異種格闘技
ピルグリム・サーカスには、轟音と叫び声とがこだましていた。突如現れた巨人が、アスファルトを叩いて地面をひっくり返している。衝撃で路肩の店舗からは、宝飾品やら服飾品が吹き飛んでいく。通行中の車両は大慌てで引き返そうとして、すっかり大渋滞だ。結局、人々はクルマを降りて逃げざるを得なくなる。大混乱も良いところだった。
その一方、巨人にタイマンを仕掛けた鉄腕だったが。彼女も苦戦していた。
まず手始めに、カメラアイに一撃。強烈なパンチを喰らわせ、目潰しをしたはいい。だが、その直後には、フォグは問答無用でまた暴れ始めたのだ。どこかにまだサブカメラがあるのか。それとも視覚に頼らず暴走しているのか……。とにかくひどい暴走状態だ。
おかげでアンナは、フォグの頭から振り落とされて、路肩のブランド服飾店に激突していた。オーダーメイド・スーツの群がクッション材代わりになっていたが、そうでなければ即死だったろう。
「フザッけんな! なんつう馬鹿力だよ、クッソタレ!」
吐き捨てるように叫んだが、しかしそれで事態が好転するはずもない。この巨人は、たしかにクリスを狙っているのだ。一歩、また一歩と。その足はウェザフィールド探偵事務所に向けられていた。
「冗談じゃねえぜ。この調子だと、おまえは誘拐犯って感じじゃないよな。そんな馬鹿でかい腕じゃ、クルマだって握れやしない。それが人間をつかんで誘拐できるかよ」
――殺したんだろ。それで死体をどこかに霧隠れさせた!
イヤな汗が鉄腕の額から流れ落ちた。彼女がここまで不安になるのは珍しいことだった。それはクリスが狙われているからということでもあるし、またこの巨人に立ち向かう術が見いだせないということでもあった。
「チクショウ。大見得切って出てったわりに、犬死にじゃダサイもんな」
やるしかない。
相手の弱点は? カメラ以外に考えられるのは関節だろう。あの巨体を支える二本足だ。その関節には、相当な負荷が掛かっているに違いない。であれば、それを破壊する。そうすれば、とたんに巨人は転倒し、自立を維持できなくなるはずだ。
「タイマン勝負でコソコソして、腰抜けだなんて言うなよ。異種格闘技はそうならざるを得ないんだ。あの猪木だって、モハメド・アリ相手には寝転がって蹴るしかできなかったんだからな」
破壊された服飾店を飛び出して、鉄腕は一路また巨人のもとへ。走りながら、また地面に右ストレートを打ち込むと、跳躍して膝関節へと飛び上がった。
「あんな泥仕合でも、アリ引退の決定打だって、おまえ知ってたか? おっと、おまえAIだったし、未来人だったな!」
右膝関節のシャフトに痛烈な右ストレート。それから鉄腕は、空中でドロップキックをお見舞いすると、再び地上へと舞い戻った。ロングコートがたなびいて、散乱した瓦礫が砂煙を引き起こす。
だが、フォグは歩みを止めていない!
――クソ、一撃じゃ足りないか。
もう一発。
鉄腕は右腕を振りかぶり、再び跳躍の準備をしようとした。
だが、そのときだ。
首なしの巨人が、それまでの向けていた足を止めた。とたんに静止して、寸胴のようなカラダを鉄腕に向けたのだ。その腹には六門の機関砲があった。まさか、それで決着をつけようというのか……!
脳裏にイヤなビジョンが浮かぶ。
――クソ、もう一撃だ。もう一撃!
