第ニ話
「魔導騎兵アルカディア……」
荘厳なその出で立ちに見とれる雅哉が呟くと、
「あいて!……?義姉さん……?」
里奈がいきなり腕をひねってきた。
「これが、昨日貴方を助けたのよ」
雅哉の非難の眼差しを黙殺し、里奈はどこか拗ねた声で言う。
「これが……」
「そうよ」
痛む腕を擦りながら雅哉はアルカディアを見上げた。
「えっとありがとう……」
感情の無いロボットだろうが、取り敢えず礼を言った。すると、
「うわっ!?」
アルカディアがいきなり膝を折った。
眼前に迫ったアルカディアの姿は圧倒されるものがあった。しかし、それよりも先ず、温かな心地を感じたのは何故だろうか。
「中に、誰か乗ってるんですか?」
妙な――しかし、とてもいい心地を感じながら雅哉は里奈に聞く。
「いいえ」
「えっでも、確かに動いて……」
里奈の応えに雅哉が戸惑っていると、里奈は無表情のまま何故かどこか悲しげに語りだした。
「ホムンクルスのことは、さっき話したわね」
「ええ、魔術で造られた人造人間だと」
「そう。このアルカディアはね、それなの。機械の体を持つ人造人間。ちゃんと心を持った人間よ」
終止悲しげに語り終えた里奈は冷たい目でアルカディアを見る。
「人間……」
里奈の語りを聞いた雅哉は複雑な顔で、里奈と同じようにアルカディアを見る。
まるで、天使か神が如く美しく神々しいアルカディア。だが、その実体は戦闘兵器だ。
(幸せなのかな……?)
闘うために生み出され、使役される運命の下生み出されたアルカディア。
本当にそれでいいのだろうか。感情など与えないほうがよかったのではないのだろうか。
(あれ……?どうしてこんなにも、アルカディアのことが気にかかるんだ?)
先ほどから続く、妙な心地のせいだろうか。
雅哉が考えを巡らせていると、唐突に警報らしき音が、室内に響き渡る。
「えっ!?な、なに!?」
雅哉が驚いて周りを見回していると、アルカディアがいきなり自分を持ち上げて立ち上がった。
「うわぁ!?」
「雅ちゃん!」
いきなり10mぐらいはあるだろう高さに連れてこられ悲鳴をあげる雅哉に、同じく悲鳴の如く自分を呼ぶ里奈の声が届く。
アルカディアはそんな二人の悲鳴を無視し、胸部装甲を開くと、現われた穴の中に雅哉を入れた。
「なんだこれ……?」
穴に落とされた雅哉はいきなり自分を覆った光の膜を見て、呆然と呟く。 穴はかなり深く、雅哉は恐ろしいスピードでそこを落ちていたが、何故か恐怖を感じない。むしろ、心はこれ以上はないほど安らいでいた。
落下時間は五秒足らずだっただろう。雅哉はなんの衝撃もなしに、シートに座っていた。
「ここは……?」
そこは狭くてシート以外何も無かった。
[ここはアルカディアの制御室です]
戸惑う雅哉の頭にその声は響いてきた。
「誰!?」
優しい女の声に驚いて周囲を見るが、人の姿などどこにも無かった。
[私はアルカディア。貴方が今乗っているこの兵器です]
また女の声が頭に響く。
「アルカディア!?」
[そうです]
驚愕の声を上げる雅哉にその声――アルカディアは優しく答えた。
[色々と説明したいのは山々ですが、時間がありません。取り敢えずここに座っていて下さい]
「待ってよ!せめて状況ぐらいは――!?」
勝手に話を進めるアルカディアを雅哉が焦った声で止めようとした時、いきなり部屋ないが光に包まれた。
「何が……!?」
[転移します]
だんだんと眩しさを増していく部屋の中、雅哉の問いにアルカディアは応える。
「転移って……うわぁー!?」
