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第三話―1

「雅ちゃーん!」

自分を呼ぶ声が聞こえて雅哉は目を開けた。

「義姉さん……?」

それにしては妙に舌足らずな声に雅哉は眉を潜めて声の主を見て驚く。

「……!?」

「どうしたの雅ちゃん」

そこに居たのは心配そうな顔でこちらを見る、幼い頃の里奈だった。

「な、なにが!?」

驚愕の声をあげた雅哉はその声に驚いた。舌足らずなその声は昔の自分のもの。

(これは夢か……)

そう結論付けて回りを見れば、そこは昔義姉と――と両親の五人で暮らしていた家だった。

(えっ……?五人……?)

雅哉は自分の思考に違和感を感じた。

この家で暮らしていたのは確かに自分と義姉と義母と父だけのはず。なのに何故五人だと思う。何故頭にちらつく影がある。何故、それが誰だか思い出せない。

「お兄ちゃん」

優しい声がどこかから聞こえてくる。

雅哉は周囲を見回すと、一人の女の子のような影が――


気が付くとまたベットの上だった。目の前には里奈の顔。

「うわぁ!?」

いきなり里奈の顔をどアップで見た雅哉は驚いてベットから落ちた。

「った!」

思いきりよく頭をぶつけて頭を押さえる雅哉に、

「大丈夫?」

と、素っ気無い里奈の声がかかる。

「大丈夫です……」

痛む頭を押さえながら、ベットへと戻る。

「なにをしていたのですか?」

「雅ちゃんの寝顔を見てたの」

問い質す雅哉に里奈はやはり素っ気無く応える。

「寝顔見てたって……」

雅哉の頬が赤く染まった。

「そ、それよりも、どうなったんですか?」

里奈は雅哉が明後日の方向向いて聞いた、主語のない質問に答える。

「今は雅ちゃんが気を失ってから、丁度三時間くらいよ。アルカディアは無傷。牙王は消滅したわ。塵も残らないほどに完璧に」

「消滅……あっ!」

雅哉はその言葉で、三時間前の出来事を思い出す。

己が口より紡がれた言葉。それによって引き起こされた光。虚無の地平。

「僕はなんてことを……!」

雅哉の戦慄した呟きに、里奈は一瞬何事かと考えると、すぐに訳がわかったのか優しい声で雅哉に言った。

「大丈夫よ。あの結界は現実世界を模して造られただけだから、あそこをいくら消し飛ばしても、現実世界にはなんの影響も出ないわ」

「えっ、本当ですか?」

「もちろんよ。そもそも、牙王があの結界を張ったのは、現実世界に影響を与えないためになのよ」

「そうなんですか、良かった……」

里奈の言葉を聞き、雅哉はホッと胸を撫で降ろした。

「でも、なんで牙王は、そんな結界を張ったんですか?」

「恐らくは邪魔されたく無かったのでしょうね。あの結界はアルカディアレベルの転移魔術じゃないと破れなかったから」

安心した雅哉が放った質問に答えた里奈は、

「それよりも、貴方が使った魔術のことよ」

無表情な顔を真剣な表情に変えて言う。

「あれですか……なんであんな術を、僕なんかが使えたんでしょうか?」

雅哉はあの術を発動させたときのことを思い出す。

「頭に浮かんだ言葉を唱えたら、あの術が発動したんです」

「でしょうね。ああいう魔術はね、継承魔術って言うの」

「継承魔術?」

「継承魔術っていうのは二種類あって血の継承型と魂の継承型があるの」

里奈は淡々と説明を続ける。

「血の継承型というのは、その家系の血筋が持つ魔術。例えば、炎を操る魔術を使う家系の者は、大抵が最初から発火の魔術を覚えて産まれてくる」

「つまり、遺伝ですか?」

「そうよ。これは血によって受け継がれるから、血が薄れれば力は弱まるわ」

そこまで語ると、里奈はこの話に関係ないと思われる質問をしてきた。

「雅ちゃんは前世って信じる?」

「……?前世ですか?はい、一応あってもおかしくはないと思います」

突然の質問に戸惑いながら雅哉は答える。

輪廻天生やリーンカーネーションなどと呼ばれる所謂生れ変り。それが実在するとまでは言わずとも、あっても不思議ではないだろう。魔術や魔物の居る、この世界なら。

里奈は雅哉の答に満足したように頷く。

「そう、前世は存在する。その証拠が魂の継承魔術で、貴方が使ったものよ」

里奈の言葉に雅哉は驚愕した。

「輪廻天生という考えかたは、何度も死んだ後、魂を高めるためにもう一度別人としてこの世に産まれてくるというものよ。だから、別人になってもその魂は同じ。故に、魂に刻み込まれた魔術は、別人になっても使えるの」