そう思って、地面へ拳を打ち付けようとしたときだった。
そのとき、再びそれが現れたのだ。
赤い霧。このピルグリム・サーカスを覆い隠すような、深紅の霧。赤錆色の霧が……。
*
わたしはクリスを連れ立って、表へ出た。ニナには、ミストレスの用意をさせている。
外に出てわかったが、もはや『わたしに出る幕はない』とか『被害を抑えたい』とか、そんな悠長なことを言っていられる状況ではなかった。白い霧をまき散らし、一対の巨腕を振り回すフォグ。その胴には錆び付いた機関砲があったが、しかし弾は込められていないのだろう。間抜けな空砲がブスブスと鳴り響きつつ、地鳴りのような足音がすべてをかき消していた。
通りには、ひっくり返されたクルマが四方八方へ飛び散っている。まるでハリケーンでも上陸したかのようだった。
「ねえ、どうするつもり?」
クリスが慌てた様子で問うた。無理もない。彼女には、わたしの左腕しか見せていない。これから何が起きるかなど検討もつかないだろう。きっと彼女は、わたしもアンナと同じく殴りにいくのかと、そんな風に思っているのだろう。
でも、それはちがう。
「右手、握ってて。離さないようにね」
わたしはそう言うと、自らの左手を口元に近づける。
右手には、少女の小さな手が。わたしはそれを握り返すと、白銀の義手へと叫んだ。
「霧は来たれり……霧の女皇!」
そう叫んだ、次の瞬間だ。わたしとクリスを取り囲む空間は、とたんに赤錆色の霧に包まれていった。我が女皇を呼ぶ支度を整えているのだ。
「ミス・ウェザフィールド、これって……!?」
クリスが叫ぶ。だけど、わたしは彼女を無視し、代わりに手を強く握り返した。どこかへ行かないように。次の被害者が彼女にならないために。
そうして霧が晴れた、次の瞬間だ。
わたしたちは、移動していた。我が女皇、ミストレスのコックピット。非常灯のような赤いランプと、半球状のモニターディスプレイ。そして背もたれだけのシート。わたしはその座席に腰を下ろすと、いつものように左腕を差し出した。
すぐにミストレスはそれに応じた。左手の甲、宝冠の紋章が絞り羽根のように開くと、接続端子が姿を現した。そしてそこへ、どこからともなくコードが延びてきた。コードは生き物のようにわたしに絡みつくと、その端子をジャックへと突き刺した。
――神経接続、完了。
ミストレスはわたしを搭乗者と認める。もっとも今回は、搭乗者プラスアルファであるけども。
《Welcome back, Lt. Mistress.》
ミストレス中尉と、彼女はわたしをそう呼ぶ。わたしにあだ名は数あれど、もっとも呼ばれたくない名がこれだ。この名前に比べたら、赤錆なんて二つ名は、蔑称のうちにすら入らない。
「巨大ロボットに乗るのは初めて、クリス?」
わたしは平静を取り繕うようにして、言った。
いっぽうで彼女はとても興奮していた。
「すごい! ちょっと待って。じゃああの赤いロボットのパイロットって……」
「そう、わたし。だから言ったでしょ。ここが一番安全だって」
左手を握りしめる。
ミストレス。そう呼ばれる巨人は、左右非対称の特異なボディを持つ。最大の特徴である巨大な左腕は、様々な武装を隠し持つ一種の武器庫であり、またわたしの左腕を介して神経接続されている。わたしが念じれば、ミストレスは意のままの動きをとるのだ。
「さあ、アンナを助けましょう。もっとも、彼女に救いの手をさしのべるのは、お節介かもしれないけれど」
わたしは冗談めかしていったが、しかし画面には絶対絶命のアンナの姿が見えていた。
彼女はフォグと死闘を繰り広げていた。執拗に膝関節部への殴打を続けている。それは確かにフォグにダメージを与えていたが、しかし決定打にまでは至っていない。それどころか、フォグはその巨腕で彼女を薙ぎ払おうとしていた。
「ミス・ウェザフィールド!」
クリスが叫ぶ。
「わかってるわ!」
わたしは応じ、フットペダルを強く押し込んだ。
ミストレスが駆け出す。その巨体を大きく振りかぶって、左腕を構えて。