最高潮に達した光で視界が完全に白く染まり、何も見えず悲鳴を上げる雅哉の頬に何か、冷たいものが振れる感触と、
「ごめんね……」
頭に響く声ではなく、耳から聞こえる声が聞こえた気がした。
光に包まれたアルカディアが眼前から消失する。
里奈はそれを黙って見つめながら、
「ごめんね、雅ちゃん」
と、病院で見せた悲しげな顔で届かないであろう謝罪を口にした。
視界が戻って一番始めに見えたものは、昨晩の月同様、紅く染まった太陽と、それに照らされ紅く染まる隆禅町の町並みだった。
「えっ……?」
その光景に雅哉は自失した。
視界が高層ビルを見下ろせるほど高い。
[視界を私と同調させました]
優しい声が頭に響く。
「視界を同調……?」
[はい。貴方が今見ているものは私の見ているものです]
自分を取り戻した雅哉にアルカディアは説明した。
[今は隆禅町上空100m辺りです。飛翔魔術及び、スラスターの調子は良好]
「待って!なにがなんだが分かんないよ」
[分からなくていいですよ、今は。来ます]
混乱する雅哉に笑いかけるように言うアルカディアの台詞の後、見下ろす町並みに変化が起きた。
町の一角の大地に巨大な穴が空き、そこから噴出す黒い霧のようなものが紅い町を覆う。さらに、穴からは雷のようなものが発生し、何かが現れようとしていた。
それを見た瞬間、雅哉ね体に悪寒が走る。
心臓握られているかのような感覚。それは、
「まさか……」
霧を吹き上げ雷を纏い穴から出て来たもの。それは昨日の晩、自分を食らおうとした、獅子に似た妖魔だった。
「そんな!倒したんじゃなかったの!?」
[いいえ。昨日深手は追わせましたがあれ――牙王を殺すことはできませんでした。いえ、しようと思えば殺せましたが、その場合貴方を助けられなかった]
「ごめん」
優しげ口調のまま物騒なことを言うアルカディアに、責められた気がした雅哉は謝る。
[いえ、別に責めた訳ではありません!ご、誤解したのなら謝ります!]
すまなそうにする雅哉にアルカディアは焦ったように謝り返す。
[そんなことより、今はあれのことです]
アルカディアの緊張した台詞で、雅哉は目を離していた牙王を見る。
「あれ、無傷じゃない?」
[ええ。あれは一応上級に分類される妖魔。殺さなければ、どんな傷でも一日あれば治るでしょう]
ぴんぴんしている牙王を見て思った疑問の応えは驚くべきものだった。
( どれほどの傷か知らないけど、逃げ帰らなくちゃならないほどの傷を、たった一日で治すなんて)
妖魔の再生力に戦慄していると、牙王がこちらに向って触手を延ばしてきた。
それは一瞬にして100m上空にいるこちらに迫る。
「うわぁーー!」
たまらず悲鳴を上げる雅哉。
しかし、それはアルカディアの装甲に届く前に、見えない壁に阻まれた。[大丈夫。この程度の攻撃では私の結界は貫けません]
安心させるようにアルカディアが言う。
牙王は忌々しげに吠えると、その逞しい四肢で地面を蹴り、自ら迫ってきた。
[ふふ……特効してくるとは、牙王ともあろう妖魔が無様ね]
不敵な笑い声を上げ、アルカディアは腕を大口を開けて太い牙を見せつける牙王に向ける。その白い腕から劣化ウラン弾を、牙王の口内に雨のように降らせる。
しかし、牙王はそれを触手で全てはたき落とすと、そのままアルカディアに肉薄して、空に君臨していた神を地に引きずり降ろすように、腕を振り地面に叩き付けた。
「うっ、く!?」
衝撃が体を走り抜け、息を詰まらせた雅哉の喉から呻き声が自然と出てきた。 凄まじい衝撃だったが光の膜のおかげかシートから振り落とされずにすんだ。
[大丈夫!?]
