鉄腕の流儀
ピルグリム・サーカスへと戻りながら、わたしはラリュング市警へとコールしていた。十回ほどコール音がしてから、ようやく受付担当が出た。
〈はい、ラリュング市警です。事件ですか、事故ですか?〉
「事件よ。わたしはヘイズル・ウェザフィールド。探偵よ。殺人課のリリアン・リュウ警部をお願いできる?」
〈少々お待ちください〉
今度は退屈な保留の音楽。三回ほどリピート再生がされてから、やっとリリーが出た。
〈どうしたのよ、赤錆……って、そっちの女は誰? って、まさかそいつは昨日の食い逃げ……!〉
「ハロー、アジアン・ビューティー。アンナ・マイヤーだ」
アンナはノンキに挨拶する。両手を振るのは、まるで自分の鉄腕を見てくれと言ってるようなものだ。
わたしは重いため息を漏らしてから、話を続けた。
「リリー、これには複雑な事情があるのよ。一口には言えないね……。それよりも報告がある。犯人の足取りがつかめた」
〈なんですって? ヤツはいまどこに?〉
「さあ? でも、次の標的がどこにいて、どこに現れるかはわかった」
〈どこ?〉
焦ったようすで、リリーはデスクを叩いた。だが、そんな馬に鞭を打つようなマネをしたところで、道楽探偵たるわたしは怯まない。
「わたしの事務所よ。次の標的は、わたしがいま匿ってる。だからフォグは、きっとウチを狙って現れる」
〈なんですって? 赤錆、あなた自分がどこに住んでるかわかってるの? シティ・セントラルは、ピルグリム・サーカス! うちの署長クラスじゃないと住めないような一等地。そんな人の大勢集まるところにエサを仕掛けたって言うわけ?〉
「わたしも好きでそうしたわけじゃない。そうなってしまったのよ。……リリー、わかったから、今すぐ警察をピルグリム・サーカスに寄越して。被害を最小限に食い止めてちょうだい。わたしは標的を守るから」
〈待ちなさい、赤錆! あなた、いったい何を根拠にそんなことを。犯人は誰なの?〉
「ヒントは、フレドリック・コールソン。『異空間の生成と接続に関する仮説』」
わたしはそれだけ言い放つと、通話を切った。これ以上警察にヒントをやる義理もない。
だが、リリーの言うことももっともだった。ピルグリム・サーカスは、ラリュングでもっとも人が集まる場所だ。それはこの土地の名の由来、巡礼者からも来ている。いわく、たとえ各地を転々とする巡礼者といえど、ここにくれば必ず旧友と出会える……とかなんとか。
そんな場所で、巨人同士のプロレスをやったらどうなる? 被害者はゼロでは済まされない。少なくとも被害を抑えるなら、一撃で、一瞬で決着をつける必要があった。
「それで、どうするんだ。仮にあの巨人がいたところで、どうやって犯人を捕まえる?」
アンナが今まさしくわたしが考えていることを問うた。
「犯人は、殺人機械に搭載されたプログラムだって言うんだろ?」
「そうね。だからあの巨人は、破壊されるまで殺人プログラムに従いつづけるでしょう。だから……」
「破壊か。アタシの好きな言葉だ」
ニタリ、とアンナが笑う。
彼女は自らの右拳を握りしめた。鈍色をした、鋼鉄の右腕だ。左の拳で右の拳を握りしめると、金属的な音が鳴り響いた。関節が鳴っているのだ。
「対戦カードはアタシにしな。警察や探偵さんじゃ、あのデカブツの相手は務まらねえ。アンタは、ハニィとニナを頼む」
「構わないけれど……どうするつもり?」
「殴る。それがアタシの――鉄腕の流儀さ」
彼女がそう言った、次の瞬間だ。
ピルグリム・サーカスへと舞い戻るわたしたちの目前。フロントウィンドウに、白い霧が立ちこめ始めた。肌を逆撫でするような、冷たく、ジメッとした、あの気持ちの悪い霧。その深く濃いモヤの向こうには、巨大な黒い影が見えていた。頭のない巨人の影だ。
「さっそくおいでなすったぜ。最高のタイミングだ!」
言って、アンナはおもむろに葉巻を口に銜えた。シガーマッチで火をつけると、彼女はくわえ葉巻のままシートベルトを外す。
「ちょっと、なにするつもり――」
「ちょいと怪物退治にね。それがアタシの仕事さ。アタシは探偵じゃないんでね」
刹那、突風が車内に吹き込んできた。なんとアンナはクルマの扉を開いたのだ。
わたしはすぐにブレーキを踏もうとした。だが、彼女がそれを止めた。
「止まるな! フルスロットルでかっ飛ばせ! そしたら、あとはアタシがなんとかする!」
「まさか。あなた生身でフォグとやり合うつもり?」
「そのまさかさ!」
言って、アンナはクルマから飛び降りる。ひょいっと飛び上がって、天井に張り付いた。そして「いいぞ」と言わんばかりにボディを二回ほどコンコンと叩いて見せた。
「乗ったぜ。サーファーの気分だ。かっ飛ばせよ、ヘジィ!」
「その名で呼んでいいのは、ニナだけよ!」
「じゃあ、赤錆か。……って、行く前に一つ聞いていいか?」
「なに?」
ボディ越しの対話。わたしも思わず声が大きくなる。
「さっき一緒に現れた真っ赤な巨人。あれはなんだ? この街が危険になると現れる、光の巨人みたいなものか?」
――真っ赤な巨人。
言うまでもない、それはわたしの分身、霧の女皇のことだ。だが、わたしは自分の秘密を彼女にしゃべるつもりはなかった。
「あれは『赤錆色の霧』よ。突然現れては、街をめちゃくちゃにしていく、謎の巨人」
「ああ、そうかい。じゃあ、やつも現れたらブチのめした方がいいか?」
「それはあなたに一任する。でも、今回は――」
「わかってる。まずはあのデカブツさ!」
フォグの巨影がみるみるうちに大きくなっていく。そうして霧が晴れたとき、影はその全貌を表した。首のない巨人。初期型のフォグ。哀れな科学者の恨みを詰め込まれた、惨めな機械……。
「いくぜ! あとのことは頼んだ!」
次の瞬間、アンナはクルマの天井を思い切り殴りつけると、その反動で大ジャンプ。鉄腕のパワーだろうか。それを遺憾なく発揮した大跳躍でフォグのもとへと飛び込んでいった。
――わたしのクルマに傷はついたけれど。
へこんだ天井を見上げながら、わたしはステアリングを切る。ミストレスを呼ぶにせよ、呼ばないにせよ。わたしには依頼を受けた探偵として、クリスを守る必要があった。




