グラウンド・ゼロ
ピルグリム・サーカス。ラリュング・シティでもっとも人が集まるその交差地点は、同時に浮浪者のふきだめでもある。地下鉄ホームや、路肩、夜になれば公園の茂みの中だとか。暖を取ろうと重ね着した浮浪者たちが集まってくる。公園は特に誘蛾灯のようだった。
鉄腕=アンナ・マイヤーも、不本意ながら今回ばかりはそうせざるを得なかった。彼女とその相棒クリスは、ピルグリム・サーカスからほど近いグリーン・パークで一夜を過ごした。愛用のコートを布団代わりに、二人で身を寄せ合って。真冬じゃなかったのが不幸中の幸いだった。
*
翌朝。清々しい朝の空気と、公園を包み込み緑。深呼吸する草花を間近で実感できる、都会の自然満点のベッド。頭上ではヒバリが朝のさえずりをしている真っ最中だった。
「うーん……っとぉ! 久々の野宿はどうだった、ハニイ?」
布団代わりのトレンチコートをひっぺがして、葉っぱを手で払いながら鉄腕は言った。軽いあくびなんかも交えながら。彼女はしっかり寝られていた。どんな状況下でも睡眠は一番大切なことだ。
一方で、相棒クリスはそうでもなかったようだ。
「サイアクだよ。ここ、ケータイの電波も通じないし。フリーWi-Fiも飛んでないし。アプリのほうのWoTだってできないんだもん。サイアクさ」
「夜行性のゲーマーにはワイルドすぎたか」
「というよりも、雑すぎる。ホテルぐらいとってよ」
「カネが使えないんだからしかたないだろ。ここじゃいくら持ってても無一文さ。……もっとも、おまえのケータイを浮浪者のじいさんに売ったらちったあカネにはなりそうだが」
「浮浪者にカネはなさそうだけどね。それよりも、はやいとこ失踪者と巨人を捜して、ここを出たほうがいい」
「出る方法がわかったらな」
そう。出る方法がわかったら、だ。
目下、二人にはここがどこなのかわかっていない。一つの仮説では、ここは未来(あるいは異世界)のロンドンだという説。霧を抜けると、なぜかそこへ出てしまった。どういう原理かは不明だが、おそらく失踪者や巨大なバケモノもここに迷い込んで、戻ってこれないでいる……。
「あばっ!」
ガラになく考えごとをしていると、風に乗って勢いよく紙が飛んできた。紙面は鉄腕の顔面にクリーンヒット。考え事で澄まし顔をしていた彼女を思いきり殴りつけた。
「なんだぁ? って、今日の朝刊か。……って、見つけたぜハニイ、これが手がかりってやつだ!」
顔にぶつかった紙面を広げ、くしゃくしゃの記事を開いて見せた。
「なにこれ……巨人出現。ビル二棟倒壊。行方不明者は七名……なにか関係あるかも」
「よし、決まったな。公園でオッサンと仲良くしてる暇じゃねえ」
新聞は畳んでコートのポケットへ。茂みの中を飛び出すと、二人は公園の敷地前に止めたバイクのもとへ急いだ。ファイアパターンをあしらったハーレーダビッドソン。軽やかにまたがると、エンジンスタート。獣が喉を鳴らすようなエキゾーストノートが響いた。
*
ラリュング・シティ・サウス、ゾーン3、エーリング地区。
倒壊したビルはモニュメントのように立ち、その周囲は黄色と黒のテープに囲われていた。要所には制服を着た警官が立ち尽くし、野次馬を追い払って回っている。
「お尋ね者が警察のいるところにノコノコやってくるのは、正直なところアホだと思うがね」
「そう言ってもここしかアテはないもんね」
バイクを止め、現場へ。野次馬のふりをして近づいていく。だが、もちろん警官がカンタンに入れてくれるはずがない。
「ここは立ち入り禁止だ。はやく帰れ」
拳銃を携帯した巡査が叫びをあげた。だが、鉄腕には無意味だった。
「そういうわけにもいかないんだ。というわけで、眠ってもらうぜ」
首筋へ一撃、鮮やかな手刀。コトン、と叩くようなそれは、しかり生半可な一撃ではない。意識を失った警官はその場に倒れる。あまりいいやり方ではないが、これしか方法はなかった。
そうして鉄腕とクリスの二人は倒壊したビルへと向かった。片方のビルが抱き抱えるようにして、倒れたビルを食い止める現場だ。間近で見上げると妙な迫力があった。
「はぁー、こいつぁすげえ。オールドハイトでもこんな大事故は見たことがねえ。まるで……いや、いやな事件を思い出すからやめよう」
「9・11? そうだね、二つのタワーが崩れるってなると、思い出すかも」
「辛気くさいのはなしだ。さて、問題は巨人の痕跡。それから失踪人の痕跡探しだ。アタシは探偵じゃないんだがな……」
「そういう細かいの、苦手そうだよね」
図星だ。
彼女は鉄腕。その言葉の通りの女だ。ランス警部が彼女を見込んだのも、バケモノ退治のためだ。霧の向こうに行けば、すぐにでもバケモノとの殴り合いが始まるとでも思っていたのだろう。だが、残念ながら現実はうまくいかない。
「現実は、アメコミみたくご都合主義じゃいかないもんなのさ」
鉄腕はそう言い、倒壊したビルの奥に入った。
崩れ落ちたコンクリートに、むき出しになった鉄骨。どれも危険ばかりだが、彼女は気にしなかった。むしろ興奮していた。
「ビンゴだな。こいつはまちがいない」
瓦礫の中、鉄腕は崩れ落ちた屋根を見上げた。巨人の爪痕。まちがいなくここは、ウワサの巨大なバケモノの暴走現場だった。
そして鉄腕は感じ取っていた。何者かがこちらへ近づいてきているのを……。




