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アイアンナックル/レッド・ラスト  作者: 機乃 遙
二人の鉄腕=アイアンナックル/レッド・ラスト
11/19

左手の不発弾

 瓦礫の山を飛び抜けてから、鉄腕とクリスは大通りに躍り出た。

 右腕にクリスを抱えた鉄腕。そして路肩に停められた愛車、ハーレーダビッドソン。彼女はそれに飛び乗ると、クリスをサイドカーに投げ、エンジン・スタート。しかしハーレーの豪快なエキゾーストノートは、例の歩行音(﹅﹅﹅﹅﹅)にかき消されていた。

「……こいつはすげえ」

 思わず鉄腕も言葉を漏らす。

 彼女がねぐら(﹅﹅﹅)にしている街、オールド・ハイトはなんでも起こる街だ。どんな怪物も、超人みたいな殺し屋も、CIAやKGBの都市伝説だって何でも起きる。だから、ぶっ飛んだ事態にはもう慣れっこなはずだった。しかしそんな鉄腕ですら、目の前の光景に驚愕せざるを得なかった。

 地響き。そして霧。うらぶれた倉庫街を覆い尽くそうとする霧と、その向こうから影を見せる巨人――巨大な人型ロボット!

「あれって……!」

 クリスが叫ぶ。鉄腕も気づいていた。

「間違いねえ。あのとき見た巨人だ」

 霧が晴れる。巨人がついにその全貌を現した。

 白、黒、灰。モザイクのようなカムフラパターンに塗装された機体。装甲板に囲まれた怪獣のような脚部と、サスペンションがむき出しの腱。三本爪を持つ手と、脇腹に見えるミサイルハッチ。そして頭のない胴体。首あたりに設けられたカメラアイが赤く妖しく光っている。

「どうする? 巨大ロボットに、霧に包まれた未来のロンドン。ジョージ・オーウェルもびっくりだよ。それにあのミス・フィリップ・マーロウまで。これからどうするつもり? どうやってもどるの?」

「決まってる。真犯人に聞く。あの巨大ロボットのパイロットに聞くのさ。あそこから、犯人を引きずりだす」

「巨大ロボットにコクピットがあって、人が乗ってるって発想、正直現実的じゃないと思うけど。……あ、またなにか来た」

 クリスが巨人の真向かい側を指さした。

 そこは倉庫街の向かい側。エーリング総合医療センターがある方向だった。真っ白い病棟が三棟と、赤十字の刻まれた外壁。よく見れば、窓越しに避難する人たちの様子が見えた。

 だが、クリスが指さしたのは、それではない。

 赤十字の紋章が、そのなにか(﹅﹅﹅)にかき消されていく。空気が赤色に満たされ、元の赤色はすべて上塗りされ始める。赤錆色の霧に。

「なんだありゃ、まるで赤い毒霧か何かだ」

「どうする? さらにややこしいことになりそうだけど」

「それでも仕事は変わらねえ。行くか、ハニィ?」

 クリスがコクリとうなずく。

 それを確認するや、鉄腕はアクセル全開。前輪を上げ、鉄馬(ハーレー)をかっ飛ばした。


 タイヤがアスファルトを咬み、加速する。鉄腕の右手が豪快にエンジンを噴かすたび、体が後ろへつんのめった。

「見えた!」

 クリスが叫んだ。

 彼の指さす方向には霧があった。うすもやの中からは、頭のない巨人がのそりと巨躯を動かしている。

 そしてその真向かいからは、赤い霧が混じってきていた。上空で赤と白のかすみが渦を巻いて混ざり合い、異様なマーブル模様を描き始めた――その直後だった。

 ――衝撃。

 再び、激しい地響きがエーリング地区に轟いた。その衝撃は件の巨人よりもすさまじく、鉄腕は思わずバイクの操舵(ステアリング)を取られたほどだった。

 蛇行運転しながら、鉄腕はなんとか体勢を立て直す。そしてその先で彼女が目にしたのは、晴れ渡った空。消え去った赤い霧。そして、なんと二体目の巨人(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)だった。

 それは、霧と同じ赤錆色の巨人だった。筋肉質な、それでいて女性を思わせるくびれあるフォルム。漆黒のバイザーと、それに秘せられた黄金色の二つ眼。そして何よりも特徴的なのは、その左腕だ。右手と比べてアンバランスな、巨大な左腕。赤錆色の巨人は、病院前のロータリーを拳で破壊して現れたのだ。地響きは、その出現の衝撃だった。

「……おいおい、いつからロンドンは東京かロサンゼルスになっちまったんだ」

 こんなものは、オールドハイトでも見たことがない。巨人と巨人とがガンを飛ばしあっている。そして直後には、お互いの拳をぶつけ始めた!

「怪獣大決戦に生身で突っ込むのは気が引けるが、やるしかないな!」

 アクセル全開。疾走するハーレー。その車体は震動するアスファルトに噛みつき、巨人の股下で急ブレーキ。振り落とされそうな勢いをいなしながら、ちょうど足下で急停車した。

「ここで待ってろよ、ハニィ!」

 叫び、鉄腕はサドルを蹴って飛び上がる。

 天高く伸びた彼女の右腕――鉄腕(アイアンナックル)が巨人の装甲板をつかむ。怪力で装甲をゆがませながら、鉄腕は巨人の体を登り始めた。

 ――さっさと犯人をとっちめて、オールドハイトに帰らねえと……!