焦った声で聞いてくるアルカディアに、
「心配ないよ」
くぐもった声で応える。
「それより、ひどいよいきなり戦場に連れてくるなんて」
[ごめんなさい。危険はないと思ったんだけど、油断したわ]
非難する雅哉にアルカディアはすまなそうな声で謝った。
牙王が逃げ場を塞ぐようにアルカディアの周囲に触手を刺して降ってくる。
[ここからは本気をだします]
アルカディアは牙王を見上げ、唄うように呪文を唱えた。
極限まで牙王が迫った瞬間呪文は終わり、アルカディアの額の十字架から閃光が迸る。
凄まじい光が牙王を包む。牙王は間近で熱線を受けた痛みに悲鳴を上げて、触手を使いアルカディアから離れる。
アルカディアは周りの触手を手の甲から発振した光の剣で切り裂きその場から離れる。
牙王は残った触手を地面から引き抜き、天に向って吠える。咆哮の衝撃とそれによって巻き上げられた地面が迫る。
アルカディアは両腕を交差し、結界を展開してそれに備える。
咆哮の衝撃が結界にぶつかり、拮抗する。さらにそこに巻き上げられた地面が、津波のように襲いかかり、結界を砕く。
結界で威力を減衰させた衝撃と地面がアルカディアを襲うが、傷一つ付かない。
[お返しです]
アルカディアは正面に五芒星の描かれた光の円――魔術円を展開させた。
「――――」
そして、アルカディアは唄う。破壊の祝詞を。
牙王はそれを憎ましげに見ると、自身の前にも魔術円を展開させ、地獄のそこから響くような声で、祝詞を唱える。
「――セイクリッドブレイズ」
静かな声でアルカディアは最後の一節を語り終えた。魔術円が強く輝き、円の全体から強烈な光線を放った。
迫る光を無視し、牙王は呪を唱え続けそして、最後に吠えると魔術円が雷を帯びた炎を発した。
光と炎が拮抗する。およそ現実では有り得ざる光景に、雅哉は目を奪われる。
拮抗していた時間は二秒足らず。光が炎を圧し、地面を溶かしながら牙王を貫く。
光が世界を潰す。
雅哉の視界が戻ったとき、目の前にあったものは、焼け焦げ融解した地面と、
[嘘……]
堪えきってみせたぞとでも言うように口の端をつり上げた牙王がいた。
少し傷ついていたが、大したことはなく、さらに見る間に癒えていっていた。
牙王はそのままの表情で触手を飛ばす。アルカディアは難なくそれを弾くが、
[どうしよう……]
アルカディアの声は焦っていた。
「どうしたの……!?」
雅哉は息を切らしながら聞く。
さっきの魔術――セイクリッドブレイズを放ってから、妙に体が怠くなっていた。
[あれが私の撃てる最大の魔術なんだけど、もう一度撃ったら、貴方がもたない]
アルカディアの言葉に雅哉は自分がここに連れて来られた訳を悟る。
(僕は動力原がわりか……)
自分の中にあるという強大な力。それのせいで、自分はこんな場所に連れてこられ、死にそうな目にあっている。
(それなら、少しは役に立てよ!)
強くそう思った瞬間、頭の中に言葉が浮かんだ。
「アインより生じしアインソフから生まれし光の中、永久に眠れ……」
[えっ……?]
言葉は自然と口から発されていた。
「000(アインソフアウル)」
そして、最後の呪文を唱え終えた雅哉の体は光を放ち、それはアルカディアに伝染し、その名のとおり、無限の光で世界を焼いた。 光が収まった後に残ったものは無かった。廃墟さえない虚無の地平にアルカディアだけが立つ。
「うっ……」
疲れが一気に襲いかかり雅哉は意識を手放した。
「お兄ちゃん!」
意識が消える前、呼ばれたことのない、しかしどこか懐かしい呼び方で呼ばれたような気がした。




