしはすぐに事務所を出ていた。まだ昼前だっただろう。わたしは事務所の裏口からクルマを出し、気づけば現場に向かっていた。なんの現場か? もちろん昨日の食い逃げ騒ぎではない。ビルの倒壊と、それに乗じた失踪事件。その現場、ゾーン3のエーリング区だ。
エーリングまでは、クルマで三十分とかからない。ピルグリム・サーカスから続くハイウェイも、朝のラッシュが終わり閑散としていた。
ラジオは昨日のフォグ騒ぎを叫んでいる。失踪者、霧の向こうの兵器。恐怖を煽る材料はいくらでもある。このときばかりはわたしもラジオが嫌いになってしまう。FMとは、本来ならば未知の音楽と出会う交差点のようなものであるべきだ。と、少なくともそうわたしは思っている。
結局、ゾーン2に入ったあたりでラジオを切った。かわりに電話をかけることにしたからだ。
「マリー・ライアルに発信してちょうだい」
わたしがそう車載システムに告げると、電話はダイアルを開始。まもなく相手とつながった。
「もしもし。ウェザフィールドさんですか? どうせフォグ騒ぎの件ですよね?」
どこか突っぱねた感じの物言い。若い女の声。ハツラツとしていながらも、どこか後ろめたものを感じるその声音。彼女の名はマリー・ライアル。ラリュング・グローブ紙の若手記者であり、わたしとは情報交換の相手だった。わたしが探偵としての情報を与え、彼女は記者としての情報を与える。ギヴ・アンド・テイク関係だ。
「ご明察。これからちょっとリストを送るから、見てほしいんだけどーー」
と、わたしは昨日リリーからもらった被害者のリストを送信する。すぐにマリーの手にも渡ったようで、感想が返ってきた。
「なんのリストですか、これ?」
「それはわたしの口からは言えないわ。言ったら、ラリュング市警にいるわたしの旧友が鬼のような形相になるでしょうから。……言ってることわかるわね?」
「じゃ、こっちで勝手に調べるぶんには問題ないってことですよね」
「理解が早くて助かるわ。それでね、マリー。あなたにそのリストを与えるかわりに、わたしに代わって調べてほしいのよ、そのリストの人物を。もちろん極秘でね」
「わかってます。いきなり公表するほどウチもバカじゃありませんから」
「頼もしいわね。じゃあ、よろしく頼んだわ。何かわかったら、お願い」
「了解しました」
通信終了。
わたしの注意は運転へ戻る。
久しくラジオを耳障りに思いながら、ようやく現場に到着した。崩れ落ちたビルの様子は、昨日となんら変わっていなかった。変わっていたとすれば、警備の制服警官が減ったことぐらいだろうか。
「ちょっと、堂々とクルマなんか停めて。ここは立ち入り禁止ですよ? 見えないんですか?」
巡査があわてた口調で言う。わたしは思わず笑ってしまいそうになった。
「探偵よ。ヘイズル・ウェザフィールド。今回の事件について協力することになっている。操作権限ならあるわ。そっちに連絡いってない?」
呆然とする巡査。
わたしは彼にほほえみかけてから、テープをくぐり抜け、その先へ向かった。
わたしも、現場から何か手がかりが見つかるとも思っていなかった。フォグの破片でも落ちていたらラッキーだと、そう思っていたぐらいだ。
現場は昨日から何も変わっていなかった。唯一変わっていたとすれば、それは被害者だろう。逃げまどう人々は救出されるか、あるいは遺体で発見されるか、またはそのまま失踪したか。
捜査員もすでに失せ、ここは廃墟と化していた。まるで何十年も前からこうだったとでも言わんばかりに。がらんどうで、空虚だった。
砂時計のように瓦礫がゆっくりと崩れていく音を聞きながら、わたしは奥へと進んだ。フォグの痕跡を求めて。そしてそのうち、おかしなことに気づいたのだ。
「……ビンゴだな。こいつはまちがいない」
女の声。
それにうなずく少女の声。
耳をそば立ててみると、足音と声からそれが二人組とわかった。初めは刑事かと思ったが、それにしては片方の声が若すぎる。いかに甲高い声をしていたとしても、変声期前のような声が出せるはずがない。
わたしは一抹の不安を覚えながら、その声のする方に進んだ。そして見てしまったのだ。同時に二つの発見を遂げてしまった。
一つは、大きな爪痕フォグが残したであろう巨大な痕跡が、ビルの鉄骨を切り裂いている。
そしてもう一つーーそれは、その爪痕を眺める二人組の姿だった。一人は男装をした少女。そしてもう一人。それは栗色の髪をひっつめた、ロングコート姿の女。右手だけに手袋をした、背の高い女性……。すべてが目撃情報と一致していた。
片手袋の、男装の少女を連れた女。わたしを誤認逮捕した、その原因。
「動くな。両手をあげて、ゆっくりとこちらを向きなさい」
気づけばわたしは、その二人に向けた左の拳を構えていた。