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第三話―3

携帯で書くと難しいですね。

「おはよう、雅哉君。昨日はどうしたの?」

家を出て十分弱。雅哉は隆禅高校の一年B組の教室に居た。窓際にある自分の席に着いて、教科書を出していると不意に声を掛けられそちらを向く。

「ちょっとした用事ですよ、霧嗣きりつぐ君)

そこに居た少年――桐生霧嗣は不思議そうな顔をした。

桐生霧嗣。この少年を表すのに最も適切かつ簡単な言葉は女の子っぽいだ。

長髪で華奢で仕草もどこかおっとりとした女の子を感じさせる。しかし、彼はれっきとした男の娘だ。いや、男の子だ。多分。

「でも、雅哉君の家族って……皆死んじゃって、親戚も居ないんじゃないの?」

「うーん。親戚が居ないわけじゃないですけど……色々とあるんです」

「ふーん。それでね――」

明らかに誤魔化した雅哉を深く追求しない霧嗣に、雅哉は微笑んだ。

ちゃんと引き際を弁えているところ。二人に互いのどこが好きか聞くと、二人ともこの答を返すだろう。その他にも二人には似通ったところがあり、それが二人が仲の良い理由だ。

「どうしました?」

雅哉の笑顔に見とれるように黙った霧嗣の肩に雅哉は手を置いた。

「ひゃっ!」

女の子のような悲鳴を上げて霧嗣が飛び退く。

「あの……霧嗣君?」

過剰なその反応に少し引きながら、雅哉は再度呼び掛ける。

霧嗣は一瞬俯き、次に顔を上げたときには雰囲気が何故か変わっていた。

「いや、何でもない。すまん」

口調までガラリと変わっている。

時々霧嗣はこんな風に豹変することがある。多重人格なのだろうか聞いたことはない。聞いて欲しくなさそうだからだ。

「いえ、それで?」

「ああ、それでだな、今日二年に転校生が来るらしい」

「転校生?こんな時期に?」

時節はもう七月半ば。夏休みを間近に控えたこの時期に転校生とは何かあるのだろう。

「というより、なんで二年の転校生のことが、事前にこのクラスに広まってるんです?」

「さあな」

雅哉の質問に霧嗣は頭を振る。

「それでこの騒ぎですか」

少し騒がしい周囲を見回し、呆れたように言う。

「聞いたか二年の転校生の話?」

「ああ、なんでもすげぇ美人らしい」

「あぁ、早く生で見てぇなぁ」

そんな会話がそこかしこで行われている。

ため息を吐き、雅哉は窓から校庭を見下す。

「興味無いのか?」

「ええ、特に」

霧嗣の驚いたような問いに、雅哉は生返事する。

昨日、一昨日と体験した様々な出来事に比べれば、二年の美人転校生のことなど……

そこまで考え、雅哉はある可能性にたどり着き、顔を多少強張らせて霧嗣に向き直る。

「どうした?」

「えっと……その人の容姿は分かりますか?」

そう聞くと霧嗣は、

「なんだ、やはり気になるか?だが、そこまではさすがに分からん」

フッと笑って首を振った。

「そうですか……」

雅哉はそれを聞くと複雑な顔をで、また窓から外を見下す。

(義姉さんじゃないよな?)

義姉と自分の年の差は一年。つまり彼女は高校二年なのだ。更に彼女にはここに来る理由がある。

朝のHRの予鈴が鳴る。椅子や机が床を擦る音が教室中に響く中、雅哉は義姉が家で大人しくしていることを信じたことも無い神に祈っていた。


その後は授業も滞りなく進み、四限も終わりに差し掛かっている。終りが近いのでもう教師は教科書を読んでおらず、耳にはシャーペンがノートを走る音だけだ。

雅哉はそんな中ただ空を眺める。雲一つ無い蒼穹をボーッと見つめていると、

(あの空の向こうには神様が居るのかな?)

普通に聞けばただの電波な考えが浮かんできた。

だが、事情を知る者からすればそれは当然のことだと分かるだろう。魔術や化け物が居るならそれが居たっておかしくはない。

(だったら、僕には天罰が下るな)

さっき信じて無いのに祈ったりしたから。

(そんなわけないか。そうだとしたら、とっくの昔にこの世界の無心論者は駆逐されてるな)

そんな結論に達し、雅哉は笑みを浮べた。

何故自分はこんなに落ち着いている。普通なら取り乱したりするはずだ。

義姉が側に居るから?いや、それも一因だろうが違うような気がした。

あの時――施設に着いた時やアルカディアを初めて見た時に感じた謎の感覚。

暖かく、優しく、心が休まる感覚。それのお陰なような気がした。

(あれは何なんだろうあれは?)

施設にもアルカディアにも見覚えも無い。なのに何故、あんな感覚を――

(ん……?)

ふと、脳裏何か脳裏影が過ぎった。それは――

いきなり四限の終りを告げる鐘の音が、雅哉の耳に入る。

教卓の椅子に沈み込むように座っていた教師が授業の終りを宣言し、委員長が号令ん掛ける。

他の生徒に倣い立ち上がったときには、雅哉の頭から影を見たという記憶は無くなっていた。


「雅哉君、お昼一緒に食べよ?」

授業が終ると弁当箱らしき包むを持った霧嗣が、気さく声を掛けてくる。

「はい。分かりました」

そう答えると何故か教室がにわかにざわめきだした。

「……?どうしました?」

前で唖然としたように廊下を見ている生徒の視線を追うと、

「!?」

雅哉も似たような表情になった。

そこに居たのは一人の少女。二年の制服を着てひどく長い金髪で目を隠していた。まだ小学生と言っても通用するほど小さく、華奢な姿はとても愛らしく、周りが騒いでいるのもそのせいだろう。

しかし、雅哉が驚いているのはそれではない。その髪に隠された、深い色を称える碧眼を。

「あれが二年の転校生かな?美人て言うより可愛い系……って雅哉君?」

尋常ではない驚き方をしている雅哉を見て、頬を緩ませていた霧嗣が心配そうに声を掛けた。が、雅哉には届いていない。

その声が聞こえたのか、少女が霧嗣と雅哉居る場所を見る。そして雅哉の姿を見付けると、

「え?」

口の端を上げて雅哉に迫り、そのまま抱き付いた。

一瞬の静寂。

「えぇぇーー!?」

教室中の人間が上げようとした叫びを、霧嗣が誰よりも早く上げた。

それも耳に入らず、雅哉は腕に抱いた温もりを見下す。金のカーテンの向こうに至福の顔が見えた。

「リリア、どうして……?」

名前を呼ばれたからだろう。リリア・クロ・レイザースは閉じていた瞳を開き、美しい碧眼で雅哉を見上げた。

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