     *


 霧とは、一種の別世界である。そこには未知の世界が広がっている。ラリュングの難民たちにとっては、前世紀の大戦という遠い過去の世界。だが、わたしにとっての霧とは、そうではない。それはシュレディンガーの猫の実験のようなもの。観測できない別空間。別次元。異空間……。そして、わたしの相棒(﹅﹅)へとつながる通路である。

 エーリング医療センターへ向けて駆け抜けたわたしを、赤錆色の霧は追従するようにして発生。

 霧はわたしのすべてをかき消す。そして、その向こうからわたしの分身を出現させた。霧の女皇――ミストレス。巨大な左腕を持つ、左右非対称《アンシンメトリー》の巨人。

 ミストレスは、その巨腕でわたしを拾い上げると、胸元のコクピットまで持ち上げた。ちょうどシャツの襟首あたりにあるハッチから飛び乗って、わたしはコクピットブロックへ。乗り入れると、呼応するようにして照明が灯った。

「目標はわかってるわね、あの巨人(フォグ)よ」

 わたしは相棒につぶやきながら、左手を差し出した。鋼の左手。あの女と同じ義手。だが、わたしのそれはただの義手ではない。

 レンズ絞りの羽根のように、手の甲が開く。そこへミストレスは応えるようにしてケーブルを伸ばしてきた。蛇のようにうねる、赤色のケーブル。それはわたしの腕に絡みつき、そして先端の電極(プラグ)を手の甲に突き刺した。

 感覚が同調する。左腕から徐々に全身へ。わたしの意識は、ミストレスと同期。

 視界には、周囲を囲うディスプレイ越しに巨人が見えた。頭のない、都市迷彩(アーバン・カモ)の巨人。恐竜のような巨大な足と、それに比して小さな三本爪の腕。カメラアイが真紅に灯った。

「ずいぶんと古いタイプの機体のようね。残念だけど、あなたはここで終わりよ。事情はあとでたっぷり聞いてあげるから、安心しなさい」

 左拳を振り上げる。連動して、赤錆色の巨人(ミストレス)も拳を上げた。手を開くと、巨腕に格納された三本の鍵爪(クロー)が展開する。

「バイバイ、誘拐犯(キッドナッパー)!」

 振り上げた拳を、叩きおろす。クローを閉じながら――衝突(インパクト)。


 ……そのはずだった。

 警報。ミストレスの敵味方識別装置(IFFF)に警告。民間人がいると、警告していた。

 その真っ赤な警告表示に、わたしが条件反射的に手を止めたのか。それともミストレスのほうが勝手に止まったのかはわからない。だが、結果的には拳は止まっていたのだ。

 原因は、目の前にあった。

 都市迷彩が施されたフォグ。その首のない頭に

女が乗っていたのだ。栗色の引っ詰め髪に、ロングコート、そして白銀の右腕……あの女だった。

「……ここまで来てわたしの邪魔をするの?」

 このまま殴れば、あの女を殺すことになる。いくら昨日の事件の容疑者とは言え、相手は民間人だ。殺すわけにはいかない。

 ――じゃあ、射撃兵装に切り替えるか?

 左の掌を閉じながら思案する。いや、ダメだ。どのみちフォグに当たれば、あの女にも被害が加わる。いっそその場から離れてくれればいいが……。

 しかしそんなわたしの思いとは裏腹に、鉄腕の女はフォグにガッシリとしがみついていた。フォグが彼女を引き剥がそうと暴れてみたが、それでもしぶとくつかまっている。あの鉄腕を装甲の合間にひっかけて、コートを身体を揺らしながら、フォグに喰らいついている。

「くっ……これじゃらち(﹅﹅)が明かないわ……」

 かといって、どうやって彼女をどかせというのだ。無理だ。ミストレスの出力では、潰してしまうかもしれない。

 そうしてわたしが懊悩(おうのう)していると、ついに痺れを切らしたフォグが、再び霧をまとい始めた。逃げるつもりだ。

 すると、さすがにその異変に気づいたのだろう。鉄腕の女もフォグから手を離した。

 ――シメた。

 今度こそだ。

 わたしは左手を振りかぶり、両足で大地をつかんで、霧の女皇(わたし)渾身の一撃を放った。左腕、巨大な腕からクローが展開。首なしの巨人をつかもうと、霧の中へ手を伸ばす。

 だが、手応えはなかった。

 一瞬間の後、フォグのまとった霧は失せ、またその巨影も失せていた。残っていたのは、道路の真ん中に立ちすくむ鉄腕女(アノオンナ)の姿だけだった。

 わたしは思わずため息を漏らしてしまった。昨日、深夜遅くまで警察にいたのも、きっとあの女のせい。そしていま、事件の重大な手がかりを見失ったのも、またあの女のせいだ。

「まったく厄日だわ……」

 ため息を漏らしながら、わたしは彼女を見下ろした。

 しかし、そういえば彼女は一つ気になることを言っていた。


『アタシも探偵じみた仕事でここに来てるのさ。……すくなくとも、アタシは火事場泥棒なんかじゃない』


 ――まさかあの女もフォグを追っているのか? だとしたら……。

 そう考えながら、わたしはニナにミストレスの回収を要請していた。


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