「魂に刻まれた魔術」

「そう。特殊な術で刻まれるそれは、大抵が神代の喪われた強力な魔術よ」

雅哉は震えながら己の手を見る。

死にかけの人間を一日で治す程度のものではない。下手をすれば世界を無に帰す力を、自分は持っているというのだ。

「僕のほうが牙王なんかより、よっぽど化け物じゃないか」

呟きと共に冷や汗が額を伝ってベットを濡らした。

震える雅哉の肩に冷たい感触。

「雅ちゃん。貴方は化け物じゃない、人間よ私の大切な弟」

「義姉さん……」

肩に感じる義姉の手の冷たさが、雅哉の体を心地よく冷やす。「雅ちゃん、覚えて起きなさい。貴方はもう魔術側の者よ。一般人から見れば、化け物と変わらないかもしれない。だけど、私も貴方も人間よ。人として産まれてきたものは、たとえどんな姿になろうとも、人間なのよ」

里奈の淡々とした口調で語られる優しい台詞に雅哉は頷き感謝の言葉を述べる。

「そうですね、ありがとうございます、義姉さん」

しかし、それは里奈の耳に入っていないようだっだ。

「……そう、どんな姿になっても人間よ。だから、あの子は――」

「義姉さん?」

雅哉が呼び掛けると里奈はびくっと肩を震わせた。

「どうしました?」

「何でもないわ」

里奈は心配そうな雅哉に無感情に告げて、座っていた椅子から立ち上がる。

「あの魔術を撃った疲労が、たった三時間で消える筈がないわ。今日はもう帰って寝なさい。明日、詳しく説明するから」

冷たい声で言う里奈に雅哉は頷き、ベットから降りて立とうとすると、

「あれ……?」

足に力が入らずそのまま床に倒れそうになっ。

「雅ちゃん!」

慌てて駆け付けた里奈が抱き留めてくれたので、床に倒れることはなかった。

「ごめんなさい、義姉さん」

「謝るのはこっちのほうよ。なにも知らない貴方をいきなり戦場に連れ出して、挙句にこんなに疲れ果てさせたなんて、本当にごめんなさい」

苦しげに謝る雅哉に里奈は謝り返した。

「いいんですよ……先に助けてもらったのは……こっちのほうなんですから」

「歩ける?」

「大丈夫で……あ……」

里奈の手から離れて歩き出そうとすると、また倒れそうになり、結局の腕の中に逆戻りした。

「遠慮しなくていいからお姉ちゃんに任せなさい」

ここは素直にそうするしかないようだ。

「分かりました。お願いします」

頷くと里奈は雅哉の横腹に手を回したまま立ち上がり歩き出した。

「すみません義姉さん」

「いいの。こっちのほうがむしろ嬉しいくらいよ」

「えっ……?」

「何でもないわ」

そう言ってそっぽを向く里奈の頬は微かに、しかし彼女の基準でいえば真っ赤に染まっていた。

「あの、義姉さん」

それに気付かず雅哉は里奈に声を掛ける。

「なに?」

平静を保とうと必要以上に冷たく応えるる里奈に憚られ、

「いえ、なんでもないです」

雅哉はそう誤魔化した。

雅哉が里奈に聞きたかったことそれは、

(どうして、僕の顔を見てたとき、あんなに悲しそうだったのだろう?)

ということ。

(今日の義姉さんはずっと悲しそうだったな……)

傍らにある義姉の横顔を見ながら雅哉は、その理由について考える。

(なんでだろう、なんで義姉さんは……)

結局、答えが出ることは無かった。

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